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作品名:秘宝の行方 作者:じゅんしろう

最終回   31
次の日の夜、屋敷に行くとすでに酒肴の用意が出来ていたが、惣佐衛門はまだ帰宅していなかった。
るいが、「先ほど主人から電話があり、もう少しで帰るから、先に飲んでいてくれ、とのことでした」
るいは、すっかりと夫人としての貫禄が板についていた。
「いえ、待ちます。それまで久子さんと話を」と、丁度食事を済ませたのであろう、応接間に顔を見せた久子に顔を向けた。 「おじさま、いらっしゃい」と久子は直ぐ鴻池の側に座った。
「あらあら、久子ちゃんは鴻池さんがお見えになると嬉しそう。お茶をお持ちしますね」と、るいは笑顔を見せて部屋を出た。義理の娘であるが上手くいっているようである。 
「あれから、変わったことはなかった?」 「ううん、全然」
「それは良かった」 どうやら、もう心配はない様だと、一安心した。
「黒木さんの処へは、近々挨拶に行きます」 「その時は私もご一緒に」
「ええ、良いですよ」といった処へ、伸吉自らお茶を運んできた。
「おじさん、いらっしゃい。和歌山県に行っていたのでしょう。僕にも面白い話を聞かせて下さい」
以前、伸吉に冒険小説の話を聞かせてから、そのたぐいの話に興味を持つ様になっていた。
そこで鴻池は、聖櫃の話以外の高野山や熊野古道に纏わる伝説などを面白おかしく話し出した。
伸吉は特に役小角の怪綺談になると、身を乗り出して聞き入り、かつ笑った。若い男の子は、こうでなくてはいけない、と好ましい眼で見た。話が佳境に入った所で、惣佐衛門が帰ってきた。
「伸吉、楽しそうだな」 「あ、お父さんお帰りなさい。おじさん、今度来た時、続きをお願いします」 「私も楽しみにしていますわ」と、二人は少々未練を残し気味に、部屋を出て行った。
「遅れてすまん。しかし、君が来ると、二人はまるで別人になるな」 「はあ、そうですか」
「うん、そうなのだよ。他の来客が来ても、こうはならない。君は我欲がないから」
「その代わり、生活力もない」と、鴻池が言うと、「そこが君らしい」と二人は笑い合った。
その後酒を酌み交わしながら、「北朝鮮軍は破竹の勢いで、このままでは半島全土を制圧するかもしれない」 「そんなに強いのですか」 「日本が統治していた時は、北部に電力や重工業の施設を造っていたからね。装備も整っているようだ。韓国軍はたちまち総崩れになったらしい」
「では、アダムスの消息を掴むのは難しいのですね」 「ああ、そのようだ。しばらく推移を見守るしかない」 「そうですか…」 鴻池は、アダムスとは色々あったが、本気で心配した。
「ところで、闇の行者らは、天野達をいったい如何する積もりなのかな。まさか殺しはすまいな」
「さあ、分かりません。多分洗脳するか、我々が秘宝発掘の発表会見をするまで、手元に置き続けると考えています。なにしろ、千三百年続いている鉄の組織ですから、天野達を易々と逃がすようなことはないでしょう」 「そうかも知らんな。彼らの監視下に置かれては手も足も出まい」
「で、話は変わるが、片桐君があの奥さんと一緒になるとはね」 「彼は長野県で水飲み百姓の息子だった、と私に告白していました。農作業の知識はあるようで、健気に頑張っている未亡人を放っては措けなかったのでしょう。それに正代さんも憎からず思っていたようで」 「はっ、はっ、ロマンスだね」 「はい。それに彼は神社の氏子になって、聖櫃を見守ってくれるそうです」
「おお、それは願ったり叶ったりだ。よし、それでは今後盆暮れに、海産物をどっさり送ろう」
「ええ、頼みます。正代さんも喜ぶでしょう」 「では、陰ながら、二人の門出を祝って、あらためて祝杯を挙げてやろうではないか」 「そうですね」と、二人は杯を呑み干した。
その夜は、盤座での調査の事などを説明し、遅くまで呑んだ。
四、五日後、出来上がった写真を持参して、鴻池は久子と一緒に黒木を訪ねた。久子は心得たもので、挨拶を済ませると、すぐ奥さんと台所へ行き、話し込む。
「黒木さん、ついに聖櫃を見付けました。古文書の書かれた通り、糸我稲荷神社内の裏手の小さな森の中でした」  「おお…。発見しましたか、それは凄い。おめでとう」
「ただ、危険な目に遭いましたが、闇の行者という一団に救われました」
「闇の行者?」  「はい、弘法大師と深い係わりがあり、それは…」
鴻池は経緯を詳しく語りだした。 「…という訳で、世界情勢を見極めてからの発表となります。盤座の本格的調査は聖櫃発見の発表後ということで。承知されていると思われますが、くれぐれも内密に願います」 「承知しています、誓って他言はしません。ああ、これが聖櫃か。すばらしい」
古武士然とした黒木が写真を見て、何時になく興奮状態で声が上ずっていた。
また同様に恩師である高瀬の家を訪ね、出来上がった写真を持参して報告に出かけた。さらに気力が萎えてきたようだったが、聖櫃発掘に成功した話になると初めて目を輝かせ驚いた事に、「かあさん、酒を。コップ酒で良い」と言った。奥さんは、「まあ、大丈夫」と言いながらも、夫の久しぶりに活力ある声を聞いて嬉しそうに運んできた。僅かに口を付けた程度であったが、何度も聖櫃が映っている写真を見て、「これで飯岡とあの世で美味い酒を飲むことが出来る」と嬉しそうに言い、笑い顔を見せた。黒木と高瀬、厳格そのものの雰囲気を漂わせていた両人であったが、最晩年に若人の様な笑顔を鴻池に見せたのである。その後、片桐の荷物を送り、借家を引払ったりして、一週間ほどが過ぎた。
その間、朝鮮半島は北朝鮮軍の圧倒的に有利な戦況であった。連合軍は後退に次ぐ後退で半島から撤退せざるを得ない状態にまで追い込まれていったのである。
アダムスの安否は依然として不明である。この状況下で消息を知るのは不可能であろう。
秋ごろになって、漸く連合軍の反転攻勢で盛り返した。生死が判明したのは連合軍がソウルを奪還した十月であった。宿舎にしていたビルが爆破され、その中で死んでいた。遺留品から本人と確認された。惣佐衛門が度々GHQに安否を訪ねていたので、連絡してきたのである。
惣佐衛門から知らせを受けた時、まるで同士を失ったような気になった。知り合って一年ほどであるが、アダムスは秘宝探索に短い生涯を賭けた人生といえる、さぞや無念であったろう。しかしながら自分は偶然の機会を得、幸いにも秘宝を発見したに過ぎない。想いの強さが彼とは断然違い、申し訳ないという気持ちもあるのだ。出来ればアダムスに聖櫃を見せたかった、せめて聖櫃の写真を見せてあげたかった。いずれの日になるかは分からぬが、一緒に晴れの会見の場に望みたかった、と強く想ったのであった。それも今となっては詮無い事である。鴻池は自然と遥か西の方角に向かって手を合わせ、冥福を祈った。


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