Some kind of LOVE 〜時を超えて〜
真っ白に輝く大きな満月が美しくあたりを照らし、秋の訪れを感じさせるような爽やかな風が顔をなでてゆく。柔らかな月のあかりに照らし出されている先には大きな石が、ずっしりと重厚な威厳を持って存在している。その大石の後ろには切り立った岩壁、辺りには、雑草が生い茂りそのモニュメントにも思われる大石以外には何の造作物も見当たらない。
するといつからそこに居たのか、岩山と大石の間から一人の女性が笑顔を満面に姿を現し「こちらです、こちら。よく来てくださいました」とやさしい声で呼びかける。品のよさそうな、そして、どこかに懐かしさを感じさせる響きであった。どうやら、彼女が私をここに呼び出した本人らしい。
私は、Nagoya Cityで調査会社に勤務する調査官。身元調査を専門にしている。大学を卒業し、この仕事に着いて十五年が経つが、まだ、会ったことはないクライアントからこんな時間に、しかも、こんな場所に呼び出されたのは初めてのことである。よほどの理由があったのだろう、調査依頼にあたって、手掛かりがある場所だからと電話での求めに応じこの場所へとやってきたのだった。
彼女の呼ぶ声に従い、足元にうっそうと繁る雑草を踏みながら、大きなしっかりとした半円形の石の前に歩を進める。近づくにつれ、その石がどうやら墓石の様相であることがわかった。意外に年代は古いらしいその墓石は半円の外輪が太く色の異なる大理石で縁取りがしてある。その中心には名前を読み取ることが出来る。〜家とは、書かれていない。その代わりに、「遊仁」の文字が大きく刻んである。
いくら月光が明るく照らしているとはいえ、そこは墓の前。夜にはあまり訪れたくはない場所である。
そのモニュメントの傍らに、先ほどの女性が左裾に大きなひまわりの花柄をあしらったベージュ色のワンピースをまといたたずんでいた。どうやら彼女が依頼主であるようだ。月明かりに照らされて見える彼女の表情には、幼いころの母を思い出させるような落ち着きと優しさが感じられた。年齢も存命であればちょうど私の母に相当する位だろうか、彼女のこの場所に不釣合いな出で立ちとあたたかな表情で存在していることが、私のこの場所にいる唯一の理由であった。
私は、ここにいるという不安とクライアントに対する疑心を悟られないよう、声を張り上げないでも相手に伝わるところまで近づくと笑顔を意識しながら自己紹介をした。
「調査員の本宮健治です。あなたが、お電話の……」 と言いかけたとき彼女はそれを遮るように笑顔を返し言葉を継いだ。
「よく来てくださいました。こんな遠くまで、こんな時間にありがとう」
そして、モニュメントを囲うように石組みされた柵の中に“どうぞ”というように私を誘った。その仕草に従い私は石段を上りモニュメントの前に立った。言葉こそ流暢な日本語であったが、近くで見ると、彼女の眼はブルーに透き通っていた。髪も綿のようにそよ風にも靡くほどの柔らかな質感をしたブロンドであった。彼女は、落ち着いた表情で微笑み、右手を差し出した。西欧の人々の間でそうされているように、私はその指を包み込むように軽く握り返しお辞儀をした。彼女は、満足そうに首を傾けまた微笑んだ。挨拶を済ませると彼女は、墓石の前、石で造られた棚の上にあるカードのようなものを指差しながら、私に依頼内容を話し始めた。
「このチケットを探して欲しいの―」
彼女の指差す方をよくみるとそこには三枚、一つ一つがガラスでカバーされた透明のケースの中に水色の小さなチケットのようなものが入っていた。
「いえ正確に言うとこれと同じチケットを持っている人を探してここに連れてきて欲しいのよ」 私が腰を屈めて見ていると彼女が続けた。
「これはとても大切なものなの、全部で四枚、この世界にあるわ。今、三枚ここにあるの。そして、最後の一枚をここに揃えることが今回のあなたへの依頼なの―」 チケットの捜索のためにここまで呼び出されたのかと当惑していると彼女が依頼に当たっての理由を話し始めた。
彼女によると遠い昔、といっても一人の人生の長さで計ることの出来る時間のことではなく、二千年以上も前のこと、とても仲の良い四人が、また、生まれ変わって一緒に過ごそうと約束した時にまで遡るという。生まれ代わりのためのチケットこれがその証だという。そのチケットはそれぞれガラスのカバーに包まれ、モニュメントの前に立てかけられている。雨晒しになってはいるが、中のチケットは汚れてはいないようだ。小さくて、また、表面のケースが汚れているせいか、文字をはっきりとは読み取れない。
「―To−」
その文字を読み取ろうと、目を近づけると彼女がそれを遮るかのように、言葉を続ける。 「ここに眠っている四人は、その昔、とても愛し合ったの、伴侶として、また、友人として。何十年も一緒に過ごしたかしら。でも、人の一生は短いものよ」
彼女は私の手をとり傍らの石のベンチに誘った。
「私の話を少し聞いてくれますか?」
彼女はそういうと私の返事も待たずに彼女は懐かしさを噛み締めるように一話し始めた。月の明かりに照らされた彼女の横顔を見ていると幼いころこんな場面があったようなと私には思い出されていた。
「その四人は、それはとても楽しい時間を過ごしていたの。でも、歳を重ねて行くに従って、いつかこの楽しい時も終わるのだということを感じはじめたの」
遠くを見つめながら、そして、私の反応を確認しながら言葉を継いだ。
「信じてもらえるかどうかわからないけど―」
その四人の内の一人が、私の目の前にいる老婆であるとの告白であった。
冗談と、また、狂気と済ますには、余りにも真剣な表情であった。また、彼女の上品な言葉と立ち居振る舞いに、好奇の気持ちも手伝って、私は彼女の話にしばらく耳を傾けることにした。
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