「選別か〜」
有紀は、水槽のランチュウを見ながら呟いた。
「選別って、必要かもしれないけど、あまりいい言葉じゃないよね。何か、切り捨てられるみたいで……」
彼女の素直な感想である。
「そうね〜、私も初めは嫌だったけど、鱗堂のことを知るにつけて、こういうことも必要なのかなって思うようにもなったわ……」
雅は、為吉と一緒になるという時に受けた彼女に対する選別を思い出していた。
「でも大変ね。旧家の跡取りとなると色々あって……」
「そうでもないよ。男だからまだましさ。何代か前には、男の子が出来なくって、女の子が家督を継ぐことになったことがあったらしい。その時は、大変だったらしいよ。それまで、婿取りの為の男の選別基準を作ってなかったみたいだから、それで親戚中が集まって毎晩のように話し合ったらしい。何しろうちは、親戚と言っても彼女さんみたいな人たちも含めてのことだろ。今でこそそれ程の人数は、いないけど。昔は大勢だったからね。 でも、そうして、この家が守られてきたことを考えるといいとか悪いとかって簡単には判断できない。少なくとも、ご先祖のお蔭でこうして暮らしてゆけるんだから。 この先、どうなるかなんてわからないけど、少なくとも正吉やその子供や孫が生活に困らないようにだけはしてやらなければとは思うけど。 それも、一生懸命、神様に気に入ってもらえるいいランチュウを創ってゆけばどうにかなるもんだとも思うし。 『ランチュウは芸術だ!』って昔にしては洒落た言葉だろ。 鱗堂は、ランチュウを通じて、芸術を極めるって……」
こんな話をしていると、トイレのドアがゆっくりと開いた。そして、床を這うようにして、正吉が出てきた。彼の目は、父の姿を捉えていたが、それを父と認識するだけの判断はまだ、ついてはいないようであった。
「有紀さん、水。水下さい……」
苦しそうに、そう言って、正吉は顔をうつ伏せに床に寝込んでしまった。
「十五代目さんも大変ね…」
雅は、笑いながら嘗ての為吉を思い出していた。
「中途半端じゃ駄目なんだ。いいランチュウを創るには、酒も、付き合いも、仕事も、恋も死ぬ気でかかっていかなくちゃ。そうしなくちゃ、神様の声も、ランチュウの声も聞こえないから……」
酔いながら、たどたどしい口調で言い訳をしながら、雅の膝に甘えていた頃の為吉も、今の正吉のように毎晩浴びるほどの酒を飲んでいた。
そして、粗相をする度にいつも鞄の底に忍ばせいた下着を替えて履かせていた頃を彼女は懐かしく思い出していた。
「酒を飲んで、ちびったことはない……」 と正吉に話をしていた為吉であったが、実際、そういうことは何度もあった。酔っているから憶えていないのかしらと思ったこともあるが、どれだけ飲んでも朧ながらの記憶はあるようであった。酔うと言うことが、彼にとって恥ずかしさを紛らわす言い訳になっていたのかもしれない。今では、それも彼女にとってはいい思い出となっている。
正月を過ぎてから、正吉は佳代を家族に紹介することにした。まだ、一度も二人で出掛けたことは無かったが、毎日のように電話で話をしているうちに自然に付き合っているというような感覚が芽生えていたためごく自然に「遊びにおいでよ」と口に出すことができた。付き合ったということはないにしろ、大学生活を通し四年近く友人関係にはあったこともあり、形式に囚われず、意識せずごく普通に接することが一番だと感じたこともあったかもしれない。思い返すとこれまで、二人とも誰と付き合うことなくここまで来ていた。それは、お互いの気持ちの中に、男と女として付き合うならこの人と心のどこかで決めていたからということに電話で話をしながら気付き始めていた。 正吉には、選別ということが気にはなっていたが、彼が心配するようなことは何も無かった。
ただ、佳代は少し驚いたに違いない。
父、母、祖母、叔母までは、普通であるが、雅さん、有紀さん、それに今は亡くなった祖父の彼女さんたちも同席しての夕食であったから……。
食事が済むと有紀さんと叔母が片づけをし、母と雅さんが仕事場や屋敷の中を案内するからと佳代を連れて行ってしまった。
―これが、選別?まぁ、母と雅さんのことだから……
と気にはなりながら、皆に言われるままに父と祖父の彼女さん達の相手をし酒を飲んで居間で待っていた。
一時間以上は経った頃だったであろうか、三人が楽しそうに笑いながら部屋に戻ってきた。三人とも、化粧っけもなく、頬もほんのりと上気し風呂にでも入って来たような雰囲気であった。
「あぁ、気持ちよかった……。正ちゃんのところのお風呂温泉みたいに広くて気持ちいいね、空も見えるし……。案内してもらって、家の自慢だから、『入って行くっ?』て言われたから、恥ずかしかったけど入って来ちゃった。一人じゃ淋しいだろうからってお母さんと雅さんも一緒に入ってくれたの。何だか、本当の家族と入ったみたいで楽しかったな……」
その時、父が含み笑いをした。有紀さんは、父と、母と雅さんを見ながら、
「私も、入りたかったな〜」 と微笑んでいた。
「お母さんも、雅さんも本当に綺麗。肌も艶々だし、優しいし……。何か、特にお手入れしているんですかって聞いたら、ここのお風呂に入ると綺麗になるんだって、だから、たまに遊びに来てお風呂に入れてもらうことにしたわ。色々楽しい話も聞けるし……」
と後で正吉に送られて帰るときに佳代は恥ずかしそうにこう話した。
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