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作品名:マルチな関係 作者:宮本野熊

第3回   3
 土曜日。

 この日は明日香を送り出した後、ベッドに戻っても博之は中々寝付くことが出来なかった。身体は疲れている。しかし、目は冴えていた。窓にかかるカーテンを閉めて部屋の中を暗くしても眠られなかった。最近では週末になると、いつもこうなってしまう。女性の生理のようなものかと半ば諦めたように、だるい身体を起こし、カーテンを開けた。ベランダに出てみると、春の朝の日差しは心地よく、「ここでもう少しおやすみ……」と身体を温めてくれた。彼は、丸椅子に腰を降ろし、窓に背をもたれかけ目を閉じた。風もなく穏やかな陽気。肌を撫でるような陽の光の動きを感じた。それは目を閉じベッドに横たわる彼の額を優しく愛しむように撫でる明日香の手のひらの動きに似ていた。あと三日は、彼女に会うことが出来ない。彼女の移り香の漂い零れてくる前髪を、彼はその両手で懐かしむようにかき上げた。彼は目を閉じ意識の底を漂っていた。眠っていたのではなかった。それでも陽気に身を委ねている間に、彼は彼自身にもその存在が認められなくなっていった。いくらか時間が過ぎた頃、誰かに肩を揺り動かされたような気配を感じた。ふと目を開けると、親友の宮本が彼の横に立っていた。
 「いくら温かいからって、こんなところに寝ていると風邪引くぞ」
 いつの間にか、宮本は部屋に入っていた。それも、いつものことなので友人がこうしてかれの部屋に勝手に上がっている事は気にもならなかった。
 「あぁ、宮本か」
 そう言いながら、彼は背伸びをして立ち上がった。
 「寝ていたんじゃない。少し、考え事をしていただけだ……」
 「そんな風には見えなかったけどな。鍵が空いてたから……。名前を呼んでみたけど返事もなかったよ。部屋に上がってみたら、ベッドにもいないし。窓が、空いていたから、もしかして……と思って覗くと、博之が椅子に座って、気持ちよさそうにニヤニヤしていたんだ。心配して損をしたよ。それで、少しどんな夢を見ているのか、寝言でも言いやしないかとタバコを吸って待ってたんだ。でも、それも退屈になってきたんで、起こしてやったのさ」
 彼は、ベランダの手すりにもたれ、宮本と向き合うようにして立った。
 「そっか。俺、なんか言ってたか?」
 「なんにも。ただ、にやけてただけさ」
 もし寝言を言っていたとしたら何を話したのか聞いてみたい気もしたが、彼は宮本の言葉に少し安心した。もし、何か口に出していたとしたら、それは明日香との昨夜の甘く、激しく抱擁を重ねていた時のことに違いなかったのだから。
 彼は、部屋に入った。そして、コーヒーを入れた。彼がそうしている間に、宮本は部屋の床に座り、テーブルに置いてある彼の書きかけの原稿に目を通していた。
 「まだ、あまり進んでいないようだな……」
 宮本は、いつものように無遠慮に言った。
 彼は、コーヒーを持って、宮本の向かいに腰を降ろした。
 「ありがとう」
 そう言ってコーヒーカップを手に取り、一口啜ると宮本はタバコに火を点けた。彼は、宮本の原稿を追う目を気にしながらコーヒーを口にしていた。いつものことであるが、宮本の言葉に抵抗する気持ちは起こってはこなかった。
 「そうなんだ、中々進まない。アイデアが出てこないんだ……」
 「アイデアなんて、そんなに出てくる筈ないさ。俺達は、天才じゃない。それに秀才でもない。とにかく、思いつくままに、面白くても、つまらなくても書いてみるんだよ。前にも言っただろう。それで、ストーリーをある程度、まとめてから、面白くなるように肉付けしてゆくんだ。そして、何度も、何度も書き直して、自分独自の世界を探すんだよ」
 「それは、わかっているさ。わかっているけど、書けないんだ」
 こうして、彼と宮本は小説のことをあれこれと議論するのであった。


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