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作品名:余命宣告 作者:じゅんしろう

第7回   7
病院に行くと、まず採血をする。それを見て医師が判断をするのである。
「白血球の数値が低下していますが、一般的な状態です。むくみはどうですか?」と葛西医師はいいながら、私のふくらはぎを揉むようにして触った。副作用として表われる症状のひとつらしい。 「少しある程度ですね、では、化学療法室へ」 これは、採血など状態が悪い場合は、抗癌剤治療ができない場合があるとのことだ。
二回目の化学療法室入りである。気分が良いものではない。まだ深刻な状況ではないが、少しずつ身体に異変が表れており、さらに酷くなっていくことが、容易に想像できるのだ。
室に入ると、前回と違い何やら騒がしい。高齢の男性患者がしきりに看護師に話しかけている。あるいは老齢の女性患者も、「ありがたいことです、ありがたいことです」と、お題目のように感謝の言葉を口にする。看護師は終始あやす様にして対応していた。人それぞれの人生を過ごしてきた訳であるが、これも死に対する不安の裏返しかもしれない。
私はベッドに横になると担当してくれた小森さんに、「今日は賑やかですね」というと、優しく含み笑いをするだけであった。二時間身体を動かすこと無く、じっと点滴しているのは長いものである。ごく薄い緑色のカーテンで四方を仕切られていて、臨時の個室の中にいるようなものだが少々苦痛であった。話に聞く、刑務所内で問題を起こしたものが罰として長時間独房入りというのがあるが、何となく分かるような気がした。点滴が終わり手洗いをすると、両手にピリピリと痛みが走った。副作用で必ずなるらしい。寒くなると余計酷くなり、さらには冷たい外気に顔面にも同様なことが起こるということである。癌患者はそれに耐えなければならないのだ。洗面所の窓から外を見ると、すっかり木々が紅く色づいていた。これから白い冬が迫ってくる時期である。思わず溜息がでた。
救いは女性看護師の優しさと、真剣な眼差しで説明してくれる薬剤師の存在であった。
看護師は医師の補完の役目があるが、或る意味それ以上の存在である。私にとっては、やはり看護婦でなければならない、とつくづく想った。
一日一日と寒さが増してきた。食事は最初の頃より食べることが出来るようになったが、冷たい水が喉を通りづらくなっていった。氷は口の中がしびれてまったく受けつけず、飲み物は温かいものだけになった。石鹸の匂いも吐き気が催して駄目になった。小森さんに相談すると、匂いの少ない乳児用のものに変えた方が良い、と教えてくれた。このように副作用が色々と顕著に表れてきたのである。
だが、また四週間が過ぎて病院でCT検査をしたとき、思いがけないことが起きた。
「和賀さん、腹膜の癌細胞がだいぶ消えています。もう少し様子を見なければ分かりませんが、抗癌剤が効いていますね」と、葛西医師がパソコンに映し出された映像を示しながらいった。見ると、確かに前回点在していた癌細胞が無かった。だが、癌が消滅するとは思いもしない。よく話に聞く、余命が少々伸びるかもしれないという程度だろう、と思っていた。生きながらえる希望は持っていない。
化学療法室で点滴を受けていると、「あら、雪が降ってきた」と、看護師の誰かがいっているのが聞こえた。私は身体を起こすと自分でカーテンを開け、窓を見た。それはひらひらと舞いながら途中で消えていき、また舞い降りては消えていく。その儚い繰り返しに、憐れみを覚えた。死を覚悟している筈なのに、内心ではあがいているのかとの想いが重ね合わさった。それが今年見た初雪であった。
抗癌剤の副作用の特徴として、多くの人が、頭がずんぐりという様に重くなり吐き気を伴う。私もその一人であるが、次に病院に行ったとき葛西医師が、「今度早々に大学病院に戻ることになりました」といった。若いが熱心さが伝わってくる様な医師であった。信頼しはじめていたので、少なからずショックを覚え、余計頭が重たくなるように感じた。どうせ死ぬのなら、納得できる医師のもとで死を迎えたかった。 
「…そういう訳ですので、後任の先生には詳しく症状を伝えておきます」
以前知り合いが白血病になり、信頼していた担当の医師が地方へ転勤になったことがある。その人はわざわざその赴任地へ治療を受けに出向いた。だがその甲斐もなく、知人は半年後、帰らぬ人となった。多分知人も余命宣告を告知されていただろう。私は出向くことはないが、死が確実に迫って来ているようにあらためて思えた。私は葛西医師に対して、良い医師になってください、という意味を込めて黙って頭を下げた。


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