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作品名:癌再発記 作者:じゅんしろう

第4回   4
その後、一日一回の散歩以外は何とはなしに日が過ぎていき、当日になった。
採血をして、血圧、体重を測った。特に体重の変化は重要である。痩せていけば要注意で、癌患者の多くは最期、骨と皮になっていくのを見聞きする。
「抗癌剤を服用するだけで様子を見てみましょう」と沖田医師。
「早期発見ですから、ステージはどのくらいなのでしょう?」
「いえ、ステージ4には変わりませんよ。実際、腹膜播種状態になっていますから。前回、癌が消えたのは極めて珍しい症例です」と、当然というようにいった。
私は余命宣告を告知されなかったから、末期癌状態とは考えていなかったのである。沖田医師も前回のことがあるから、余命宣告をしなかったようだ。すべては様子見ということである。私は心の中で、うーん、と唸ったが、それ以上のことを訊くのを止めた。
抗癌剤服用は二週間続け、一週間休むというサイクルで、三週間後病院に通う、ということになる。帰り道、私はさほどのショックを受けなかった。どうなるかは分からぬが、一度死んだ身である、と腹を括っていた。薬剤は家の近くにある所を利用していて、顔馴染みである。そこの女性薬剤師に処方箋を渡しながら、「再発しました」というと、えっ、という表情になり、顔をくもらせた。私はそれを見て、個人的な付き合いはなくても人の繋がりとは有り難いものだ、と素直に想い家に向かった。
その日から服用を始めた。基本的に朝晩の食後に飲む。身体にきつい薬なので、八時間以上の間を開けなければならない。点滴投与の場合は直ぐに頭が重くなり吐き気が伴い食欲がなくなったが、薬剤投与だけだとそれが無い。後は胃薬的なものを朝一錠飲むだけである、各種の薬を飲まなければならなかった前回と違い、随分と楽であった。二日、三日となっても、副作用は少々の手足の痺れと浮腫みだけで、吐き気もさほど気になる程ではなかった。日を重ねても同様であり、沖田医師がいった通り、思った以上に楽である。強いていえば、今回は下腹部に時おりの痛みや、違和感がある程度だ。北海道の春は、朝晩の寒暖差があり油断すると風邪を引きやすい。熱っぽく咳がでて身体がだるいが、薬剤の影響かどうかは判断ができない。また、風邪薬は副作用があり、むやみに飲まず出来るだけ控えるようにといわれていた。後は、二クール、三クールの間にどう副作用がでてくるか、であろう。前回のように奇跡的に癌が消えるかどうかは分からぬが、ひとまず生活に支障がないだけ有難かった。その内、思わしくない状況になれば、沖田医師も違う対応を指示するだろう。そうならないよう願うだけだ。
死に対して、達観しているのか単に性格なのか分からぬが、腹を括ったつもりでも、ふと、夜にぼんやりとしている自分に気がつくことがある。そのような時、半年後、あるいは一年後にこの世の人ではないかもしれない、と心が揺れ動く。だが、明るい朝を迎えると、けろりとしているのだ。人間は本能的に影より光を求めているものなのであろう。


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