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作品名:余命宣告 作者:じゅんしろう

第5回   5
次の日の朝食、すこし無理をして口に入れてみた。思ったより食べることができた。大部分は残したが、以前はこうはいかなかった。これも医学の進歩なのか、とも思う。
一條さんが来た。そして、「来ちゃった」と、俯いていった。その口調から、私が末期癌患者であることを知らなかったことが分かった。
「今日もよろしくお願いします」と、穏やかにいってあげると、「はい、こちらこそ」と、ほっとしたように答えた。
昼前に別な看護師が来て、「和賀さん、今病院では何人かの看護の研修生がいるのですけれど、一人担当させてもらってもよろしいでしょうか?」と聞いてきた。
「ええ、かまいませんよ」 「ありがとうございます。では午後から来させます」
また献体前の事前奉仕という処かと、なんでも応じてあげようと思った。
昼過ぎ、現れたのは二十歳代後半の山下という男性の研修生であった。最近、男性の看護師が増えてきたようだ。彼の語ったところでは、今まで準看護師として従事していたが、正看護師を目指しているという。真面目そうな人であるが、勉学が厳しいのか少し疲れ気味のようだ。これから社会で活躍する人間と、死んでいく人間との対照的な出会いである。ささやかな出来事であるが、多少なりとも刺激になって見知らぬ人との会話は良いものだ。
看護師の来ない時は本を読むが、疲れると窓際に座りぼんやりと外を見る。部屋は休憩室と反対側にあるが、他の建物に邪魔をされて丘陵を見ることは出来ず、海もほんの一部しか見えない。変化の無い、つまらない景色である。ただ、病院敷地の左側入り口で工事がなされていた。そこは夜間緊急車両用通路である。そのゲート遮断機を造っているようだ。七、八人の作業員が忙しく動き回っているのを何となく見ていた。そのようなことでも楽しみの一つになった。
抗癌剤の副作用が少しずつではあるが、色々とでてきた。手足にピリピリとした痺れを覚えるようになったのである。さらには冷たい水での洗顔にも痺れが加わった。しかし、それは身体に起きた数々の異変の序章に過ぎず、後で思い知ることになる。
読書に疲れると窓際に座り、工事の様子を見ていると野口という女性看護師が来た。一條さんから担当が変わっていた。まだ若そうであるが、いつもマスクをしており年齢は分らない。プロポーションが良く、目が可愛い、いわゆるマスク美人である。薬を飲む以外することがない為、自然と看護師を観察するようになる。血圧が高めに推移していたが、特に異変はない。私の心理状態も変わらず、落ち着いているといえた。癌になると悲観して鬱になる人がいると聞く。ましてや、私は末期癌である。自分自身の心理が分からなかった。持って生まれた性格なのであろうか、まるで人ごとの様な気持ちで自分を観ていた。
少し経つと研修生の山下さんが血圧などを測りに来た。 
「入れ替わりの様に来て、すみません」 「いえ、構いませんよ」
どういう訳か、山下さんと少しではあるがよもやま話をするようになっていた。
「いろいろなことを覚えたり、レポートを書いたり大変です」
「ある意味、後で思い起こすと一番いい時期かもしれませんよ」
「はあ、そうですか?」 「ええ、この間パソコンで映画を見たのだけれど…」
それは田舎でくすぶっていた女性看護師が、優秀な外科医に触発され、手術技能についていく為に猛勉強するという話である。
「…という様に、なかなかいい映画でした」 「はあ、僕も今度見てみます」
と、いったような調子である。話をしながら、私自身随分変わってきたな、と思った。無意識のうちに限られた命の期間、人と係わっていたいとの想いがあるのであろうか。
翌朝、葛西医師が様子を見に来たので、外出許可を願い出ると、あっさりと認められた。無理をしなければ問題ないということである。昼過ぎ、病院を出た。途端に、さほど寒い日というわけではないのに外の空気が身体に応えた。病院内は空調が行きとどいており、身体が守られている。だが、抗癌剤の副作用により白血球などの数値が下がり、或いは別の数値は上がりなどと乱高下している為、直接外気に触れるとその影響が表れるのだ。抗癌剤は癌細胞に対しては良いのであろうが、正常な細胞も破壊していく。一種の毒薬でもある。後にその状況が顕著になっていき、随分と悩まされた。


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