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作品名:秘宝の行方 作者:じゅんしろう

第6回   6
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 鴻池は夢を見ていた。周りは深い暗闇である。呆然と立っていた。如何していいか分からなかった。
様子をもう一人の鴻池が様子を窺っていた。自分であるはずなのに暗闇に立つ男の顔は分からない。  
その事に或る恐怖心があった。男が暗闇に向かって歩き始め出したら、自分も男と重なり溶け合い暗闇を
彷徨い出すのでは無いのかという、思いに痛烈に駆られていた。深い闇の冥途への旅立ちであろうか。
だが、いつまでも男は呆然と立ち尽くしたままである。すると、微かに薄ぼんやりと明りの様なものが、闇を照らし始めたような気がした。初めは錯覚かと思ったが、そうでもなく、だんだんと明るくなってきたのである。
 それは深い暗闇の一ヵ所からだった。更に明るさが増し、人影の様なものが見えてきた。最初は三途の川の婆かと思った。だが、違っていた。まだ若い女性の様だ。だんだんと近づいてきて顔立ちがはっきりとした。
途端に鴻池は喜びに驚愕した。それは恋して止まない美しい磐乃だったのである。磐乃直々に迎えに来て
くれたのかと、直ぐにでも駆け寄りたかった。だが、もう一人の自分と思われる男は、以前と立ち尽くした儘なのである。その男が磐乃に近づかなければ自分もできないのだ。じりじりとしたが、何故か声がでない。このままでは磐乃が去って行くのではないかと焦った。側に寄ろうとしてもがいた。すると思いが通じたのか、身体が動きだした。まるで泳ぐようにゆっくりと近づいて行った。長い時間掛かったが、ようやく磐乃の目の前に立つことが出来た。いつの間にか男の姿はなく、ひとつになっていた。
 目前にいる磐乃は陰の美しさではなかった。往生を遂げた後の本来の美しさであろうと思った。
 「磐乃さん…」 が、声は出なかった。言葉を交わし、磐乃の声を聞きたかった。惣佐衛門の屋敷で聞いた、あの声を再び聞きたかったのである。すると、思いが通じたのか磐乃が口を開いた。
 「糸我稲荷神社…、ヘブライ語…」 微かな声であった。
 「磐乃さん、糸我稲荷神社、ヘブライ語ってどのような意味が有るのですか?」と言っても、鴻池の声が出たわけではない。思いだけで、必死に心で叫び続けた。
 その声なき声に反応するように、磐乃は微笑を見せた。眩しい陽の美しさである。
 そうして、磐乃の姿が徐々に薄くなっていった。鴻池は慌て、「待ってください!」と必死に呼び止めたが、更に薄くなっていった。 「磐乃さん!」と、鴻池は名前を叫び続けた。だが、ついに磐乃の姿が消えてしまった。それでも、鴻池は叫び続けた。
 「鴻池さん、鴻池さん」と、何処からか遠く聞こえてきた。それがだんだんと近づいてきて、はっきりと認識できた時、目が覚めた。顔を覗き込む様にしている、アダムスの顔があった。
 「ここは?」 「病院です」 おもわず起き上がろうとした鴻池の身体に激痛が走った。
 「痛、痛、痛!」  「まだ無理です。安静にしていなくては」と、アダムスは言い、傍にいた若い看護婦に目配せをした。看護婦は慌てて医者を呼びに行った。
 「八日間目覚めませんでした。よく無事でした、本当に安心しました。生死を彷徨う状態でしたから」
 「秋月さんは?」 「残念ながら、亡くなられました。この件については上司である私の責任でも有ります」と、アダムスは気の毒そうな顔を浮かべた。 「遺体は?」 「荼毘に付して、遺骨は近くの寺に納めました」
 「失礼ながら、貴方のバックを調べ、田宮惣佐衛門さんの会社に連絡を取りました。田宮さんは間もなく来られるでしょう。秋月さんの所の社長がここで埋葬してくれとのことですので、指示通りに」
 後に、七年間で米兵に殺害された者、二千五百三十六名。傷害、三千十二名。女性被害、二万人。
米軍による暴力沙汰が幕僚部民間諜報局に報告され記録されている。
 アダムスの行為は破格の扱いである。或いは、鴻池が秘宝についてより詳しいようだと踏んで、利用価値有りと考えているのかも知れない。その後、事故の経緯を手短に話しだした。
 「二人とも凄い勢いで転げ落ちていきました。運悪く、秋月さんは小岩に頭を打ち付けてしまい、それが致命傷でした。鴻池さんは丁度上に乗った状態だったので助かったのです。紙一重とはこのようなことをいうのでしょう」 そこへ医師がやって来た。あれこれ鴻池の身体の様子を見て、「もう、大丈夫。後はしばらく安静にして養生すれば回復するでしょう。それにしても奇跡に近い、驚きました」と言い、何度も首をひねり出て行った。 「私の何処かが骨折でもしているのですか?」 「いえ、強い打撲だけです」
 「ところで、秋月さんが貴方に耳打ちされたようでしたが、どのようなことですか?」
「耳打ち?さあ、まったく覚えていません」 実際、覚えてはいなかった。
「そうですか、あの状態では無理もありませんね」 アダムスはあっさりと引き下がった。 「ところで、磐乃さんとは、鴻池さんの好い人ですか。盛んに譫言でいっていたものですから」と笑いかけた。鴻池はぎくりとしたが、他意はなさそうなので曖昧に頷いた。アダムスはそれ以上追及する事無く、「また来ます」といって病室を出ていった。鴻池は彼がまだ探索し続けているのかと思った。そうなれば、ユダヤ人の執念というものの深さは相当なものだと思ったが、実際後に思い知ることになる。その時、自分の身体が包帯でぐるぐる巻きになっていることに気が付いた。それも一人部屋だった。 「九死に一生を得たのか…」と呟き白い天井を見た。
 うとうととした時間を過ごした。また夢で磐乃に会いたいと願ったが、叶う訳もなかった。夕刻、もの事を考える余裕が出てきた。  秋月さんは私に何を話したのであろうか、さっぱり思い出せない。更に磐乃さんが言った、糸我稲荷神社とヘブライ語の意味するところは何か。糸我稲荷神社については、私も埋蔵の可能性があることをうすうす気がついていた。だが、ヘブライ語については考えもしなかった。どんな意味があるのか。 そこまで考えて、はっとした。禅源寺の御母堂より借り受けた磐乃の遺品である和綴じの本の中に、見知らぬ言語が有ったのを思い出したのだ。その時、秦氏の菩提寺の広隆寺に十の戒めがあるが、これはモーゼの十戒が基本になっている。その関係の文章の何かであろう、もしくは呪文の類であろう、位にしか考えてはいなかった。念のため書き写して事務所にしまってある。そこへ慌てた様子で惣佐衛門が現れた。
 「すまなかった。来るのに随分と遅れてしまった、まさかこのような危険な目に遭うとは思いもしなかった」といって頭を下げた。 「いえ、好いのです、気になさらずに。私も今日、意識が回復したばかりですので」
「ただ、医者がいっていたが、一命を取り止め、もう大丈夫だそうだね」
「それよりも別な所で、分かったことの大事な話が有ります」と、鴻池は声を潜めて言ったた。
「ここでは拙いの?」  「はい、アダムスはGHQの高官です。ソロモンの秘宝を探索していますので、どのような手を使うか、分かったものではありません」 「ほう、GHQの高官とはね。私の処に連絡があったときは、丁度出張中で事務員が受けたのだが、単に剣山で知り合ったアメリカ人とだけでね」
「ええ、彼はロリー・チヤート家の一員です。それに聖櫃やソロモンの秘宝を探しています」
「なに、ロリー・チャート家とはね」 「御存じでしたか」
「ああ、以前から金融関係の知り合いに聞いていたよ。いろいろな意味で凄い家系だ」
「ですから、ここでは拙いのです。ひょっとすればこの病院の誰かが、私を監視するために買収されている可能性も有るかもしれません」
「分かった。これから仕事で三日ほど愛媛県に行かなければならないから、その後、一緒に小樽に帰ろう」
「ええ、それまでには何とか歩けるようになるでしょう」 「うむ、頼むよ。家族皆が気にかけていてね、特に久子が心配していたよ」 「久子さんが」  「ああ、普段は口数が少ないのだが、やはりあのことが関係しているのだろうか」 「さあ、如何なのでしよう」と言いながら、八年前の事をおぼろげに久子も覚えているのだろうかと思った。同時に磐乃の事をあらためて思ったが、惣佐衛門の前では禁句である。
 五日後、惣佐衛門と鴻池は船中にいた。秋月の遺骨は寺から引き取り、親族の有無が確認できるまで、惣佐衛門の小樽の檀家でもある寺に一時的に預けるつもりのようだ。
 鴻池に巻かれた包帯は取り除かれてある。しかし全身痣だらけであり、松葉杖を使わざるをえなかった。
 鴻池たちが病院を引払うとき、アダムスが来た。惣佐衛門とそつのない会話をしていたが、「私も一度、鴻池さんの容態が気になりますから、小樽に行きたいと考えています、よろしいですか?」
 「是非、来てください」と、惣佐衛門もそつなく答えた。腹の探り合いである。
 鴻池はこれまでことを詳細に話した。惣佐衛門はアダムスがGHQの民間情報教育局の部長である事がよほど気になるのか、さかんに腕を組んで考え込んだりした。 「鴻池君、すごい相手が現れたね」 そして、鴻池の眼を見て言った。 「君に命の危険を晒させてしまった。我々はここで手を引こうか?」
 「いえ、我が侭をいって申し訳ありませんが、このまま続けさせて欲しいです。秋月さんのこともあり、もはや後戻りは出来ません」
 「また、危ない目に遭うかもしれないよ」 「それはそれで、本望です。私の人生の集大成です。ただ、惣佐衛門さんに資金援助を頼むことになりますが」 「それは、構わない。やるか?」 「はい、是非」
 これで話は決まった。


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