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作品名:Some kind of Love 作者:宮本野熊

第4回   4
 昨夜の出来事を思い出す間もなく、けたたましくいつもの朝が始まった。

 マンションの前を、道路の清掃車が騒々しく通り過ぎてゆく、行き交う車の数もクラクションの音とともに次第に増えていることがわかる。

 いつものように目覚めのシャワーを浴びるとスーツに着替えいつものようにオフィスへ出勤する。途中のストリートスタンドで、新聞とクロワッサンを買い、オフィスにつくと始業時間がくるまでゆっくりと新聞を読む。―はずであった。

 しかし、その日は、自分のデスクに座るところからいつもとは様子が違っていた。
オフィスのドアを開け自分のデスクに向かうと、そこに机はあるものの書類やすべての私品が無くなっていた。すると、上司がやってきて「君のデスクはもうここには無いよ」と言って私を奥へと導いた。そこは、事務所の奥にあるプライベートルームであった。「今日から君のオフィスはここだよ」と上司は言ってドアを大きく開け放った。彼は、私を室内に誘うと、手を握り「おめでとう!本宮君」と一言。余りにも突然の出来事に、呆然としていると、上司が私の肩を誘いながら部屋へと導き、事情を説明した。
彼によると昨日の午後三時過ぎ、クライアントから事務所に電話があり私に大きな仕事を依頼したからということで小切手を届けるというものであった。ちょうど私が出かけた時間であった。彼が待っていると、年配の品の良い女性が間もなく訪ねてきた。彼女はマリと名前を告げ、事務所と私への特別報酬を手渡したということであった。その金額は、それぞれ十万ユーロ、外貨の小切手である。デスクの上にある封筒が私への特別報酬だという。

 私には、何がどうなったかを理解するだけの余裕はとても無かった。しかし、その封筒を置いていったのが、昨夜の老女・真里である事は想像に足るものがあった。昨夜の出来事を掻い摘んで上司に説明をした。彼にはそんなことはどうでもよいらしく、ニコニコと笑顔を満面にたたえ頷いていた。彼によるとその女性は今回の依頼が成功した暁にはさらに報酬を差し出すと言っていたようだ。期限は今日から半年間。唯一の手掛かりと言えば、二千年前に生きていた四人の名前とブルーのチケット、そして、彼女から預かった革の背表紙の一冊のノートだけ、いったい何をどうすればよいのかさえ見当がつかない。

 しばらく今後の行動について、上司と話をした。方法は、私に一任するとだけ言い。彼は、私の調査について手助けは出来ないと言った。それが、依頼者である真理からの条件であることを私に告げた。私は呆気にとられたが、漸く、たとえ助けがあったにしてもどうなることでもないことに気づいた。二千年以上も前の四人が輪廻転生の末たどり着いた現代。その内の一人を探す、ましてや、その一人は自分の過去というより前世に気づいてもいないかもしれない。そんな人を探すことなど、どんな助けがあったにせよ頼りにはならないだろう。

 その日は一日中デスクに座り考え事をしていた、というより、夢見心地でぼうっとしていた。昼休みに銀行に出かける以外は。

 受け取った小切手が本物であるのかどうかを確かめるために銀行へ向かった。その小切手を渡すと行員は私を応接室に通した。しばらくすると支店長がやってきて入金のための口座を今の普通預金から信託に変えるようにと勧めにきた。私がその小切手が本物かどうかを尋ねると。間違いなく本物であると告げた。小切手の振出人はマリー・ユージン、イギリスの財閥であることが教えられた。

 取り敢えず、言われるままにその小切手を信託し、銀行を後に、オフィスに戻ることにした。いつもは昼食をファーストフードレストランで済ますのだが、その日ばかりはあまりの出来事に喉だけが渇きコンビニエンスストアでオレンジジュースを買いオフィスに戻った。

 幸運と言えば言えるのだろうが、思考がついてきてはくれない。

 ただどうしたらよいのか、という焦燥だけが脳裏を駆け巡る。

 窓の外にはいつもの風景がある。しかし、これまでの自分はそこには存在していない。いつもと変わらぬ自分がいるのは間違いの無いことだが自分の存在を認識できない自分がそこにはいる。真理が言っていた言葉を思い出す。「私がそこに『アル』ことには変わりの無い」はずなのに。

 その日は何もしないままに、いや、出来ないままに時間が過ぎていった。ふと気づくと窓から鮮やかな夕日が差し込んでいた。今朝買った新聞もその日はそれまで読むことは無かった。オフィスを出る前にと思い新聞のページを捲ってみる。何を読むとでもなく、視線を文字に走らせる、普段は目に留まることの無い劇場の公演情報にまで。ふと目が自然に止まった。これまで演劇など興味も沸く事もなかったが、昨夜の話がふと脳裏に甦る。「芝居」そして「私たちの周りには様々なメッセージが溢れているのですよ」という不思議な老女の言葉。そんなことを思い出しながら、また、何かのきっかけになるかも知れないと感じこれまで一度も見たこともないお芝居というものを観てみることにしようと思い立った。どんな劇を見ようかということも考えずにとにかく劇場に行かなくてはという衝動に駆られたのだった。

 新聞を見直し街の中心にある劇場で上演している舞台を探していると、ふと目がとまった。タイトルは「千年前のラブストーリー」皮肉なのか偶然なのかわからないが、今の状況にピッタリのタイトルである。「何かに導かれてでもいるのか?」という疑念を感じながらも、急いでジャケットを羽織りオフィスを後にした。

 通りに出てタクシーを拾う、急いで目的の劇場に向かうようにと運転手に告げた。その劇場は、古びた様相ではあるが、歴史を感じさせる重厚さをもっており、ちょうど昨夜の墓石(モニュメント)に向かった時のような感覚を覚えた。入り口前の石の階段を上り、チケットカウンターでチケットを受け取ると背筋に悪寒が走った。手渡されたのはブルーのチケット。シートナンバーはI−23、案内されると一番後ろのアレイ、丁度、通路の端の席であった。


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