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作品名:癌再発記 作者:じゅんしろう

第7回   7
三クール目に入ったが、これから体内に抗癌剤が蓄積していくことになる。その副作用がどう影響するかが問題である。ただ、その他の薬は皮膚症状を改善するための塗り薬だけだ。飲み薬が少ないのは精神的に負担が軽くなる。取り敢えず、劇的な変化は起きないだろうとの予測がつく。その間、穏やかな時を過ごすことができる分けなのだ。
スーパーマーケットに買い物に行ったとき、髪型を変えた野口さんが見えたのでそのレジに並んだ。 「髪を切ったのだね」 「はい、夏になったから、ばっさりと」
「なんだ、好きな人ができたので髪型を変えたのかと思ったよ」
「いやー、そんなことはありません。今は勉強とアルバイトが生きがいです」
「そうか、女心の何とやらを、期待していたのに」
「あ、は、は、は。また、来週お待ちしております」と、軽くいなされた。
住吉さん、村中さん、そして野口さん、皆これからの若い娘さんたちである。これからどうなるか分からぬ身にとって、親しく接してもらえるのは、小さな幸せといえるものだ。
無意識のうちに、死に向かい会わなければならぬことからの一刻の逃避であろうか。
抗癌剤を服用してから、少し身体に蓄積してきた分だけ副作用が出てきたのであろう、酒が不味くなった。前回は半年後くらいに味覚障害が出たが、その前兆なのかもしれない。それと吐くまでには至らぬが胸がむかむかするときがある。前回は石鹸の匂いだけで吐き気がしたものだったが、今回は今のところそれが無い。ただ今後、どの様になるか分からないが、吐き気ほど嫌なものはない。さらに時おり胃や下腹部の辺りが痛みや違和感を覚えるようになってきた。沖田医師からは、具合が悪い時は自分の判断で決めて良い、といわれていたので、やむを得ず胃薬を一錠飲んだ。すると痛みが和らいだ。やはり、積極的に治そうという気持ちが無ければ駄目なものである。惰性で飲むのはいけないが、必要と感じた時は、飲むことにした。些細なことではあるが、自信のようなものを持てたのは、自分でも意外であった。病は気からとよくいわれるが、ステージ4の末期癌にそんなものが当てはまるものかと考えていたが、そうでもないかもしれないと思えた。つまり、病気に向き合いその日々をどう過ごすかという問題なのだ。生きている間、何かをしなければならない、ということを考えだした。
何かをしなければならないと思いつつも、その何かを見つけることは容易ではない。何とはなしに時は過ぎてゆく。その間も胃に痛みが走ることがある。あるいは食事の後、腹がぐるぐるとよく鳴るようになった。食欲が無くなってはいないが、胃が受けつけず量は少なくなっている。そのせいかどうかは分からぬが、その都度胃薬を服用する。今度は前回のように癌が消える奇跡が起きないのではないかと、予感めいた思いを持ち始めた。
― 私の寿命もそろそろ尽きようとしているのかもしれない……。日々、一期一会の気持ちか、今生の別れの想いで人と接しなければならないようだ。 項垂れてしまった。
次の日、スーパーマーケットの村中さんがいたのでレジに並ぶ。私の冗談を期待している笑い顔の彼女に、「今までありがとう、これが今生の別れかもしれない」というと、また新手の冗談と受け取ったのであろう、「明後日、レジに立ちます。その日にまたお会いしましょう」と、やられた。これを住吉さんにやると、「また、会えますよ」といわれ、野口さんは、「来週またお会いしましょう」と、三者三様の言葉が返ってきた。その各返事になにか心が和み、逆に励まされたようで、つい笑ってしまった。
CT検査の当日になった。癌の腹膜播種が気にかかる。以前、三、四ヶ月後には癌が消えていたが、今回はまだ二ヵ月しかたっていない。さらに胃腸に違和感や軽い痛みを伴うこともあり、無理だろうとの予感があった。CT検査の後、診察室に入った。
沖田医師は画像を見ながら、「悪くはなっていないが、良くもなってはいませんね」といい、「腹膜に癌は残っていますか?」との私の問いに、「ええ、有ります」とあっさりといった。 「まず、このまま服用をしていきましょう」と、淡々としたいい方である。
現状維持ということで、予想通りの結果になった。
― やはり状況を知るのは、秋ごろになるな。まずは悪化していないということで、よしとしよう。 自分にいい聞かせ、病院を後にした。
また抗癌剤を服用すると、体内に溜まってきたのであろう、前より副作用が顕著に表れてきた。胸がむかつき、頭が重くなり、浮腫みが顕著になり、さらにこむら返りで、左足が攣った。ふくらはぎを摩るが、歩けない。ソフアーに座り二、三時間安静にした後、ようやく足を引きずりながらも歩けるようになる。それがたびたび起きた。それでも前回よりは酷くないからましであるが、やはり憂鬱になる。したがって、散歩が出来る状態ではない。また、その気にもならなかった。家で安静にしていることが多くなった。


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