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作品名:余命宣告 作者:じゅんしろう

第1回   1
「和賀さん、癌です」と、医師はあっさりといった。私はたびたび癌を再発していたから、一瞬ぎくりとしたが、そう驚きはしなかった。ただ、これで何度目だろう、と思っただけである。十年ほど前に初めて癌を患い、治っては再発という繰り返しであったのだ。
 父をはじめ父方の親戚は癌で亡くなっていたから、遺伝的に癌系統の家であるとの、認識があった。ただ、腑に落ちないことがひとつあった。
年金生活に入って数年間、しばらく何もしない日々を送っていたが、身体がなまって足腰の衰えが自分でも分かるくらいになった。無論、散歩などは毎日していたが、それでは駄目なのである。事業に失敗した後、妻と別れ母も数年前に亡くなっていた。子供もいない為、まったくの一人暮らしであった。飼い猫の様に日がな一日、眠りたいときは気の済むままに眠り、目が覚めたならば、欠伸のひとつもして餌を食べる、その様な生活であった。だが、人間は何かしら動き回っていなければならぬ生き物なのだ。
そこで一念発起をして、月半分くらいの日数で半日程度の仕事を探してみた。何度かハローワークに通い、幸いにもホテルの皿洗いの仕事を見つけることができた。厳密にいえば、ホテル内の清掃などを受け持つビル管理サービス会社に就職したのである。この手の会社は人の出入りが激しく、慢性的な人手不足である。従って、多少高齢であっても目を瞑り、病歴も聞かれることなく、簡単な経歴書ひとつで採用された。
仕事はシフト制で、朝、昼、夜の三交代である。主に和食の担当を命じられ、その厨房の一角が皿洗い場になっていた。客の使用した皿などの容器がウェイターやウェイトレスによって次々に運び込まれてくる。それの残飯を処理し、湯を張ったステンレス製のシンクに入れ油汚れを取り洗浄機にかけ、棚などの元の場所に戻すという作業である。調理師は七、八人いた。
客が空いている時はそうでもないが、混んでいる時は戦争状態になり、必死にならざるを得ない。しかしながら調理師の人たちは厄介な性格の人もいず、まずまずの環境といえた。身体を動かすようになると、体調も良くなってきた。ただ、食事時間が不規則になった。そのせいであろう、仕事にも慣れた半年後あたりから、どうも胃の調子が悪くなってきた。チクチクとした痛みで、市販の胃薬では治まらない。また胃癌の再発かな、と思い、近くの医院で診てもらうことにした。
胃カメラで検査をした結果、投薬で治る程度の単なる胃潰瘍であった。この様な仕事に従事する者には付き物のようである。細胞検査では癌の兆候は見られない。この際、ピロロ菌を除去することになった。私の年代の者は戦後間もなくの混乱した状況下での生活を送っており、衛生状態も悪く多くの人々がこの菌を腹に抱えているという。それに成功したので、私の医学知識では、後、数年は癌の再発の心配はないと思っていた。
だが、一年も経たぬうちに、また胃に違和感を覚えた。また、胃潰瘍であろう、と軽く考えた。少し様子を見ていたが、前回は無かった、便が黒くなった。そこで再び診てもらうことにした。胃カメラで検査をしてもらうと、胃癌の告知を受けたのである。
ピロロ菌を除去して一年足らずなのに、何故だろう、という疑問が残った。そして、その医師の紹介で市立病院において、本格的な検査をしてもらうことになった。
市立病院では何度か世話になっている。最近、新築して近代的な病院になっていて患者数も多い。消化器内科に行くと、直ぐに数日間に亘って各種の検査をした。その結果、胃の下部に癌が巣くっていた為、普通、胃は全摘出することになるということだ。だが、悪いことに腹膜にも癌細胞が数多く点在しており、手術ができないステージWの末期癌の状態である、といわれた。何もしなければ半年、抗癌剤治療をすれば一年、或いは一年数ヵ月の寿命だという。余命宣告されたのである。


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