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作品名:Some kind of Love 作者:宮本野熊

第2回   2
西暦元年のこと。

「夕食も終わり、お酒を傾けながら四人でテーブルを囲んでいると当時の私の夫、編里がこう言い出したところからこの話は始まるの」
そういうと彼女は、当時を懐かしむように目を細めながら、活き活きとその時の様子を語りだしたのだった。

 「もし、この先何十年、いや、もしかしたら何百年、それ以上かもしれないけど、僕たちが生まれ代わり、また同じ時をこうして生きることが出来たらどんなに楽しいだろう」

 四人の友人は、皆その考えに頷いて、時が経つのも忘れる位に話が弾んだ。

また、出会うとしたら、どんな風に出会うのだろう……、今の記憶をそのままにできないだろうかとか。その話は、いつの間にか、そしてそれからは、いつも、その四人の仲間の話題の中心になっていった。
今度は、男が女に女が男に今とは違う性別で出会ってみたいとか。また、四人が親子関係で生まれたらどんな風になるだろうか、誰がお父さんで、誰がお母さん、こんな息子は嫌だとか、また、誰かがペットだったら、ペットにするなら誰がいいか、とか、創造の世界の中で話が尽きることはなかった。

「そうそう、今のあなたにわかりやすいように、できる限り今の時代の言葉で話をしますからね」
と老婆は私に気遣いながら話を進めた。

私は、その気遣いよりもどうやってその話を切り上げさせたものかと思案しながら聞いていた。初対面の老女の空想に付き合っていられるほどにはまだ私は年を重ねてはいない。そんな私の心の中を察するように老婆は私に微笑みかけた。

「まだ、信じられる話ではないでしょうね、でも、もう少しだけ聞いて頂戴ね」
言葉には出さないが、彼女の表情から私の感情が読み取られているような感覚を憶えた。

彼女が続ける。

「でも、そんなわたしたちの想像も行き着く所は、最後には、偶然同じ時に、そして、同じ場所に居ることができたとしても、その人格は恐らく別人のもので、その時、今の四人の記憶が甦るのだろうか?という疑問にぶつかったの。もし、記憶がなければ折角出会ったとしても何の意味もないと思ったのね。

その時はまだ空想の世界のことだった。そうではあるとしても、わたしたちは真剣に考えたのよ。生まれ変わった果てに、運命の糸に操られお互いを引かれあったとしても、魂がそれを気づいたとしても、この時の命の記憶がなければ、本当に出会う意味がない。でも、このままでは、お互い気づくすべを持たないでいてしまう。出会ったときに、今を共に過ごした証として、記憶を呼び覚ますきっかけになるようなモノをみんなで持とうということになったの。もし、肉体を超えた存在があるとしたら記憶を持ったまま生まれ変わることが可能なのかもしれない。そんな期待を強く胸に持ってね」

「そのきっかけになる(なにか)をこれから死ぬまでの間ずっと思い続けていこうということで、わたしたち四人の心は未知の、そして未来への想像で躍っていった。いつか、この楽しい幸福な時の記憶が蘇るかもしれないという期待を胸に。そして、とっても愉快な、人生で最高の遊びができあがったの」


「人は時とともに記憶が薄れる、だから、悲しいことにも耐えてゆける」

そう言った哲学者がいたことを私は思い出した。魂に記憶があるとすれば同じ理屈なのかもしれない、幾度かの人という肉体を経験し、その経験を全て記憶しているとしたら精神はそれに耐えられないかもしれない。しかし、その記憶がとても美しく、幸せに満ちたものであったとするならば、おそらくその魂と肉体はより輝きを放つものなのではないだろうか?彼女の話を聞く内にそんな想像が私の脳裏をかすめた。

今、私の目の前にいる彼女はこれまで転生を繰り返し経験してきた、という。後の彼女の言葉によれば、魂の記憶は私たち自身に様々なメッセージを実際に語りかけているのだそうだ。俗に言う天使や、悪魔のささやきがそれにあたるらしい。
 
 現代の彼女が私に語りかける。

彼女は生き生きとした瞳を私に向けた。

 「あなたには、ばかげた話と聞こえるかもしれないわね。でもね、私達は、大真面目に考えたの。それに、あなたの目の前にいる私はおばあちゃんだけど、ボケているわけでも、決して気が触れている訳でもないのよ。」

「そうそう、まだ、四人の名前を言ってなかったわね。さっきの話に出てきた編里が私の夫だった人。」

目の前にいる老婆が磨里、そして、錘帝と瞑有の夫婦が時の旅人の主人公達である。

彼女は言葉を続けた。
 
 十世紀の編里が興奮気味に話すの。

「ばかげているかもしれないが、今こうして、こんな楽しい時をずっと一緒に生きているのだから、もしかしてってこともあるかもしれないよ。何か肉体を超えた記憶に繋がるものを考えてみようよ!」

もちろん誰も反対する者がいるはずもなかったわ。

 そこで、四人の仲間たちは、色々と思考を巡らせたの。人形だとか、一緒にすごした家だとか、見ている風景、食事のときにいつも使っていたお気に入りの木のスプーンとかも、記憶再生のきっかけにするために何かないものかといつも考えていたわ。でもどれも正直ピンとこなくて、どうしようと毎日悩んでいたの。

するとある時、錘帝がこういったの

「そうだチケットはどう?ダメかな?四人でよく芝居を見に行くだろ。これまでも、そして、これからもきっと。芝居を見るたびに、泣いたり、笑ったり、怒ったり。いつもよくあーでもない、こーでもないって議論もしているし。俺達四人を引き合わせたのも芝居だし、どうだろう!僕らの感性と縁の記憶、これならいいかもしれないよ!」

 四人とも顔を見合わせて喚起したわ、そして、大賛成。それから、芝居を見に行くたびにチケットを取っておいて今で言うスクラップブックを作って貼っていったの。

 編里とわたしとの間に子供ができると、錘帝と瞑有の間にも子供ができたわ。二つの家族はいつも一緒、一つ屋根の下に暮らしていたの。こんな山の中だけど、立派なお屋敷があったのよ。

「そうあそこ」

彼女の指差す方をみると墓石を挟んだ道の反対側に大きな鳥居が見える。彼女たちはかつてその敷地内に住んでいたという。いつからか、神社と呼ばれるようになったらしいが、もとはあたり一帯を仕切っていた豪族の屋敷だったらしい。

平凡だけど、とても幸せだったわ。もちろん子供ができてからもお芝居はよく見に行ったの。時には、自分達で見た芝居の真似をして見たり、創作芝居をやってみたりと。そんな楽しい時は瞬く間に過ぎていったの。

 子供たちが成人して家を離れてもわたしたちはずっと一緒にすごしたわ。文字通り、死がわたしたちを分かつまでずっと。

 最初に編里が去ってしまったの。悲しかったわ、とても。でも、死の床で、彼にお別れを告げるときこう言ったの。「また、来生(らいせい)で会いましょう(See You. In Another Life.)」丁度、旅立つ友人を送るように。それからの生活は三人だったけど編里が居る頃と何も変わらなかった。お芝居を見に行くときには、必ず四人分のチケットを買った。そして、瞑有、錘帝が逝ってしまったときも。

 一人になってしまってからも、彼女は寂しくは無かったという。いつもスクラップブックのチケットを見ては、その時の光景を思い出し四人で居たころを感じていたから。役者の演技が良くなくて、錘帝が、僕ならこんな風に演じるのにといって真面目に演技し、瞑有が相手役でいるのを見て笑ったことが、本当に昨日のことのように思い出された。

 そうそう、スクラップブックはね、子供たちに頼んで、わたしの死に際にお願いして全部灰にしてもらったの、それが、四人の約束だったから、一つを残してね、それが、ここにある水色のチケットなの。
 
彼女は、そのチケットのことを話し始めた。

これは、特別なものなの。わたしたちの記憶が封印されたチケット。最後の一人が死ぬときに四枚ともお墓の中に入れてもらったの、つまり、わたし、当時の磨里の最後に。

 そして、わたしたちは、全員、時の旅に出発したの。


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