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作品名:鱗堂家の生き方 作者:宮本野熊

第7回   7
 何もないまま夏が過ぎ、秋も終わろうとしていた。正吉は彼女と呼ぶことのできる存在ではない佳代をまだ家族に紹介をしていなかった。選別ということに対する不安からではなかった、夏から秋に掛けては、ランチュウの研究会・品評会があちこちであるため、ランチュウの世話やら、会の手伝いやらと何かと忙しい時期でもあったためである。

 大学を卒業したばかりの正吉には、この秋は特に忙しくランチュウの世話をする毎日を過ごしていた。ヌシのいる舟だけは父が世話をする。それ以外の何十という舟や、たたきと呼ばれる池は正吉の仕事となっていた。

 鱗堂家の一日は早い。時間には関係なく、日が昇ると共に池や舟の見回りが始まる。底に沈む糞をさらい、水に汚れがあったり、臭うようであれば水温が上昇する時間を見計らって水替えを行う。さらに固体に異常がないかどうかを確認する。鰭に気泡がついていたり、鱗の状態が芳しくなかったり、病気らしく思われる個体が見つかると直ぐに隔離し、その池を洗浄しなければならなくなる。一つのタタキの掃除には小一時間程はかかる。ランチュウのみならず、金魚の育成は水造りが全てである。水温、水質の管理を怠るとその影響は直ぐに個体に反映されてしまう。だからこそ、細心の注意を払い水の監視を行うのである。池の様子を見終わる頃には、昼を少し過ぎている。それから、卸先や得意先の注文を受ける。配送の準備、お客との対応が午後の仕事である。その間にも餌をやり、糞を取り、また、お客の対応と意外と忙しい毎日である。それに、生き物が相手であるから休みなど取ることは出来ない。唯一のんびりと過ごすことの出来る時期は、水温が下がりランチュウが冬眠をする時だけである。鱗堂では池にはヒーターを入れずランチュウに季節を感じさせる順育を行っている。そうすることで、しっかりと魚体が締まり、鮮やかな色合いを出すことができるからだ。ランチュウも冬眠をするのである。時々、僅かな餌を与えるだけで、基本的には絶食の期間である。それに冬眠中は池の水も触ることはなくなる。そうなると漸く休みを取ることができる。鱗堂家の子供には、代々十月十一月に誕生日が多いのはその所為かもしれない。

 十二月も半ばを過ぎる頃、一年分の休みを取ることができる。さしずめ盆と正月が一編に来た冬休みとでもいうところだろうか。

 そして、正吉が楽しみにしていた冬が漸くやってきた。

 日頃のランチュウの世話から解放され、友達を誘い飲み会にも行くことができた。忘年会の季節でもあり、不景気とは言えどこの居酒屋も賑わっていた。

 その日は、大学時代の友人と食事をしながら飲んだ。初めは男だけの集まりであったが、これでは色気もなく殺風景だからと知り合いの女の子に彼方此方電話をしてなんとか四対四の合コンのような形が出来上がった。その中に彼が想いを寄せる佳代もいた。

「久しぶり〜」
と手を振り笑顔で皆に挨拶をする表情は八ヶ月前、大学を卒業した時のまま、とても魅力的であった。一通り挨拶を済ませると彼女は躊躇うことなく正吉の前の席に腰を下ろした。

「正ちゃん元気だった?」
と微笑む姿は、毎日のように思い出していたと同じに映っていた。

「おう、佳代は?」

 正吉は、自身の恋心を悟られないようにわざとぶっきらぼうに答えていた。

 すると正吉の佳代に対する気持ちを知っている友人の裕也が横から口を挟んできた。

「なに、格好つけてんだよ。毎日、ランチュウ見ながら、誰かのことを思っているくせに」

 女の子達が来る前に少し飲んでいたこともあって。正吉は、顔が急に紅潮してくることを感じた。

「本当、正ちゃん。それが、私のことだったら嬉しいな……」

 冗談とも、本気ともとることのできる、少し、じらしたような表情で正吉を見つめる佳代の視線に温かいものを感じた。

「お〜っ。いきなり告白タイムかよ。正吉も照れてないで、ちゃんと答えろよ!」

「なんだよ、それ……」
といいながらも、ますます顔が赤くなることを正吉は隠すように

「そんなことより、取り合えず、皆で乾杯!」
と誤魔化した。

「わかった、わかった。告白の前に、皆で乾杯な。その後、正(ショウ)の告白タイム!」
と裕也が、場を仕切りだした。

 八人は、大学時代もよく集まっていた仲間であった。裕也と正吉は中学からの腐れ縁。充と卓也は、ゼミ仲間である。女性陣は佳代、祥子、由美、なつみ。サークル仲間であった。普通、こうした仲間は、誰かと誰かが、付き合って、破局すると集まりにくくなるものだが、この八人にはそうした関係はこれまでなかった。と言うより少なくとも卒業するまでは全員いい友達のままでいようと固く約束をしていたからだ。卒業をして間もなく裕也となつみが付き合うようになった。充と由美も付き合うところまではいっていないようだが、よく会っているらしいことが話の中でわかってきた。卓也は、会社の同僚と付き合っており、祥子は、卒業して数ヵ月後同じ大学の三つ上の先輩と結婚した。佳代はフリー、そして、正吉も。

乾杯が済むと、裕也が
「ところでさっきの話。どうなの」
と話を戻してきた。

「どうなのって、どうなの」

 訳のわからない返事をしながら、酒を飲み。佳代の方を見ると、相変わらず笑顔が光っていた。

「もう、裕くんは。人のことばかり気にしてるんだから、昔から。そんな風に言われたら困っちゃうじゃん正ちゃんも。そんなことより、裕くんとなつみはどうなの?さっきからいちゃいちゃして」

「そうそう、人のことばっかり言ってないで、ちゃんと説明しろよ」

 佳代の助け舟に乗り正吉はいきがるようにして言った。

「俺達は、見ての通りラブラブだよ。ね〜」

「ね〜」
と答えるなつみの表情も幸せそうであった。


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