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作品名:秘宝の行方 作者:じゅんしろう

第9回   9
我らユダヤの民はエジプトより遥かなる山河を超え、秦氏と称し倭国に到れり。
倭国は山々緑にして、水は至る所満ち満ちて溢れいずる。
気候は温暖にて、庶民は穏やかなり。
此処において、永住の地となす。
長きに渡り、この国の民、大王に貢献する。
秦氏の族長、秦の河勝は山城の太秦を本拠地とし財力あり、厩戸皇子(聖徳太子)の側近として活
躍する。
各王朝は狭隘の地に群雄割拠の如く立ち争い事有り、民、疲弊多し。
秦の河勝、私見において、いずれこの山城の地に王朝定まれり、と。
ただ、争いに巻き込まれたとき、我らが隠し持つ秘宝、甚だ危うし。
息子綱手に後を託す。
中大兄皇子(天智天皇、近江に王朝を開く)白村江の戦いにおいて唐・新羅連合軍に大敗する。
九州大宰府など各地に防衛体制を敷く。
綱手、この天皇は危ういと、壬申の乱において天武天皇につき、功臣となる。
しかれども、以前より聖櫃、ソロモンの秘宝を隠す事を決意、実行していた。
白雉三年、紀の国、熊野古道の途絶えた処に最古の糸我稲荷神社を創建する。
裏手に三柱鳥居を設け、神坐の下に聖櫃を深く埋める。
旧約聖書のイザヤ書の教えによりて、初めは熊野古道の金峯山連峰ないに山上ヶ岳という一番高き峰にソロ
モンの秘宝を隠さんとするも、異相の修験者在り。名を役小角という。
呪術を得意として、甚だ危険人物なり。
そこに埋蔵する事を諦め、一時的に糸我稲荷神社の敷地内に隠す。
綱手、夢に眩い光の中より神の声を聞く。
時を経て高僧出現する、彼の者に委ねよと。
綱手、これに従う。 秦氏代々の族長、秘事を引き継ぐ。
百七十年後、神の予言通り、高僧現れ高野山に開創する。名を空海という。
糸我稲荷神社より、高野山への道沿いに巨大な盤座あり、難工事の末、この下にソロモンの秘宝を
埋蔵し、深き眠りにつく。
              糸我稲荷神社 三十三代社家 羽倉福右衛門 記す
                     元禄十五年十二月 吉日
読みながら鴻池は、深いため息をついた。やはり二つの秘宝は日本に有ったのだ。秋月と剣山を探索した時、この地ではなさそうだ、と感が働いたが当たっていたことになる。
磐乃の父親は、何代目かは分からぬが秘宝の伝承者であった事になる。福右衛門には福太郎という息子が いたが、資質の観点から磐乃を後継者に選んだのではないかと考える。従って死後、その能力を発揮したとも考えられなくもない。美しい磐乃の、もう一つの神秘の顔であった。それにしても書かれたのが、元禄十五年十二月というのが気になった。赤穂浪士の吉良邸討ち入りの月だからである。鴻池が調べた限りでは、原作者である鶴屋南北が忠臣蔵に絡めて四谷怪談を書いているのだ。実際のお岩は痘痕のうえに片目が眇めである。その為なのであろう、婿養子である伊右衛門に尽くした。だが、三十三俵三人扶持という薄給では暮らしが成り立たない。その時上司の組頭がはしためを孕ませ、金を付けて伊右衛門に引き取らせた。伊右衛門は食えぬことを口実に口減らしの為、ある旗本の下女奉公に出した。騙されているとも知らず十年間一度も家に帰ることなく、せっせと少ない給金を仕送りしていたという貞女なのだ。風の噂に伊右衛門に他の女と子供まで成しているという事を知り慌てて帰ってみると、その通りであった。その伊右衛門に何か酷い事を言われたのか、一度大声を発するや気が狂い四谷の町を駆け抜けて行ったのである。後はどうなったのか誰も知らない。それを見ていた人々は鬼の様な形相の恐ろしさに、茫然としていただけであった。後に鬼見町という町名が生まれた由縁である。羽倉磐乃と田宮惣佐衛門、何か浅からぬ因縁を感じた。あるいは考えている以上に根が深いのかもしれない。
 後に、羽倉福右衛門一家は追われるようにして北海道に渡らざるをえなくなった。他の同族である羽倉家は日本に溶け込み、ヘブライ語の事は忘れ、秘宝の事も忘れてしまったのではないのか。唯一、羽倉福右衛門家だけが受け継ぎ続いた。古の事にこだわり続けた結果、その事を他の羽倉家が疎み始めたのではないのか。三十三代羽倉福右衛門が他の同族にそのような変化を肌で感じ、万が一の事を考え、秘伝書として残したのではないだろうか、そう考えると筋が通りやすい。
読み終えた鴻池が顔を上げると、それを待っていたかのように黒木が興奮気味に口を開いた。
「ここに書かれていることが本当なら、古平に住んで亡くなられた方は、羽倉という社家のまぎれもないレビ族の家系だった証拠でもあります」
「はい、そうです。何代目かは分かりませんが、羽倉福右衛門氏がおられました。その娘さんである磐乃さんが所持されておりました。いろいろと事情が有りまして、磐乃さんの小樽の女学校時代の後輩である古平の禅源寺に嫁いでおられた方に、形見として渡った次第です」 
鴻池は翻訳してくれた黒木に敬意を表し、素直に話した。
「役小角について、私なりに調べてみました。あちら此方に怪異な伝説が伝わっています。どこまで本当かは分かりませんが、呪術師ということのようです。ある意味相当な人物ということなのでしょう。秦綱手が避けたのは分かる気がします」 「役小角については不案内ですが、そうすると秘宝は高き峰にという旧約聖書に背くことになりませんか?」 「そうでしょうが、事情により已もう得ないでしょう。これは私の素人考えですが、高野山は連山の総称ですから、その中で一番高い山に埋めれば良い分けです。ただ、誰かが嗅ぎ付けて盗掘される可能性があります。そこで空海が埋葬されている奥の院というのがありますが、その後ろに小さな山が三つ有り、中央の山が楊柳山といい、三山の中で一番高い。ここに埋蔵すれば聖域そのものですから、侵す者は有りえないでしょう。では如何してそうはしなかったのか?やはり財宝のたぐいは宗教に似つかわしくありませんから、敷地内は嫌ったのでしょう」
「なるほど、そうなりますね。それで高野山の道沿いにある巨大な盤座に埋めた」
「私なりに調べてみると、道沿いといっても盤座は糸我稲荷神社の敷地の一部です」
「えっ、そうなのですか。そうなると、空海なりに神社側の意向を汲んだ、ということですね。また、その当時、唐では景教(ユダヤ・キリスト教)が流行っていました。空海は秦氏と密接な繋がりが有るようですので、景教についても相当の造詣が深いと思われます」
「私も空海について少々調べましたが、おっしゃる通りということになるでしょうね。それにしても巨大な盤座の難工事とはどのようなものでしょうか?」
「空海は帰国後、四国などで大規模な土木工事をおこなっています。最新の技術を持っていたといことの証ですね。空海ならば可能ということですが、どのように埋蔵したのか興味が尽きませんただ、どうして聖櫃とソロモンの秘宝を別々に埋蔵したのでしょうか、いまいち、納得がいきません」
「多分、聖櫃は時期が来たらユダヤ・キリスト教布教の為と考えたのかもしれません。だが、日本は山岳信仰が盛んで難しいと悟ったのかもしれませんね」
「では、ソロモンの秘宝は?」
「秦氏は平安京を造営するほどの財力を持ち合わせるほどに力を得ています。ソロモンの秘宝は宗教的な意味合いを持ち合わせていたのでしょう。人知れず埋蔵することにした、と考えるのが自然かと……」
鴻池は黒木の言葉に逐一符合する思いであった。

「鴻池さんはこの後、そこへ行かれるのですか?」 「はい、そのつもりです」
「羨ましい。私ももう少し若ければ、立ち合いたかった、まことに残念だ」
黒木は如何にも無念そうに言い、「しかし、この数日間は実に楽しかった。我が人生においてこれ程心が震えたことは有りません。若かりし頃、冒険小説に夢中になっていたころが蘇えったようだった、有難う」と、興奮気味に言いながらにっこりと笑った。
「黒木さんも冒険小説に夢中だったのですか、私もそうでした」
「男はそうでなければいけません、私の分も頑張ってください。翻訳のお礼はその報告で」と笑いながら言い、「はい、そうします」と鴻池も、黒木の人柄の良さを感じ笑って答えた。


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