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作品名:秘宝の行方 作者:じゅんしろう

第7回   7
「私の結論からいいますと、剣山に秘宝は望み薄であると考えます」
 「ほう、それでは別の目星が有るというのかい」 「ええ、日本最古である、糸我稲荷神社が鍵を握っていそうな気がしてならないのです。それと、禅源寺の御母堂より頂いた、磐乃の遺品の中にヘブライ語で書かれた文章のようなものが有りました。初めは呪文の類と気にも留めなかったのですが、どうもそれにも謎を解く鍵が有りそうな気がしてなりません。羽倉家は最後の正当なるレビ族といってもいいでしょう。秘宝に関しての文章が残っても可笑しくありません」と、鴻池はいつになく熱っぽく語った。
 「うむ、養生がてら今一度じっくり策を練り直そう。あ、それから養生は我が家でね」
 「それではご厚意に甘えすぎます」 「何をいう、今や君は兄弟も同然と思っている」
 「惣佐衛門さん…」 後は言葉にならず、黙って頭を下げた。
 四日後、鴻池は惣佐衛門の屋敷で与えられた別室にいた。飯岡の遺品である資料を読み直していたが、
磐乃の残したヘブライ語は手も足もでない。身体が回復したら、専門家を探し出し翻訳してもらうしかない。
 一服するために窓際に座った。庭の木々はすっかり色づき朱や黄色のコントラストが絶妙であった。
往年の繁栄は影を落とし、船舶の少なくなった港も一望できる。この部屋を用意してくれた惣佐衛門の自分に対する気配りを感じた。
しかしながら、秋の小樽の寂しさは心を切なくさせる。惣佐衛門にあの社長の事を聞くと、典型的な坊ちゃん経営で、間もなく倒産するだろうと言った。資金繰りで泣きついてきたが断ったとも言った。本来は良い人であろうが、それでは、経営は成り立たない。秋月の遺骨はすでに寺に預けてある。それすらあの社長は係わりを拒否した。貧すれば鈍するで、その事に対しても惣佐衛門を不快にさせているのであろう。その後、社長の事を口に出すことはなかった。そして間もなく天野社長は小樽から居なくなった。消息では彼の家族もどうなったかは分からない。
なおもぼんやりと庭を見ていたら、昨日の里枝とのやり取りを思い出した。
松葉杖をつきながら事務所に戻り、書類を纏めていたら里枝が飛んできて、ものもいわず鴻池に抱きついてきた。 途端に激痛が走り、思わず、「痛い!」と悲鳴を上げた。 「あっ、御免なさい。でも、どんなに心配したことか、もう」 「どうして知っているのです?」
「惣佐衛門さんがわざわざ訪ねて来て下さって、教えてくれたの」 「惣佐衛門さん自身が」と言いながら、自分の身の回りの事を相当心配してくれていることを知った。
「これからは、身体が回復するまで私の部屋で養生して」と、決めつけるように言った。
「いえ、それは惣佐衛門さんの処で、厄介になることになっています」 「ええっ、そんな!」
「今度の怪我の原因の一旦は惣佐衛門さん自身にも有ると、是非にという話になっていますので。回復したら直ぐ此処に戻ってきます」 鴻池はありのままを話した。里枝は長いこと芸者を生業としてきたので、男の嘘はすぐに分かるのである。鴻池の話に嘘はないと信じたようだ。そうして、里枝を引き痩せ口付けをした。鴻池自身にも今度の怪我で心境の変化が有った。亡霊に恋をしていた己である。だが、人間は孤独な生き物であるという事を思い知ったのである。生の温かい肌のぬくもりが欲しかった。男と女は支え合わなければ生きていけないとも、あらためて考えさせられたのだ。
「ああ、優しい接吻。嬉しいわ」と言い、鴻池の胸に頬を寄せた。
その夜から、惣佐衛門の屋敷で詳しい経緯を話し、打ち合わせをした。
「近頃、会社の辺りをうろつく人はいませんでしたか?」
「うん、いた。事務員がそのようなことをいったので、カーテン越しに覗いてみると、カメラを抱えた中肉中背の男が歩いていたよ。事務員には新しい取引先の我が社への信用調査だろうといっておいたがね。ロリー・チャート家のことを聞いて、符合した」  じつは、里枝に訊くと、同様の事が有ったという事だ。
「やはり、ロリー・チャート家は侮れんな。我々も心して取り掛からんといかんね」
「はい、三千年前以上のことを調べているわけですから、すごい執念を感じます」
「そうなると、秦氏のことも相当調べていることだろう」
「はい、ただ、見当違いの場所を調べているにように思えてなりません。やはり、最古の糸我稲荷神社が重要な鍵を握っていると思います。そこで、このヘブライ語の意味を調べたいのです。伝手を頼って当たってみようと思いますが、惣佐衛門さんにも心当たりが有ればお願いします」と言いながら、新たに書きうつした紙を手渡した。惣佐衛門はそれをじっと見ていたが、「矢張り専門家に見てもらおう。それも口が堅く信用できる人でなければ。ロリー・チャート家に嗅ぎつけられたら大変だ」と言って、含み笑いをした。
「……?」 「いや、なにね。仕事以外でこれ程楽しいことはないからね」
「はっ、はっは。そうですね、この仕事を与えて下さり感謝しています」
「いや、私も鴻池君が意欲満々になった顔を見るのは嬉しいよ」
そこで二人は一息入れ、酒を酌み交わした。この酒は、あの久子が運んでくれたものである。
にこにこと親しみを込めた久子の表情に鴻池は驚いたが、それ以上に惣佐衛門が驚いた。久子はいまだかって来客に対しても、人前に出ることは無論、笑みを浮かべる事はなかったからである。
「鴻池君、久子にとって君は叔父なのだ。そして私にとっても義兄弟なのだ」
「惣左衛門さん…。」 後は言葉にならず、黙って頭を下げたが、熱いものがこみ上げてきた。
 思えば、いまや父も母もなく一人生きてきた。本州に会ったことも無い親戚がいるらしいが、一切交流はない。はるか遠い存在で事実上天涯孤独の身といえよう。惣佐衛門の言葉が身に染みた。
 「ところで、何故糸我稲荷神社に目を付けたのかね?」 惣佐衛門は鴻池の気持ちを察して、あえて話題を本来の問題に転じた。 「はい、剣山では七月十七日に祭りが執り行なわれますが、これはノアの箱舟がトルコのアララト山に漂着した日によるジオン祭に由来したものです。しかしながら、剣山は起点に過ぎず、聖櫃やソロモンの秘宝は安住の地に埋蔵されてこそ相応しい。それが今の京都周辺でしょう。だが、秦氏の族長である秦河勝は如何して本拠地である太秦辺りに最初に稲荷神社を造らなかったか、という処に秘密が隠されているような気がしてなりません。自分たちが開拓したところはいずれ日本政治の中心となることが見えていたと思われます。実際、延暦十三年(七九四年)桓武天皇の御代に平安京に遷都しています。そうなれば、いずれ何らかの争いに巻きこまれるのは必定と考え、秘宝を隠すため別の離れたところに造る必要があった。もっとも造ったのは年代的に息子である秦綱手(壬申の乱の時、天武天皇につき、功臣となる)でありますが。常々我が息子に非常な有事の際には、秘宝を移す様に命じていたのではないでしょうか。彼等には長い難民生活での辛苦を舐めつくしており、独特の嗅覚を持ち合わせていると考えられます。二重、三重の注意を払ったのでありましょう」 「うん、十分考えられることだね、それで」  
「大化の改新(六四六年)で有名な中大兄皇子(後の天智天皇)は、倭・百済連合軍の白村江の戦い(六六三年)において、唐・新羅連合軍に惨敗しています。その後大慌てで、唐・新羅連合軍が日本攻め入って来た場合を恐れ、九州の太宰府や各地域に防御態勢を命じています。中大兄皇子は中臣鎌足(後の藤原鎌足)と組んで、宮廷において蘇我入鹿を暗殺し、その父である蘇我蝦夷を自害させて、蘇我氏一族を滅ぼしました。秦綱手は前々から手荒なやり方で権力を握った。この皇子は危ないと思い、父の命じた通り、秘宝を別の場所に隠そうとしたのではないでしょうか。年代的にも神社の創建時と符合します」 「彼ら難民の嗅覚が働いたということだね。一時の権勢など儚いものであることを、身をもって体験しているからね。いずれ首都となる平安京ではいつ災難に遭わぬとも限らない。実際しばしば戦乱の場になり、応仁の乱(一四六七年)の時などは灰燼に帰したからね。都から離れた辺鄙な所が相応しい。その場所が糸我稲荷神社というわけか」
「はい、そう睨んでいます。ただ、聖櫃はそこに隠しても、ソロモンの秘宝は別の所だと思います」
 「それは、主の神殿の山は山々の頭としてどの峰よりも高くそびえる、という例の言葉だね」
 「はい。飯岡さんの記述の中に、金峯山寺という修験本宗の本山というのが有ります。その連山の中で
一番高い山が山上ヶ岳(標高一七一九米)です。旧約聖書のイザヤ書によれば一番相応しい山でしょう。
この二ヶ所は熊野古道で繋がってがっています。更にいえば、桜で有名な吉野山が有り、吉野川はヘブライ語で神の救いの川という意味であるとのこと。秦氏との係わりが深いようで相当有力かと思います。」
「うむ……。鴻池君、君のいうとおり相当根拠のある説だね、面白くなってきた。私も飯岡氏の書いたものは、一通り読んではみたが、君の洞察力には脱帽する。身体が癒えるまで、更に読み込んでくれたまえ」
その後、今夜は疲れただろうからと、惣佐衛門は部屋を出た。だが、鴻池は興奮していてなかなか眠ることは出来なかった。実際、秦河勝、綱手親子はどう考え対処したのであろうかと、思いを巡らした。翌日から、鴻池は資料を読み漁り、惣佐衛門は会社に出かけ、夜になると酒を酌み交わしながら、話し込んだ。惣佐衛門は知り合いにヘブライ語の翻訳をできる人を探したが、この時期そうそういるものではない。
 鴻池はその件についてじりじりとした思いでいたが、身体が回復しなければどうにもならない。
その事もあって、昼間庭を歩き、リハビリに取り組んだ。人間、身体を動かすことが大事で、徐々に効果が上がった。また、久子の積極的な助けもあり、ついに松葉杖の助けを必要としなくなった。
 もう少し歩けるようになれば、活動を再開するつもりでいだ。その間、いろいろ調べた結果、秦河勝の決意が重要な鍵を
握っているとしか考えられなかった。ヘブライ語の謎さえ解ければ、よりいっそう確信を持てるだろう。


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