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作品名:余命宣告 作者:じゅんしろう

第8回   8
三週間後病院に行った。後任の医師は武藤さんといい、四十歳前後の物腰の柔らかな人だった。道南の小さな町に在る、町立病院に勤務していたという。病院の事情は分からぬが、結構転勤があるようだ。どの世界でも平々凡々という訳にはいかない。私は末期癌にさえならなければ、残りの人生は穏やかに過ごし、ゆっくりと死を迎える筈だった。
「予定は未定、とはよくいったものだ」
「えっ、どうされました?」と、小森さんは私の呟きに反応を示した。
抗癌剤の点滴をしている間、思わず独り言をいったのを聞きとがめたのだ。
「いや、世の中何が起きるか分からない、と思いましてね」
「本当にそうですね」と、小森さんは気持ちを察しくれたのか、相槌をうった。
「これから雪が本格的に降りますが、外に出ましたら顔がピリピリと痺れますし、風邪もひきやすくなってきますので、必ずマスクをするようにしてください」
私は小森さんの注意事項に相槌をうちながら外を見た。山や家々の屋根は真っ白である。
「このまま根雪になりますね」 「ええ、そうですわね」
今度病院に来るときは、年が明けている。
「後、一年か」 私の残りの寿命を思いながらつぶやくと、「カルテを見ましたら、腹膜の癌細胞が消えていますから、希望をお持ちになってください」と、小森さんが私の肩にそっと手を当てて優しくいってくれた。私はその言葉に答えず、頷いただけでぼんやりと景色を見続けていた。
年末に父の故郷である山形の遠い親戚にお歳暮の鮭を送った。私が若いころ一人で訪ねて行ったことがある。それ以来、四十五年の長きに渡ってお互いお歳暮のやり取りをしていた。相手側は農家であるので、新米を送ってくる。事情を話して、今年でやり取りを止めようかと迷った。だが、私にとってお歳暮の交流は此処だけであった。心配を掛けたくないのと唯一の繋がりを保っていたかったから、ぎりぎりまで知らせないことにした。数人の友人がいるが、みな本州に住んでいる。年賀状のやり取りも通常通りにして、同様にすることにした。これらの交流も今年が最後であろう、との想いで年が明けた。
松の内がとれたころ、病院に行った。人でごったがえしていた。年末年始は休館であった為であるが、病気に休みは無い。予約制でなかったら如何なっていたことだろう、と思うくらいだ。採血して診察をするのだが、混雑している為かなり待たされた。
武藤医師は採血のデーターを見ながら、「白血球の数値が低くなっていますが、何とか大丈夫でしょう」といった。あまり数値が低いと身体への負担が大きい為、抗癌剤投与ができないのである。化学療法室に入るのは副作用のことを考えると、気分が良いものではない。しかし、受けないと確実に死が待っている。重たい気分で室に入った。
すでに数人の患者が点滴を受けていた。指定されたベッドに向かうとき、若い女性が点滴を受けているのが、一瞬であるがカーテンの裾から見えた。正直、ショックだった。女性に多い乳癌なのであろうかは分からぬが、この若さで死と向き合い対峙しているのである。私はこの女性の倍以上の人生を生きてきた。頑張ってくれ、とはいえない。人々の営みへの無慈悲ともいえる残酷な仕打ちに対して、やり場のない怒りを覚えながら、ただただ、無事を願うだけで言葉がなかった。
病院の帰りは寒さでマスクをしていても、顔面全体がピリピリと痺れ、家に着くまで涙で霞むほどだった。ようやく帰り着くと、直ぐにストーブを付け部屋を暖め、熱いお茶を飲んでようやく人心地がついた。冬の期間はこの調子であろう、散歩などは望むべくもないことだ。やりきれない思いになり、しばらくぼんやりとしていた。しかし、それはこれから身体に起こる始まりに過ぎなかった。


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