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作品名:Some kind of Love 作者:宮本野熊

第9回   9
 真っ暗な劇場にまた明りが薄っすらと燈され、はじめの初老のストーリーテラーがスポットライトに照らし出された。彼は再び静かに語り始めた。

 「私たちのソウルは、その始まりから千年をひとつの区切りとして出会い、融合、そして、別れ、すなわち分離を繰り返しています。もし、千年の間にソウルの引き合いにもかかわらず融合できなければ、次の千年先まで、ソウルは融合することが許されません。もちろん、肉体の死後にも存在を感じることはできます。しかし、それは、時が経つにつれ少しずつですが、希薄になっていくのです。そして、約束の時までに現世で出合うことのできなかったソウルは、人の言葉を借りて言うならばついには消滅してしまうのです。
 (アル)ことから(ム)への移行。アルことが正しいことだというわけではありません。
 しかし、ムの先には何もないのです。私たちは、存在するつまりアルことに意味があるのです。
 それは、魂(ソウル)であっても同じなのです。
魂の存在をアル事とするために引きあうソウル、そして、
それを教えてくれる心のメッセージに声を傾けなければなりません。それが、本当のアルことにつながる道なのですから―」

 そう話し終えると老人を照らし出したスポットライトがフェードアウトしてゆき、姿が消えてゆくのとは相反するように彼の声だけが劇場に克明に響いてくる。

「本日、このストーリーは、ここで終わらなければなりません。しかし、本日この場におられる皆様には、ここにこられた理由を少なからずご理解いただけたことでしょう。隣にいる方のことは、もしかしたら、なにも知らないかもしれない、しかし、近づくという事は、必ず何かの力の導きによるものである事を忘れないで下さい。実りのある時をお過ごし下さい。それでは、See You In Another Life.」

 彼が話し終わった時、一瞬、完全な暗闇が場内を包みこんだ、次の瞬間、これまでとは違い眩しいほどの明りがこうこうと灯された感覚を覚えた。その瞬間観客は、視覚の眩しさに声も出なかったが、視覚の世界に我に帰ると誰からともなく拍手が沸きおこり、その拍手は暫らく止むことはなかった。そして、座席を後にしようと席を立つとき、人々はこの場に出会えた喜びをかみしめるかのように握手をし、また、抱擁を交わし、感激の涙を流すものもいるほどにその場を立つ事を躊躇った。私もその例外では決してなかったのである。

 閉演後三十分は、その場にいただろうか。観客たちは、握手を交わし、言葉を掛け合い、名残惜しそうにその場を離れた。

 見知らぬ様々な観客と話し込み興奮を感じたまま、私は劇場を出ようとした。その時、ふと、老女・真理の依頼を思い出し、慌てて、引き返した。入り口で楽屋を訪ねたい旨を従業員に伝え、その場所を訪ねた。しかし、そこに居たのは、役者達だけ。ストーリーテラーの所在を聞くと、彼らはほんの数分前に出て行ったということであった。彼らに会うことが出来なかった私は、落胆を覚えながらも、明日、また、訪ねようと思い。ストーリーに余韻を感じながら、帰路についた。重なる不思議な出来事、メッセージという言葉に隠された見えない意思の導きに魂が奮い立つ余韻を感じながら。

 次の日の早朝、なんだか時間がおしいという気持ちで、まだ、日の明けきらない時間に、会社に出かけることにした。そして、インターネットであの劇のことを調べてみた。作者は、ヘンリー・ユー、しかし、彼は百二十年も前の人物。もうすでにこの世には、存在していない。
 だが、ヘンリー・ユー(遊編里?)この作者名を見た瞬間、にわかに、老女・真理の言葉が真実味を帯びてくる。私は、真剣にこの依頼の調査を始めるべく準備に取り掛かることにした。とはいっても、相変わらず手掛かりはないに等しい。昨日より、まだ、マシな事といえば「千年前のラブストーリー」という演劇が上演されているということ。彼らの記憶を辿ってゆけばもしかしたら、遊編里に行き着くことが出来るかもしれない。
 
 取り敢えず、依頼内容とこれまでの手掛かりをまとめてみることにする。

依頼内容:遊編里の捜索
捜索対象者の手掛かり:
 名前:現在不明(過去には、遊編里)
 年齢:不詳 
性別:不明
 履歴:不明
 住所:不明
 特徴:不明
 備考:ブルーのチケットを所持(チケットについては詳細不明)、記憶が蘇ると郊外の墓地に現れる可能性あり、百二十年前のヘンリー・ユー=遊編里と同一のソウルの持ち主か?友人は、真理・ユージン、ユリ・ユージン、紀野純次、しかし、本人の記憶があるかどうかは定かではない、

 今後の調査方針
1) 依頼人の調査
2) 依頼人の友人と思われるユリ、紀野の調査
3) 墓地の検証:チケットの調査、墓地周辺の調査
4) 劇場の捜索、真理、ユリ、紀野からの聞き取り
5) 百二十年前の戸籍台帳から遊編里についての調査

  調査方針の詳細
1) 依頼人の調査
マリ(真理)・ユージンについて
・ 小切手の追跡
・ イギリスの財閥
・ 劇場のストーリーテラー

2) 依頼人の友人と思われるユリ、紀野の調査
・劇場での聞き取り
3) 墓地の検証
・ ブルーチケット
・ 埋葬物
・ 墓地の登録主、持ち主の調査
4) 劇場の捜査
・ 監督
・ 演技者
・ 劇場主
・ 上演にいたる経緯
5) ヘンリー・ユーの戸籍調査
・ 役所の書類を検索
 
 こうして、まとめているとまったく無いと思っていた手掛かりも、それらしく、多くなっているように思えてくるから不思議である。取り敢えず、フィジカルな部分の調査から始めることにする。

 後になって気づいたことだが、この依頼を受けたことが、私自身のソウルへの旅立ちの瞬間となっていた。


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