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作品名:秘宝の行方 作者:じゅんしろう

第4回   4
山小屋に着くと、日はとっぷりと暮れていた。遅くなったのは、道々秋月が訊いてきたからである。小さな宿に帰ったら、彼らの聞き耳を恐れたようだ。秋月は、鴻池のそつの無い受け答えを確認すると、ほっとしたのか、ロリー・チャート家について語りだした。浮き沈みがあったが、金融業で財を成したという。
「かつて、ロシアの有力な貴族と幾つも婚姻関係を結び大きくなった。ロシア革命
が起き、ドイツに逃げ再興したがナチス・ドイツに潰滅されて悲惨な状況に陥ったのである。
潰滅的な被害を受けたが不死鳥の様に蘇えり、また、世界に覇を築こうとしている」
 「その資金はどうやって得たのでしょう?」
「分かりませんが、彼らはいかに抜け目がないかという証でしょう」
その言葉に怒気が含まれていた。ふと堪が働き、秋月は単に金儲けで動いている訳ではなさそうだ、
と彼のもの言いから、そう感じせる雰囲気を持っていた。
 宿に帰るとすでにGHQの連中は帰っていた。あくまでも静かである。よく統制が取れている、と
考えた。すると、例の男が部屋から現れた。この口当たりの良い男は、なかなかの力が有る人物のようだ。気安げな表情を浮かべ、二人の方に近づいてきた。
 「だいぶ遅くなったようですが、夏とはいえ夜風は身体に応えますから、気を付けて下さいね」と、
流暢な日本語に淀みがない。横で秋月があからさまに嫌な顔をした。だが、彼は気付かない振り
をしている。秋月はその場を離れた。鴻池に任せた方が良いと、判断したようだ。
 「随分と日本語が上手ですが、何処の大学で習われたのです?」
今度は鴻池が探りを入れてみた。 「ハーバード大学で日本文学を」 「ほう、それはまた」 インテリならば誰もが知っている世界的な有名校である。
「それで日本に興味を持ったのですね」 「日本の歴史に魅かれましてね」
「特に四国とは意外ですね?京都や奈良が普通と思いますが」
「そうでしょうね。私は日本の田舎に興味が有りまして」と淀みがない。
「そういえば、夏にお祭りがあるようですが、見ましたか?」
「はい、この前七月十七日に来た時に見ました。驚きに言葉が出ませんでしたね」
「驚いた?日本国中至る所で催しされていますが」と言いながら、鴻池は内心、はっとした。何故なら、ノアの箱舟がトルコのアラルト山に漂着したと言われる日と同じだからである。京都の祇園祭とも同一日である。この二つの祭りは相通じていたのだ。
「そうなのでしょうね。ただ、初めての体験でしたから驚いたのです」と探られたくないのであろう、男は後の言葉を濁した。
 鴻池は御神輿の起源を知っているから、男は明らかに聖櫃やソロモンの秘宝を探索しているのだ、と確信した。同時に、秦氏にとって剣山はトルコのアラルト山 の意味合いを持つことになるが、この山に聖櫃を埋蔵するであろうかと、漠然とであるが疑義をいだいた。何故ならその後、秦氏は中央の近畿に進出していくからだ。信仰のシルボルである聖櫃は繁栄し安住地と定めた場所こそ相応しいはず、と考えたのである。  
「ところで鴻池さんは、御生まれは何処ですか?」 男は話題を逸らした。今度は貴方の番ですよ、と言っているようだった。腹の探り合いである。
「生まれも育ちも小樽市です」と、鴻池も淀みがない。相手の懐に入り込んだ方が得策と考えたのである。さり気ない質問を装っているが男の所属しているGHQ側も往き詰っているようだと、感じたからでもある。狐とタヌキの馬鹿仕合だと、内心可笑しかった。金に執着しない分だけ、鴻池には心理的優位を保っていた。
「観光も兼ねてですか?」と頓珍漢な質問をしてきた。この時期、観光で日本を巡る人は少ない。「いえ、仕事で来ていたのですが、日程的に余裕が出来たので」 「そうですか、大阪に鴻池財閥が有りましたから、初めはてっきりその関係者と思いました」 男は日本の内情に詳しかった。 
「いえ、いえ、違います」 「秋月さんは、口数が少ないようですね」
「性格です」と彼に関してはこれ以上、口を挟むなと言下に拒否した。
意思が伝わったのであろう、彼は僅かに首を竦めた。彼は今日の処、これ以上探りを入れるのは無理と判断したようだ。二人は其々の部屋に入った。すぐに秋月はすり寄って来た。一刻も早く情報を得たいようである。鴻池が人通り説明した後、印象として彼等も八方塞がりのようだ、と言うと、「そうでしょうな」と言い、満足げに頷いたのである。やはり戦前戦中の時代に相当探索していたようだ、と鴻池は確信を持った。
「秋月さん、いける口ですか?」 「ええ、まあ」
「少し、身体が冷えたようです。酒で温めましょう」
 鴻池は宿にある小さな売店で、四合瓶を買い求めた。亭主が言うには、土佐の酒だとの事だ。「辛口であるがさっぱりとした味わいで旨い酒です」と言った。土佐人は昔から酒豪の多い事で知られている。
二人で酒を酌み交わしたが、途端に裏ぶれた者同士がこのような処に追いやられた様な気になった。明日の展望が見えないからである。だが口が滑らかになったところで、鴻池は「彼らの正体を分かりますか?」と直に核心を尋ねてみた。
「多分、諜報機関でしょう。GHQ内に幕僚部民間諜報局{CIS}というのが有りますから」秋月は軽々と答えた。鴻池があらためて秋月を見直すと、「昔の仲間が東京にいますので」と言い、「奴らは一種の治外法権を持っていて、日本国中を縦横無尽に荒しまわっている。嫌な連中だ」 最後の言葉は怒気を含んでいた。 ―私の事も徹底的に調べ出しているだろう。惣佐衛門さんに危害が及ばなければいいが。  鴻池は暗澹たる思いに駆られた。
 翌早朝、二人は登山道を登って行った。何故か秋月はGHQの連中を気に掛ける素振りは見せなかった。彼らも手掛かりを得ていないことに満足したのか、と鴻池は考えていた。
 そして、彼らは二人の後に続くことになった。昨日とは逆の展開である。この時点で、秋月
の意図は分からない。
 山頂に至ると、秋月は彼らを待つという、意外な行動に出たのである。
 彼らの上官である、ロリー・チヤート家出身の彼に対して流暢な英語で話しかけたのだ。鴻池は
唖然となった。英語を話せるとは一言もいわなかったからであるが、独断で動く秋月に対して得体の
知れないものを感じたのである。互いに胸襟を開く事には時間が掛かりそうだ、と思ったが、莫大な
財宝である秘宝の前では、知らず感情が高ぶっていて、無理かもしれないとも考えられた。
 いったいどの様な話をしているのかと、今度は鴻池が焦れる時間を待たなければならない。
 やがて秋月は鴻池の処へ戻って来た。 「如何したのです?」 「ええ、私も相手の懐に入った方が得策と判断したのです。私たちはアマチュアの考古学者ということになっていますから、
古代の土器を調べているということにしました。いっそ、我々の目指すような物が有れば、譲って
欲しいということにしました」 「相手は疑わなかったのですか」 「それは疑っているでしょう、
しかし、相手も手詰まりの様ですし、此方の手に乗るのも一興と考えたのでしょうね」 「で、具体的には?」
「お互いの地図を見せ合うということになりました」 「ほう、思い切ったことをしましたね」
「仕方が有りません。一刻も早くしないと、社長は首を長くして待っているでしょうから」
その時 秋月は何故か薄らと笑った。やはり天野社長とは別の思いを懐いている様だ。
 


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