「ほら、こいつも気にしているみたいだ。でも、別に答えなくともいい。お前にもそろそろ金魚屋としての真髄を教えなければならない時が来たようだから、黙って聞け……」
そう言うと父は十四代目としての言葉を、とつとつと話し始めた。
「お前、このランチュウの泳ぎっぷりをどう思う」 父がそう言うとヌシは、二人の会話を理解しているかのようにくるりと回って尾鰭をふわふわと漂わせながら泳ぎ去って行った。
「どうって?」
「綺麗だとは思わんか」
「そりゃ綺麗だよ、なにしろ品評会でも何度も横綱を取ったんだから」
「そうだな。泳ぎっぷりも、形も色も何をとっても超一流だ。なにしろ、三年連続横綱で名誉位をとった程の魚だからな。そこでだ、金魚屋としてはな、いい遺伝子を後世に残す義務がある……」
血統という言葉は犬にも馬にも猫にも、そして、鱗堂家のランチュウにもある。その血は守られるべくして守られてきた。人は犬猫とは違うと言う向きもあろうが、そこは所詮人も動物には違いない。人だけが例外とは神様であっても言うことはあるまい。
「鱗堂家が守る血統はな、ランチュウだけではない……」
十四代目は、辺りを憚りながら話し始めた。
舟のヌシが、長い尾ひれを弛ませながら二人の間に泳ぎ止まった。その眼は十四代目の方をしっかりと見据えているようであった。
「わかった、わかったから、わしの話したいように話させておくれ……」
ヌシに向かいそう言うと為吉は、正吉に向き直った。
「お前は、選別という言葉を知っているだろ」
「うん」 と正吉は頷いた。
選別とは、生まれついて身が曲がっていたり、尾が窄んでいたり、片開きであったりなんらかの観賞的要素に掛けるランチュウを川に流すことである。
「それに掛け合わせも知っているな」
「うん」 と正吉はまた頷いた。
「ランチュウは、良い掛け合わせと、選別によってよりよい種が生まれることもわかるな」
「うん」 と正吉は再び頷いていた。
「それなら、もし、万一、お前が意中にある女の子と付き合いたい、もしかしたら、一緒になりたいと思う時には、お前との掛け合わせを見なければならんことを理解できるか……」
それは、正吉には予想もしていなかった言葉であった。
「掛け合わせ?」 と正吉は、思わず口に出していた。
「そうだ掛け合わせだ。誰しも長所もあれば短所もある、長所を伸ばすのに必要なのが掛け合わせだ。これはランチュウに限ったことではない。人もまた、然りなんだ……」
そう言う父の表情はどことなく苦り切っているようにも見えた。ヌシは金魚に似合わず微動だにせず。舟の中に尾ひれをゆらゆらとホバリングをして二人の様子を相変わらず水中から眺めていた。
「掛け合わせのための選別だ」
十四代目は、ヌシをじっと見つめながらきっぱりと言い切った。
「掛け合わせのための選別……。それってつれて来いってこと?紹介するってことでしょ」
金魚屋には金魚屋の言葉がある。
「そうだ、交配がうまくいくかどうかを見なけりゃならん」
「交配って、まだ、そんなこと考えてないよ」
交配?と言う響きに騙されて下衆な想像はいけない。ここでいう交配とは、結婚のことである。
「まだ、考えてないって言ったって、そんなことはその内、あっという間だ。仮に、そうならないにしたって、鱗堂の選別というものがどういうものかってことはお前も早めに知っておいたほうがいい。とにかく、池に入れろ、じゃなかった。家に一度連れて来い」
「わかったよ、近いうちに紹介するよ」
正吉が返事をするとヌシは満足げに尾を揺らしながら頷いているようにも見えた。
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