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作品名:マルチな関係 作者:宮本野熊

第7回   7
 宮本は、決まって土曜日には、彼の部屋に遊びに来た。そして、彼の小説を読むとあれこれ批評もしまた、アドバイスをしては帰っていった。彼は近頃、宮本とこうして話をすることに疲れを感じることが多くなっていた。彼が、宮本を嫌いになったわけではない。彼にとって、宮本は誰にも替えられない親友であった。彼が、結婚をして前ほど頻繁には会わなくなっているが、女の所を歩き回って話す時間も少なくなってしまってはいるが、それでも宮本は彼の無二の親友である事に違いはなかった。ただ最近、彼は、宮本と会うと無性に疲れ、宮本が帰ってしまい一人になるとそのまま眠ってしまうことが多くなっていた。


 宮本は、博之の部屋を後にすると自分の家に向って歩いていた。途中コンビにへ寄りタバコを買おうと思った。その時、ポケットを探ると鍵のないことに気がついた。博之の部屋に忘れていったのだろうと思った。そう言えば、昼前コーヒーを飲んだだけで何も食べてはいなかった。空腹など感じないほど、二人は話に夢中になっていたからだ。早く、帰りたくもあったが、妻が帰っているとは限らない。妻が家にいなければ帰ってくるまで部屋には入ることも出来ない。

 「しょうがない、弁当でも買って。博之のところへ戻るか……」

 宮本は、弁当を二つ選んで、タバコと一緒に支払いを済ませると、再び、博之の部屋に戻っていった。
 
 博之の部屋のドアには、相変わらず鍵がかかっていなかった。

 「入るぞ〜」

 そう言って宮本は、部屋へ入って行った。電気はついていたが、博之の姿は見当たらなかった。

 「もしかしたら、ご飯でも食べに行ったのか?それとも彼女から連絡があって、迎えにでも行ったのか」
と考えながらテーブルに置いてあった鍵を忘れないようにポケットにしまった。三十分が過ぎても、彼は帰って来なかった。

「せっかく、彼女の姿が見られると思ったのに……」
とも思いながら、自分もこれまで一度も彼に妻もその他の女も紹介したことのなかったのを思い出していた。さすがに、自分が結婚する時には会わせようと思っていたが、あんな事が在ったので、その日も無期に延期されてしまっていた。お互い、それぞれの女にそれ程興味があるわけでもなかった。一人で座っていると空腹を感じ、買ってきた弁当を一つ食べた。それでも、まだ、博之が帰る気配がないので、タバコを一本吸った。そして博之のために買ってきた弁当を冷蔵庫にしまい、テーブルの原稿用紙の端に「一緒に食べようと思って弁当買ってきたけど、一人で食べました。博之の分、冷蔵庫に入れてあるから後で食べてください。それと出かける時は、ちゃんと鍵閉めたほうがいいよ。なにも盗られる物はないだろうけど……。P.S.もしかして、彼女と一緒?邪魔しちゃ悪いから帰ります」と書置きを残して部屋を出た。鍵は、用心の為かけて置いた。お互いの部屋の鍵は、持合いをしていたからだ。その鍵を、ダイヤル式錠のポストへ入れた。二人の間では、よくこうしていた。もし、博之が鍵を持たずに出て行っていたとしたらこれで大丈夫であった。

 宮本は、再び自分の家に向って歩いて行った。

 歩きながら考えていた。

 「そう言えば、昔は、博之も時折自分の家にやってきていたのに、最近は来なくなった。俺が、結婚したから気を遣っているのかな……」

 宮本は、博之の心遣いを嬉しくもあり、照れくさくもあり、また、寂しくもあった。宮本にとっては、妻といるよりも博之といる時間の方が大切に思われた。他の女といるよりも博之と話していたほうが楽しかった。宮本にとって女と過ごす時間は、性の捌け口でしかなかった。女との行為が終わって、気だるい身体をいくら優しく撫でられ、温かな手で抱きしめられても、心のどこかで博之のことを考えていた。宮本はホモセクシャルでも、バイセクシャルでもない。ただ、博之のことを気にかけずにはいられなかった。シャワーも浴びずベッドを飛び出して、女の芳香をまとったまま彼の部屋に行って酒を飲んだこともあった。あいつ一人で寂しくしてないだろうかと気にかかって仕方が無かった。これは、同じ年代に辛く、悲しく、寂しい時間を過ごしたものにしかわからないことなのかもしれなかった。今、彼には彼女が出来た。今度は、自分が少し寂しさを感じている。別段、可笑しい訳ではないのにふと自分の口元が緩んだことが不思議であった。

 「人間の感情っていう奴は、面白いものだ……」

 小説家にしては、ごく平凡な表現しかできなかったことに恥ずかしさを感じて、宮本はそれをごまかすように歯笛を吹き始めた。

 目の前に見えてきた家には灯りが点いていた。妻が、先に帰っているようであった。ポケットを探り、鍵を取り出したが、たまにはと思いチャイムを鳴らした。家の中から、「は〜い」と言う声が聞こえ鍵を開ける音がして、直ぐにドアが開けられた。
妻が、顔を出した。

「あら、お帰り。鍵持ってなかったの?」
と迎え入れてくれた。

「ただいま。持ってたけどたまには、こういうのもいいかなって思って……」
と宮本は玄関を入っていった。

「それより、誰かも確かめずにドア開けないほうがいいんじゃないか。最近物騒だから何が、あるかわからないし」

そう言いながら、靴を脱ぐと

「あら、今日は、珍しく心配してくれてるの?」
と妻は少し、嬉しそうに振り向いた。

 妻の笑顔を宮本は愛していた。もし、この笑顔で誘われたらどんな聖人であっても抗うことはできないだろうと思われた。自分には、女がいることも彼女は知っている。それを知っているにもかかわらず、妻はこうして帰りを迎えてくれている。自分には、出来すぎた女だと思う。申し訳なく感じながら、他の女を自分は抱くのだ、この女神のような微笑を瞼に浮かべながら懺悔をしながらそれでも他の女の体を弄ぶのだ。「それが、仕事のためだから……」宮本は、女を抱きながらいつも言い訳のように心の中で繰り返していた。

「ご飯食べるでしょ?」

妻は、宮本の心中など知らぬ口調で尋ねた。

「いいや、食べてきた。博之のところで……」

「っそう……」

 妻は、一瞬口ごもったように答えていた。

「博之さん、元気だった?」

 彼のことは、妻にも話してある。まだ、会わせてはいないが、自分のことと同じようにして、話してある。妻は、自分と博之のことは信用しなければならなかった。もしかしたら、自分のことは、信用できなくとも、博之のことは自分に対する以上に彼女には信用されなければならないと思っている。それなのに、妻は、自分が博之のことを話しすると何故か時折り暗い表情をする。結婚をする前からであった。もし、妻が、自分と博之の友情の固さに、絆の強さに嫉妬しているのであるとするとそれはどうにもならないことであった。妻と博之とどちらを取るかという質問をされれば、自分は間違いなく彼を、博之を選択するだろう。妻にもそのことは、よく話してきた筈であった。

 「うん、元気だったよ。でも、中々いいものが書けないって悩んでたな」

 「……そうなの?あなたの話だと、あなたより博之さんの方が、才能あるみたいなこと言ってたのに……」

「才能は、あるんだ。間違いなく俺以上に。でも、何かが、足りなかった。多分、愛情だったんだろう……。それも漸く見つけられそうな感じみたい。一旦、博之の部屋を出て、ここの鍵を忘れたから、コンビによって弁当買って戻ったら、鍵かけずにあいついなくって、待ってたけど帰って来なかったんだ。もしかしたら、彼女にでも逢いにいったのかもしれない……。それで、一人で弁当食べて。いつも見たく俺が鍵かって帰ってきた」

 妻は、宮本の話を聞きながら、テーブルで食事をしていた。

「そうなの、でも、心配ね。鍵開けたまま、帰って来ないなんて……」

 妻の目には、心配を感じさせる気配はなかった。その代わりに食事を食べ終えた満足を示すかのような、笑みが零れていた。

 キッチンに立ち食器を洗っている背中に、彼女は、後ろから近づいてくる宮本の気配を感じていた。そして、コップについた洗剤を流しながら、「悪いけど、お風呂のお湯見てきてくれない?」と遠くにいる相手に話しかけるようにして言った。宮本は、小さな声で「わかった」と言って、頭を掻きながらバスルームへと足の向きを変えた。
バスタブには、丁度よい湯加減のお湯がもう少しで溢れそうになっていた。

「もう入れるよ」

 宮本が、バスルームから叫ぶと妻の声が小さく聞こえてきた。

「じゃ、先に入ってて、私もすぐ行くから……」


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