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作品名:余命宣告 作者:じゅんしろう

第15回   15
通院日の当日、朝から何度もトイレに通い、体内をすっきりさせて病院に行った。医務室は胃カメラ検査をした同じ部屋である。特殊なパジャマを着せられ、ベッドに横たわり肛門から内視鏡を入れられた。以前と違い映像を見ることができる。管はどんどん入っていくが腸内は綺麗なもので病巣は見られない。ただ腸は曲がりくねって細く長いので進むほどに体内に圧迫感を覚える。診察は思ったより時間が掛かったが、癌は発見されなかった。素直に、ほっとした。
「腸も問題はありませんね。しばらくこのまま様子を見てみましょう」
「ただ右胸の下に、しこりの様なものが出来ていましたが、大きくなってきたようです」
「しこり?」といいながら右胸を触り、「この前の映像より大きくなってきましたね。ううむ、もう放ってはおけないな。一度外科で診てもらいましょう、何方がいいかなあ」
「綿貫先生に執刀してもらったことがあります」
「ああ、そうですか。顔見知りの先生の方が良いですね。では、そういうことで」 
翌週、診てもらうことになったが、この前、全身を映像した検査結果だけでは何ともいえない様だ。最悪、癌転移ということもあり得る。また不安を抱えながらの帰宅となった。
ぼんやりとした日を過ごし、瞬く間に翌週の当日になった。
「普通、抗癌剤が効果あっても、癌細胞は少し残るものです。それを私が手術する手はずになっていたが、効きすぎちゃってここまできれいに消えたのは珍しい」と、綿貫医師は童顔の顔を綻ばせた。私は安心感を与えてくれる、この医師の笑顔が好きである。
「ではエコーで診てみましょう」 ベッドに横たわった私の胸のしこり部分に器具を当て診察していった。その映像は私も見ることができ、胸の塊がはっきりと分かる。癌であれば乳癌ということになる。男として、何となく情けない気持ちになった。
「細胞を取りますからね」と同時に、バン、と痛くはなかったが器具で噛み取った音がした。これで診察は終わりである。後は細胞検査の結果待ちで、一週間ほどかかるということだ。
「では一週間後に」と綿貫医師がいった。このような時、決して憶測や希望的観測めいた言葉は発しない。帰宅の途に就いたが、転移か副作用か、これが最後の難関である。
一度は死を覚悟していた自分である。それが奇跡的に生きながらえる可能性が出てきた。すると良い意味で、どうしてこうなったのか、という疑問が生じだした。癌が再発した時、強い衝撃は無かったし、比較的冷静でいられた。これは自身の性格によるところが大きいと思う。では、何故自分は生かされようとしているのか。その為、達観めいた心理から不安へと心境に変化が生じた。この様な場合、人は神や仏について考えだすのだろう。以前、私は生きていくことに疲れた時、仏教に目を向けた。その中で良寛の生きざまに感化され活路を見出したといえよう。良寛に関しての書を漁る様にして読んだ。その中で、多くの人々が良寛を愛していることを知った。同時に多くの人々が生きていくことに苦しんでいる、ということでもあった。死の恐怖はさほどなかったが、生きる可能性が出てきた時、不安が生じる、ということは何故なのか、私にどうせよというのであろうか。結論を見いだせることはなかったが、一週間、そのような葛藤の中で過ごした。


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