気を許しあえる仲間との時間はあっと言う間に過ぎていった。佳代の家は門限が厳しく、どれだけ遅くなっても終電には間に合うように帰らなければならなかった。彼女はこれまで、一度もこの門限を破ったことは無かった。
「一緒にまだまだ、飲んでいたいのは山々だけど、どこかに歯止めをもっていなくちゃ。私、調子に乗っちゃうと自分が見えなくなるタイプだから……。ゴメンネ」 という佳代の言葉に皆で一応店を出ることにした。
そして、駅まで一緒に歩いて、佳代を見送った。店から、駅まで十分とは掛からない距離であったが、緊張からかその間の時間は正吉にはとても長く感じられた。隣に佳代が歩いていたこともあったのかもしれない。後ろには裕となつみが手を繋いでいる。充と由美は肩の触れ合う距離で歩きながら笑っていた。卓也は、携帯で彼女に電話をしているらしい。祥子は、その横をどこかつまらなさそうに歩いている。正吉は隣を歩いている佳代に何か話さなければいけないと思いながらもいざと言うと中々言葉が出てこなかった。時々振り返りながら、佳代の方を見る事が精一杯であった。駅の明かりが見えてきた頃、佳代が正吉に向って言った。
「ねぇ、正ちゃん……」
正吉は、その声の小ささに初めは気付かなかった。そして、次の彼女の意外に大きな声で「正ちゃん」と呼ばれた時、漸く 「ん?」 と佳代と目を合わした。
「ねぇ、正ちゃん。また、飲もうね」
佳代は笑顔で正吉を見つめていた。
―やっぱり、可愛いな佳代は……
正吉は思いながら、 「うん、またな」 と答えた。
「本当?じゃ、近い内に電話してね。私、待ってるから。携帯の番号知ってるよね」
「うん、来週にでも電話するよ。また、裕と飲む約束もあるし」
その言葉を聞いた佳代の目が少し曇ったような気が正吉はした。ほんの僅かな表情の変化であった。
「……、そうじゃなくて。相変わらず鈍いね、正ちゃんは。こんなこと女の子に言わせないでよ。……。私は、二人がいいの。正ちゃんが、嫌じゃなかったら……」
それだけ言うと、正吉の返事も待たずに、佳代は後ろを歩いている友人達を振り返り、「それじゃ、今日はありがとう。ゆっくり歩いていたらこんな時間、やばい、間に合わなくなっちゃう。またね……」 といつもの笑顔を残し走って改札を抜けていった。
階段を登りながら、振り向くと彼女は皆に向って手を振った。そして、彼女の方に向かい、皆で、彼女が見えなくなるまで手を振った。
終電の行ってしまった駅前に取り残された七人であったが、卓也が、これから彼女と会う約束があるからと帰っていった。充は、余り遅くなるといけないからと由美とタクシーで行ってしまった。そして、裕也となつみ、祥子、それに正吉がもう少し飲もうということになって、裕也のいきつけのカラオケのあるメンズパブへ行くことにした。
PINというその店は、八席ほどのカウンターと四人が窮屈に座れるボックス席のあるだけの小さな店で、正吉も裕也とこれまで何度か来たことがあった。なつみも裕也と来ていたのだろう、髭のマスターとも親しく話し始めた。祥子だけが始めてであった。四人が、店に入った時には、お客は誰もいなかったので、女の子達を間に挟みカウンターへ座った。
改めて、乾杯。
佳代が一緒ではなかったことが残念と言えば残念であったが、四人で飲んで歌って、また、思い出話に盛り上がって楽しい時間が過ぎていった。
四人が座ってから、店には客が誰も来てはいなかった。
「平日、だから?」 の質問にマスターは、 「今は、そうとばかりも言えないな。さすがに坊主の日は無いにしても、やっぱりお客は減ってるよ。景気悪いからね……」 と答えた。
「それは、そうと、今日は、ツーカップルでいいね」 と裕に向って話しかけると裕也は、 「違う違う、ワンカップルと友達同士」
「そうなの?正ちゃんは知ってるけど、もう一人の彼女はウチの店初めてだよね」
「そうだっけ、この子、祥子ちゃん、大学の同級生。でも、今は、人妻……」
「うぁ〜、なんかやらしいね、その響き。結婚してるって言われるとそうでもないのに、人妻って言われるとテンション上がっちゃうよね、不思議と……」
「それは、親父になった証拠だよ、きっと……」 と裕也と、マスターの話を聞きながら、正はカラオケのテレビ画面を眺めていた。 すると、祥子が、 「ねぇ、正ちゃん。一つ聞いていい?」 と酒に酔い疲れた表情で、肘をカウンターに髪をかき上げながら、訊ねてきた。
マスターと、裕也は相変わらず話し込んでいた。
「いいよ、なに?」 といいながら、正吉は、祥子の表情に艶を感じないではいられなかった。
―祥子も、こんな色っぽい表情をするんだ……。 とこれまで異性として意識したことのなかった同級生の表情に思わず見とれてしまっていた。
「変なこと、聞くけど。ちゃんと答えてね、大事なことだから……」
すると、なつみも興味深げに、正吉の方へ向き直って、二人の話を聞くような格好になった。
「ねぇ、なに、なに……、私も聞いてていい?」
裕也は、マスターと、正吉は、なつみと祥子を相手するような形になった。
「いいんだけど、……。ねぇ、正ちゃん、なつみが聞いてても、ちゃんと答えてよ。大事なことなんだから……。皆んな、親友だから、聞くんだからね」
「わかったよ、なんでも答えてやるよ……」
酔った勢いもあったのだろう、正吉は祥子に顔を近づけるようにして答えていた。お互いの息の温もりが感じられる位の距離であった。
すると、祥子もカウンターに両手を枕に寝そべるようにして、正の顔を見ながら呟いた。
「こんなこと聞くの少し、恥ずかしいんだけど、正ちゃんて、もしかしたら女性経験ないでしょ……」
祥子の言葉は、意を決して出したものだったのだろう。意外な程通る声は、その場にいた全員に聞こえる程であった。そして、一瞬、四人は固まってしまった。それまで流れていたBGMでさえ何故かフリーズしてしまったほどだった。
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