20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:Some kind of Love 作者:宮本野熊

第3回   3
 遠くを見つめた彼女は、しばらく、沈黙した。

 「どう、こんな話だけど信じられる?」

 静かに目線を私に向け、やさしく笑みを浮かべた。
 
「とてもロマンティックな話ですね」

 私はこう言うことが精一杯で続く言葉が見つからなかった。
 
 磨里、奇しくもこの時代でも同じ名前であることを話した後、
「何世紀もの間、引き継がれる記憶って不思議でしょ?でも、わたしたちは本当に記憶が甦る度に、ここに来ては、こうして、ブルーのチケットを手に入れてはここにこうして置いていくの。今、この時代にいるのよということを示しに」
と語った。

「このチケットの持ち主が本当に当時のわたしたちの生まれ変わりの人であったとすると、ここの溝にそのチケットを差し込んだ時にすべての記憶が甦るわ。ここにたどり着くまでは、なんとなくしか憶えてはいなくても―」

 彼女によると生まれ変わった時、いつも記憶が蘇るとは限らないらしい。それに転生のきっかけも人様々なようだ。

 肉体を離れた魂はどうなるのか?そんな疑問を誰しも抱いている。私も時々そんなことを考えたりもしていた。彼女にそんな質問をしてみるとどんな答えが返ってくるのだろうかと思い訊ねてみた。

 私が、魂の肉体を離れた後にどんな世界があるのかというその話を聞こうとするとただ微笑むだけであった。そして、含んだようにこう言った。

「あなたにもわかる時がきっとくる、アルということがどんな意味をもちまた、どんな意味ももたないものだということが。私たち人は、というよりすべての生き物の存在がただアルだけなの―」

 アルという言葉が何を意味するのかはわからない。肉体と魂という言葉は物質的で、記憶の受け継がれてきた転生を繰り返す彼女たちの存在を示すことのできる表現はないらしい。感覚としてアルことを受け止めるただそれだけのことだという。
 
 石のベンチに随分長く腰掛けていたせいもあるし、まだ夏とはいえ、初秋の香りする夜風には、寒さの兆しも感じられる。

「少し、冷えてきたわね」

 そういうと彼女は私への依頼の件に話を戻した。

 「あなたが、私の話を信じる、信じないということは、問題ではないの。編里はきっとこの同じ時代にいると思うの。いえ、実はいることがわかったの。私の願いはね彼に会うことだけなの、彼の記憶が戻るかどうかは、わからないけどきっとここにあるチケットと同じ物を持っているはずだから。それを持っている人を見つけ出してもらいたいの。そして、ここに連れてきて―」

彼女がどうして編里がこの時代にいることを知ったのかはわからない。というよりもこの話そのものを信じていいのかどうかさえ定かではない。ただ彼女は輪廻転生の時を重ねその度に記憶を蘇らせることによって、普通の人には感じないエネルギーの流れを感じることが出来ると言った。そのエネルギーの流れから彼の存在を感じたということである。

 私には、彼女の依頼に応えるための手掛かりは何もない、いやその人物の存在すら明らかではない、まして名前さえもわからない人の捜索である。唯一わかっているのは、ただ一枚の水色のチケットを持っているかどうかだけ。それに、捜索範囲は世界中のすべての人々。私は困惑しながらも、何か他に編里を探し出す手掛かりになるようなことが他にないものかを尋ねた。

 彼女によれば、ソウル(魂)の記憶は、生まれたときには皆、持っているらしい。それが、言葉を覚える頃を境に徐々に薄れてゆく。希にその記憶を持ち続ける人もいるらしいが、言葉で、その記憶を語ることができる人は一%もいないということだ。潜在的には記憶されているのでまったく記憶がないということとは異なっているということである。つまり、彼女の依頼で私は潜在的な記憶の持ち主を探し出さなければならないということになる。彼女は続けた。ソウルと呼ばれるアルものが、どんな人にでも入っていけるわけではないということ。そこにはDNAのつながりが必要だということである。

 その時、私には、よく理解ができなかったが、血の流れの中にソウルはあるという意味のことを彼女は言ったのだと思った。つまり二千年も前の存在していたかどうか定かではない人のルーツを遡らなければならないことになる。

 「血の繋がりという言葉があるでしょう。どういう意味だかわかる?」
とまた、彼女に問いかけられた。

 私には、「血縁関係のことですか?」としか答える言葉がなかった。

 「それは当然のこととして、血の繋がりというのはそれだけのことではないの―」
と子供を諭すかのように彼女は言葉を続けた。

 「肉体や血液が、体を分かって次の世代に存在を残そうとするように、魂も同じなの。でも、ソウルは不思議なことに分かれてもまた、融合して、もとのアルに戻ることがあるの。それが、ソウルの繋がり、つまり、血の繋がりということなのよ。ソウルは分離もするし、また、融合もできる。誰かといてとても安心できるときってあるでしょう。それは、融合できるソウルをもった人だからなの。その単位は、本当は大きくなれる可能性をもっているの。でも、人になって、アルことを忘れてしまうと、なんていうか、自分勝手になってしまうの、人は。そして、ソウルの繋がりを見失ってしまうことになるの―」

 そこまで話すと彼女は立ち上がった。

 「そんなことより、お願いね。もう私にこの時に残された時間は少ないから、早く、探してほしいの」
と私の手を取りあの優しい微笑みで私を見つめた。

 そう言うと彼女は

 「もう、行かなくては―」
と石段を降りて行った。そして、モニュメントの裏に止めてあった車に乗り込んだ。黒のフィルムが貼られた窓が静かに下ろされ、その窓越しに、彼女が私に、一冊の革表紙の分厚いノートを手渡した。

 「これに私の記憶が記してあるから、あなたに預けておくわ。そうそう、それからあなたへの報酬はあなたの事務所に、支払っておくようにしてあるからこの仕事を受けられないなんて言わないでね」

 そういうと運転手に発進するように伝え、車は私の前から走り去って行った。
彼女が去った後、私は夢み心地でその場に立っていた。今、目の前で聞かされた話が果たして真実なのか、それよりも現実であったのかさえ定かではなかった。

 その状態は、そこから長い道のりを車を運転しながら家に帰る途中も、家に帰ってからも同じであった。家に着くとリビングの白いソファーに腰をおろした。すると長時間のドライブからか、それとも受け入れがたい現実に精神が混乱しているからか、急に身体がぐったりとしてそのまま眠ってしまった。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 1616