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作品名:Some kind of Love 作者:宮本野熊

第5回   5
 芝居が始まるまでの間、私はそのチケットをずっと眺めていた。そこに刻まれていたのは「千年前のラブストーリー」と言うタイトルと座席ナンバーI−23、それに「真実の愛の姿を見つけるのは誰?」というチケットの裏に書かれたメッセージ。時間が止まったように感じる一瞬であった。神の手による導きのような力を感じる一瞬でもあった。

 開演を知らせるブザーが館内に鳴り響き場内のライトが落とされると、ステージに照明が灯った。中央には革張りのソファーが置かれていた。そこには一人の年老いた男性が座っていた。ナレーションが流れてきた。座っているのは演出家だと紹介された。彼の歳は八十。座っている所為もあろうが、小さな痩せた男性であった。右手にはステンレスのステッキを持っていた。ナレーションが終わると彼はステッキを支えに弱弱しく立ちあがった。立ち上がってもやはり小柄であった。彼は、一つ咳払いをすると両手を大きく広げ観客を見渡した。一通り見渡すと深々とお辞儀をした。そして、なおるとニッコリと笑みを浮かべた。右ほほの皺の隙間から笑窪が零れていた。ストーリーの解説を始めだした彼には、それまで感じていた希薄な生命力とは程遠かった。その声は凛として生命感に溢れ、若若ささえ感じさせる程透き通った声であったことに驚きを感じずにはいられなかった。彼の聞く人の心にまで響き入る声に私のみならずホールに座る観客の意識という意識、感覚という感覚が心地よく引き込まれていった。

 「この物語は千年を越える昔に起こった実話をもとにしたお話です」
ストーリーテリングは始まった。
 「その昔、二人の男と二人の女が紀州(今の和歌山)の山奥に住んでいました。当時そこは、山間ながら芸術の都と呼ばれ日本のあらゆる文化が結集する地として人々に親しまれている街でした。主人公は、錘帝、瞑有、編里、そして、磨里の四人―」
わたしはそれを聞いただけで、ただ驚きのあまり気が遠くなるのを感じた。年数こそ千年となっていたが、その名前を聞いたとき昨夜の出来事が頭の中をオーバーラップし、まるで、暗くなった劇場が昨夜の山中にいるかのような錯覚さえ感じてしまった。

 老人がストーリーテリングを続ける。

「タイムキーパーという役割を神から与えられた人がこの世の中には存在します。その役割とは、時がきちんと流れているかどうかを監視すること。この地球上に存在するもの、いや宇宙すべてに存在するものには“老いる”という試練が科されています。存在は存在したときから必ず、消滅という運命を伴っています。肉体もそして精神も。しかし、肉体である我々には理解できないものがあります。それが、決して目には見えないアルということ。存在ではなくアルなのです。それを証明することのできるのがタイムキーパーなのです。タイムキーパーのアル(精神)には肉体を超えた記憶が刻まれています。すなわちそれは、前世からの記憶。歴史がその魂には刻まれているのです。古文書には記されてはいないその時代時代の現実世界の真実の記憶、それがその魂には刻まれているのです。そして、この物語の四人の主人公こそがそのタイムキーパーなのです。彼らが、その役割に無意識に気づいたのは、西暦九百九十九年、この物語の始まりの、時のことでした。偶然か必然か四人の若者は惹かれあい共に暮らすことを望みました。語ることのできない、刻まれた記憶の断片を胸に。タイムキーパーという神が彼らに与えた役割を果たすために。四人はその役割に気づき始めようとしているのです」

 そういうと彼の大きく手を天に広げた姿がスポットライトに浮かび上がった。初めにそうしたように彼は丁寧に観客に向かいお辞儀をしながら
 「私がそのタイムキーパーの一人(仁錘帝)なのであります」
と無垢な笑顔を客席に振り向けた。

 その笑顔には見るものに安心と温情を感じさせるのには十分すぎるほどの包容力を感じた。

 「皆さんには、この物語の終わりには神の我々に与えたもうた、ソウルの劇場であるこの世界の役割に気づいていただき、是非とも素晴らしい人生の終焉までを楽しんでいただきたいと思います。それがタイムキーパーである我々の切なる願いなのです。それでは、Enjoy the play!」

 スポットライトがフェードアウトしていった。暫くして、再びステージに明かりがともされると演劇が始まった。観ているものに何も考えさせないかのような鋭いタイミングであった。


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