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作品名:秘宝の行方 作者:じゅんしろう

第5回   5
その日、合同して当たった作業は徒労に終わった。宿に帰り秋月と明日の手順を協議していると、
ロリー・チャート家出身の男が、「一緒に飲みませんか」と襖越しにいってきた。互いに顔を見合
わせたが、「どうぞ入ってください」と秋月が快諾した。
 彼は一升瓶を抱えて入って来た。「日本の酒はとても美味しい」と、にこにこ顔を見せた。
GHQの上官の顔を封印しているようだ。 「ほかの方は如何しています?」
 「慰労を兼ねて飲ませています。少し騒がしくなるかもしれませんが、大目に見てください」と、
茶目っ気たっぷりで、あくまでも人間性を表し此方の警戒感を解こうとしているのが透けて見えた。
 素人ならばごく自然に心が解れるであろうが、鴻池は現役の探偵であり、秋月はかって海軍の
特務機関出身である、二人は玄人なのだ。今の鴻池の質問に対して、彼の回答から感じ取っていた。
また、狐と狸の馬鹿仕合が始まったが、此方の土俵に上がって来た分だけ、男も必死なのだ。
「そうそう、私の本名は、アダムス・ジェイシ―・ロリー・チャートといいます。長ったらしいから
アダムスと呼んでください」 「日露戦争の時、ユダヤ人の富豪が戦費を受け持ってくれたと記録に在ります。ありがとうございました」と、鴻池は昔の話を持ち出し水を向けてみた。
「いえ、同朋がロシアに迫害を受けました。ロシア憎し、ですよ。東郷平八郎は真の英雄だ。今でも日本海海戦の記述を読むと感動し涙がでます」 アダムスの言葉に、秋月も思わず涙腺が緩んだようだ。鴻池はシベリアに抑留されている旧日本兵がどのような目にあっているのかと、身を切られる様な思いになった。
酒も入り、口も滑らかになってきた頃、相手は探りを入れてきた。
「秋月さんは以前から考古学を?」 「ええ、鴻池さんに教えてもらいました。弟子です」
「もっとも、今では弟子の方が詳しく、発掘も上手ですが」と鴻池も調子を合わせる。
「アダムスさんは何故、剣山に?」 秋月は確信を突く質問をした。
「学生時代、日本史を勉強した時、秦氏のことを知ったのです。古代イスラエル族に、失われた十支族と
いうのが有り、その一支族が秦氏なのです。エジプトから永い年月を経て日本にたどり着きました、私のルーツでも在り、非常に驚きました。いつか機会が有れば自分の眼で調べ、足跡を確かめたいと思っていたのです」 「私も以前秦氏の末裔と少し係わったことがありました。羽倉という人で、遠い昔は祭祀を司るレビ族の出身だとか何とかいっていました」 鴻池はその経緯の肝心な処はぼかした。
「ほう、それは凄い。何処で出会ったのですか?」と、アダムスは目を輝かせた。
「古平という漁村です。小樽から西へ二十キロ程の処ですが、没落してしまいましたから、今はどのようになっているか分かりません」 「現在、そこに住んでいる親族の人はいないのですか?」  
「さあ、如何なっていることやら、戦争が有りましたから」 アダムスはその言葉に沈黙した。
「ところで、アダムスさんはGHQの方ですね」 今度は秋月が質問をした。
「あははは、分かりますよね。民間情報教育局{教育・宗教など文化政策を担当}の部長をしています」 アダムスは悪びれることなく言った。GHQの高官である。鴻池は単にそれだけではないだろうと、考えた。
いくら高官とはいえ、こうまで自由に部下を使い行動できるとは思えない。マッカーサー最高
司令官をも動かす力が働いているのではないのか、例えばロリー・チヤート家の莫大な資金力を行使して。
そうなると適当な処で、さっと身を躱す事は難しいかも知れない。秋月の話してくれた、何度も
潰滅的な目に遭ってもその都度不死鳥の様に蘇える執念ともいえる家系の血に、恐ろしいものを感じたのだ。当然、アダムスの笑顔の裏側に同じものが流れているのであろう。無論、鴻池も玄人である。一瞬過っただけで、その思いを相手に気付かれることはない。アダムスが帰った後、秋月は「秦氏の末裔と係わりが有ったのですね?」と意外な顔をして訊いてきた。 「仕事のうえで、たまたまです。それ以上のことは分かりません」と、鴻池はとぼけた。
翌早朝、探索の再開である。お互いの地図の印を書き込んであるので、それだけ探索範囲は狭まることになる。全員それより下を調べ始めた。といっても広大な範囲であることに変わりがない。鴻池は、これ以上下ると、旧約聖書のイザヤ書に、主の神殿の山は山々の頭として立ち、どの峰よりも高くそびえる、という文言に外れるのではないのかと考えた。そうなれば秘宝は別な処に埋蔵されていることになる。
すでに剣山埋蔵の話は伝説になっている。言い換えれば誰も在りかが分からないという事だ。秦氏は土木技術などの職人集団でもあり、物事を合理的に考えるはずだ。長い年月をかけてエジプトから日本に到達した。極東の島国で終の棲家を得たのである。更に長い年月を経ようとも、秘宝の在りかを忘却するという愚を、犯そうとは考えられない。必ずそうならないような手を打っているはずだ。
 その時、最古の糸我稲荷神社の事がまた頭に浮かんだ。何故、秦氏の本拠地である山城、近江ではなく、熊野古道の外れの紀伊の国に創建したのかという疑問が湧き出てきた。磐乃にも繋がる事になる。小樽に帰ったらもう一度詳しく調べなおそうと考え、自分の考えに胸がわくわくとしてきた。
成果が無いまま夕刻が迫り、全員が山頂に揃った。その時、事件が起こった。
鴻池とアダムスから少し離れた所で、秋月とアダムス配下の某が口論し出したのである。
鴻池が慌てて駆け寄ると、「此奴、私の作業を何かと口出ししたりして妨害するものだから」と言って
某を指さした。それに激高した某は憎々しげに、「ジャップ!」と叫んだ。また、取り囲む様に様子を窺っていた他の部下たちは、皆薄笑いを浮かべていた。わずか四年前に互いに命を懸けて戦ったのである。何かのきっかけで軋轢が起きるのだ。すると抑えが効かなくなった秋月も、「この野郎!」と怒りの声を上げ、隠し持っていた旧日本軍の短銃を取り出し某に向け威嚇した。それを目にし、すぐ横に居た別の体格の良い男が秋月に体当たりを喰らわした。
拳銃は夕焼けに染まり始めた朱色の空にむなしく一発放たれただけに終わった。だが、その男は追い打ちをかけるように足を蹴り上げた。大きくバランスを崩した秋月は落下し始めた。
慌てて抱き止めようとした鴻池もろとも急な斜面を転がり落ちていき出した。わずかにアダムスの差し伸ばした手が見えたのみである。二人は抱き合ったまま回転し、下ると共に速度を増していった。
鴻池の意識はそこまでである、後は覚えていなかった。


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