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作品名:余命宣告 作者:じゅんしろう

第12回   12
「白血球の数値が、また、ぎりぎりですね」と医師はいい、どうしますという様に私を見た。癌治療はいまだ未知数のことが多く、医者も判断しかねることが多々あるようだ。その分患者の意思を尊重することになる。
「投薬を受けます」 数日前の娘さんとのささやかな会話を交わした後、私も少し前向きな気持になっていて、そう答えた。
「そうですか、分かりました。それと、次回はCT検査をしましょう」
腹膜の癌細胞の状態を見たいということの様だ。
化学療法室では、思いのほか患者が多かった。やはり日本三大疾病のひとつだなと、妙に感心した。ただ、室内は静かである。私には皆達観した境地に入っているように見えた。
「今日は混みあっていますね」と小森さんにいうと、「このところ、多いです」と表情をやや曇らせて答えてくれ、「白血球の数値が低いようですから、無理はなさらないでね」と気を取り直した様に優しくいってくれた。現場の経験から、暗に抗癌剤治療を受けたくない時は、様子を見て自分で決めても良い、ということかと受け取った。
抗癌剤投与をすれば副作用を伴う。気持ちが前向きでも、肉体的にきついことには変わりがない。一言でいえば、ふらふらとした状態の生活を送ることになる。
唯一の救いは、住吉さんとの一瞬の会話だけだ。ときおり冗談をいうと反応を示し、よく笑ってくれる様になった、さらに住吉さんの方から、話しかけてくることがある。そのやり取りは楽しかった。例え、それが今年限りであっても、だ。
天気が良い日に、また散歩に出てみた。だが、抗癌剤投与の影響で身体が怠かった。特に坂道はきつく、運動不足が顕著に表れ心臓に負担がかかる。動悸が治まらないので、やむを得ず途中で断念し帰宅した。
「病は気からというが、こればっかりはどうしょうもない」と部屋で独り言をいい、なんとなくコーヒーを入れて飲んだ。
CT検査の当日、映像を見せながら、「これだけでは分からないので、次回は胃カメラ検査をしましょう」と武藤医師がいう。腹膜の癌細胞は見当たらなかった。いい傾向であるが、実際に内視鏡で見てみなければ本当の状況がつかめないようだ。
「白血球の数値がぎりぎりですが、どうしますか?」
「止めておきます」 私は小森さんの顔を思い浮かべながら答えた。自分なりの判断で決めたが、少し身体を楽な状態にしたい、というのが本音でもあった。
抗癌剤投与をしなければ、副作用が和らぐ。どうせ死ぬと決まっているのであれば、苦しんで死ぬより楽に死にたい。それまで本音で生きようと考えたのだ。
今までの抗癌剤投与で色々と副作用は続くが、白昼夢の中で生きているような状態からはだいぶ解放されてきた。味覚障害も少し良くなった。さらに季節は初夏である。冷たい飲み物もだいぶ受け付けることができた。次回の胃カメラ検査の不安はあるが、体調は改善してきたといえた。やはり、すごし易い生活が一番である。ときおり交わす、住吉さんとのやり取りも楽しく、久しぶりに穏やかな時間が過ぎていった。
そして、通院当日を迎えた。前日、早めに夕食を摂り、当日は食事抜きである。色々と下準備があるのだ。胃カメラを吞むむことは、以前は考えただけでも嫌だったが、回数を重ねてだいぶ慣れてきたのか、それとも諦めか、自分でもよく分からない。そして指定された医務室に向かった。そこに入ると、まだ若い専門の女性看護師があれこれ世話を焼いてくれた。いよいよ武藤医師によって胃カメラを口から体内に入れられた。慣れてきたとはいえ、喉元を通過するときが吐きそうで苦しい。体内の様子は、患者自身は映像を見ることができない。管はどんどん入っていくが、以前胃の下部にあったどす黒い癌の病巣がどうなっているか、やはり気になる。
「ほう、癌が見当たりませんね。きれいに消えています」と武藤医師が意外そうに言葉を発したが、私は口に器具を加えさせられているから返答することはできない。内心、どうなっているのか、と想った。


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