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作品名:余命宣告 作者:じゅんしろう

最終回   17
武藤医師による定期診察の結果も良好に推移していた。ふらつき具合もだいぶ落ち着いてきており、利尿剤も効いたようで浮腫みも緩和していった。後は風邪や感染症になりやすい身体を回復させるだけである。そうして、余命宣告を受けてから一年が経った紅葉の季節になった。いつも寒い冬を迎えるこの時期は好きではなかったが、新しい年を迎えることができれば余命宣告の期間を乗り越えたことになる。この調子では問題なさそうであった。初めて街の木々や山の色合いの変化を楽しめそうな気になった。
相変わらず住吉さんと会った時冗談をいっていたが、或る日、前髪を垂らしていた。以前は髪を上げていたのである。私が手を頭に当て身振りで違いの仕草をすると、「髪を切ったの」と、親しげにいった。
「少女に戻ったの?」といってあげると、唇をこにょこにょと動かし、はにかんだような微妙な笑みを浮かべた。若い女性特有のそこはかとない控えめな輝きが見受けられ、彼氏とのやり取りの影響かも知れないな、と内心で想った。だが、それからしばらくすると心境の変化があったのか、また前の髪型に戻っていた。
? 女心と秋の空か、若い女性は何かと忙しいなあ。 それは男も同じであるが、何となく可笑しくなり、帰り来ぬ私のほろ苦い遠い昔に想いを馳せた。
次に綿貫先生の診察を受けた時には、右胸のしこりはほとんど無くなっていた。
「外科としてはこれ以上診る必要はありません」といい、にっこりと童顔を綻ばせた。
後は、内科の定期的な診察だけにこぎつけたのだ。
或る日、朝から寒いと思っていたら白いものが落ちてきた。今年の初雪であった。小樽の主といえる天狗山を見ると、すでに山全体が白一色である。世間的には慌ただしい季節を迎えることになる。感覚的には今年も残りわずかだ。私も山形の遠戚にお歳暮の新巻鮭を送らなければならない。別れの挨拶をすることもなく、また送ることができようとは想いもしなかった。ひらひらと舞い落ちてくる白い花びらを見ていると感慨深いものがあった。少し目頭が熱くなってきて、ひとつ白い息を吐き帰宅の途についた。
年の瀬も押し詰まった頃、今年最後の武藤医師の診察に行った。
「腫瘍マーカーも安定した数値で推移していますので、これからは二ヶ月ごとの診察でよいでしょう。定期的に胃カメラ検査などで様子を見ていくことになります」
「どのくらいの期間でしょう?」 「五年がめどです」
淡々とした会話であった。その期間を終えたとしてもどうなるか分からない。だが、ひとつの目安であり、目標でもあった。今後はそれを意識して生きていくことになる。
その帰り、スーパーマーケットに寄った。店ではアルバイトの女子高校生が働いている。新人なのであろう、住吉さんが寄り添うようにして熱心にレジの指導していた。その様子を見ていると、お姉さんの様な振る舞いで落ち着きが感じられた。何かあったのか、なかったのか心理状態は分からぬが、住吉さんも一歩踏み出している様に見受けられた。
その様子を見て私自身も変わらなければならない。年が明けてからは、住吉さんに対しても新たな気持で接し様と考え食料品売り場へと向かった。
間もなくして大晦日の夜を迎え、独り部屋で酒を呑んでいた。すると遠く除夜の鐘が聞こえてきた。街は雪で埋もれている。切々たる余韻があり、煩悩を消し去る響きである。     
想えば、余命宣告を受けてから一年数ヵ月が過ぎていた。その間、心が揺れ動いた日々を送った。右往左往とした時間を過ごしてきたといえる。死の淵を覗き見た私が劇的な回復により、また聞くことができ様とは、と感慨深いものがあった。その代り、生き永らえた代償として治療費が掛かった。その為わずかな貯えもほぼ底をついていた。だが生かされた命である。事業に失敗し破滅して地獄を見た人生であったが、生きている限りは残りの時間を大事に生きなければなるまい。そのことが私の今の使命の様な気がしていた。ただ、奇跡的としか考えられない様なことが我が身に起き、新たに課題を与えられた様にも想える。失意の中で死を迎えると覚悟をしていたが、何故私は生かされたのか、今後、具体的にどう生きなければならないのか、などと宗教的な想いにまた心がとらわれ揺れ動く。あれこれ考えている内に年を越し、新年を迎えた。


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