20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:鱗堂家の生き方 作者:宮本野熊

第1回   1
 鱗堂家は四百年以上続く金魚屋の老舗である。初代為吉が木桶に天秤棒を担ぎ、尾張の城下町を金魚のランチュウを売り歩きこの家を興した。為吉は農作業の合間を見ては、少しでも生活の足しになればと田んぼの横に造った畳六畳ほどの小さな池からランチュウを桶に入れ天秤棒を担いでは売り歩いていた。当時まだ珍しかった種類のランチュウが、何故、為吉の田んぼの横の池にいたのかは知る由もないが、頭のフンタンと呼ばれる瘤が珍しく、愛好家の間でその瘤の形と大きさが競われるようになったこともあり、不恰好だが愛嬌のあるランチュウの泳ぎっぷりも相まって売れ行きはまずまずであった。ことに為吉のランチュウは頭の格好が相撲取りの大銀杏のようで良いと評判を呼び、その噂が名護屋城の役人の耳に入り、その内にお殿様にも為吉のランチュウが知られるところとなった。ある日、為吉がいつものように天秤棒を担いでランチュウの行商をしていると、見回りの役人からお城に参内するようにと言いつけられた。お城に呼び出されるなどということは一介の農民である為吉にとっては恐ろしいことでその場で腰を抜かしてしまったが、そのまま引きずられるようにしてお城へと連れて行かれてしまった。お城ではお殿様が直々に為吉に言葉をかけた。

 「この城内にお主のランチュウ池を造ってはもらえんか……」

 お殿様の言葉に逆らう道理は無い。為吉は、地面にひれ伏したまま何度も何度もハイ、ハイッと声を震わせながら失神寸前になった。

 こうして為吉はお城の一角にランチュウの池を造成することとなった。一介の農夫であった為吉の副業であったランチュウの行商は、これを境に本業となった。金魚番として名護屋城へ出入りするようになったこともあり、特別な許しを得て城下にはそれまでなかった金魚屋を構え、屋号を鱗堂と名乗ったのである。店を構えるとお城への献上ランチュウが噂となり、それまで天秤棒を担ぎ苦労をして売り歩いていたことが夢か幻であったかのように盥にランチュウを店先に並べるとそれこそ飛ぶように売れていった。鱗堂のランチュウは出世金魚、まさに金の魚と言われるようにもなり、商売人のゲン担ぎにと鱗堂の商売は益々盛んになっていった。

 こんな出来た話があるものかというのは、やっかみ者の鼻くそのようなものである。眉唾は目に見えないが、やっかみ者の鼻くそは本人が気付かないうちに鼻腔の端から恥ずかしそうに、また申し訳なさそうに顔を覗かせているものだ。誰がどう言おうと思おうとも、あるからには仕方ない。

 今、鱗堂家は十四代目為吉が当主として四百年続いた家を守っている。嘗て程の隆盛はないものの、鱗堂のランチュウは今尚珍重されている。

 ここまではどこの旧家にもそれなりに伝わる偉大な先祖の成功談で済まされることに違いない。いい先祖を持ってさぞ幸せな人生を送ることができるのだろうと羨むばかりである。大きな屋敷があり、何反もの金魚田があり、代々築かれてきた財産もある。世間で贅沢と言われることは余程法外なことを除いては一通りできる。一般庶民からすれば、夢のような生活環境が整っている。

 正吉(しょうきち)はこんな家に生まれた。いずれ十五代目を継ぎ為吉を名乗ることになる。正吉は、家業の手伝いも欠かさず、遊びらしい遊びも覚えず、勉強と手伝いの毎日で生真面目にすくすくと育ちこの春、大学も卒業した。彼は、二十三歳になっていた。これからは家業の金魚屋に専念することになる。当たり前のようにこの家に生まれ、何の迷いも無くランチュウに接してきた。そして、これからは生涯の仕事として鱗堂のランチュウに接することになるのである。ただ、四百年続く鱗堂のランチュウをこれから守って行くということには期待と希望を持っている反面、プレッシャーは感じていた。

 家督というものがどんなことを意味するのか、そんな重苦しい家系の歴史とは縁のない者には理解に苦しむところであるが、旧家であればある程、次の世代へ繋ぐという重圧は常人には理解しがたいものがあるのかもしれない。それに加えて厄介なのが、旧家特有の仕来たりである。何世代にも亘り同じ家に住み続けるうちに習慣が伝統として受け継がれ、その内仕来たりという具合にそこに続く者の生活のパターンを拘束するようになる。そして、その仕来たりはどんな法律や宗教の教えよりも強制力を持つようにもなる。

 正吉はこの家の仕来たりに、少なからず悩んでいることがあった。

 若い内は大いに悩めというのは、言わずとも知れたこと。世の善悪、風潮、常識に挑戦して自己研鑽、自己実現の為の悩みであれば、生真面目な彼は寧ろ進んで悩みに向って行くに違いない。巷では変革とか革新とか、変えなければ、変わらなければと昔からの考え方や習慣を見直したり、捨てたりする風潮がある。いつの世もいつの時代もこうした考え方は変わらずあるものだ。しかし、彼はこうした若者気質とは縁なくこれまで育っていた。彼は四百年余り守られてきた旧家の仕来たりに、従順であろうとしつつ『どうなのこれは?』と閉口することが精一杯であった。


次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 3839