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作品名:秘宝の行方 作者:じゅんしろう

第3回   3
冒険小説である海賊宝島の様な秘宝の在りかを示す地図でも有ればと考えたとき、何故か糸我稲荷神社の事を思い浮かべた。まだ見ぬ糸我稲荷神社であったが、そこにこそヒントが有りそうな予感がした。少なくとも、この山頂近辺に無いであろう事は容易に想像できた。すると下の方から、「鴻池さん、そこは無駄ですよ」と、先に降りていた秋月から声が掛かった。下に降り合流すると、「湧き水が出ている洞窟がありますから、そこまで行きましょう」と、下方を指差した。
やはり秋月は言葉以上に何度も来ているようだ。下に降りる小さな小道があり、そこを下っていくと、巨大石があった。 「これは?」 「御塔石といい、この下に御神体である大剣神社があります」
更に下っていくと小さな祠があり、湧水があった。口に含んでみると癖のある水である。普通は無味無臭である。この山はミネラル分に富んだ石灰岩質のせいであろう、と考えられた。日本の水はほとんどが軟質である。ヨーロッパなど西側の諸国は硬質が多い。世界中を彷徨い歩き回った秦氏にとって、この水は身体に合っているだろう、と考えられる。そう考えると、この地に秦氏が住んだという事は理に適っている。
「秦氏が剣山に住んでいたという痕跡がありますか?」
「夏に剣山祭りがありますが、神輿を山頂まで担いでいきます」
「ほう。すると神輿は聖櫃の進化したものと考えられ全国に広まっていますから、一つの証左になりえますな。秦氏に関して、この辺りで別な根拠はありますか?」
「ええ、古来より生活を営んでいたイスラエルの民の伝承されている言葉に、ヘブライ語と同じで理解出来るものが幾つも残っています」
「ううむ、なるほどね」と軽い調子で相槌を打ったが、秋月は幾度も探索をしてきただけでなく文献の類も相当研究しているな、と鴻池は秋月が海軍の何らかの機関に所属していた確証を得た。
秋月の口振りから、鴻池との数日間の接した印象で、自分に対して害にならない、人物と踏んだようだ。
「お互い声の聞こえる程度に離れて、ここを起点に探索していきましょう」
「承知しました。迷ったら此処に戻ります」
その後、簡単な探索の要領を鴻池に教えた。鴻池は、秋月は心に鬱積を持っているようだが、戦争によって変わったのであろう。一連の言動から多分士官であったのではないか。本来は軍隊仕込みの正義感の礼儀を重んじる男で、根は悪い人間ではなさそうだと踏んだ。
二人は別々に離れたが、秋月は茂みを掻き分けて行った。一度入り込むと、素人は簡単に迷うから、鴻池は茂みを避けて調べ始める事にした。
秋月はあえて、印のある所を教えなかったのは、別な目線を期待したからであろう。といって、山道を道沿いに眺めながら歩いても仕方がない。初めは浅い茂道に分け入ってみた。素人目には皆目見当が付かない、といった処が正直な気持ちである。
ふと、子供のころ読んだ、アリババと四十人の盗賊の事を思い出した。あれは盗賊の集めた宝石を奪うという物語である。戸の形状の事は忘れてしまったが、当時の人間の技術力では入り口を塞ぐ為に覆い被せることが精々であろう、と考えた。つまり、岩壁の段差が出来るであろうと推測したのである。当時の人もそれを考慮して跡を目立たせぬため壁のように塗ったであろう。それから千年以上経っていれば自然と土に覆われ草木が生えて分からなくなるだろう。ただ、この山は石灰石で覆われている。削りやすい山という事だ。当然、秋月、GHQの連中も知っているであろう。そこで、彼らが削っていない処を目指して削ることにした。
削った後は新しいから見つけやすいはずだ、と思い背負っていたリュックから登山用ナイフを取り出し、
取り掛かった。
これはと思うところを削って見ると、やはり、といおうか痕跡があった。しかし、ここでめげるわけには行かない。子供の頃の冒険心が蘇えり、いつしか夢中になっていった。地図に駄目の処の箇所も付けることを怠ることも忘れない。少し、考古学を勉強しておけば良かった、と思うほどだ。漸く、誰も手を付けていない処を見付けた時は、面目躍如という気持ちになった。
「おーい、鴻池さん、何処ですか?」という秋月の声が下の方から、微かに聞こえた。 「こっち、こっち」と大声で答え、登山道に出ようとした。が、知らぬ間に中に入り込んでしまっていた。中々登山道には出られない。迷ったかと思い、ツキノワグマの生息地でもあることも思い出し、少し焦った。少し盛り上がった処が有ったので登ってみると、登山道が見えたのでほっとした。そこから、「秋月さん!」と一声大声で叫んで登山道を目指した。ところが、案に反して行けども、行けども、たどり着くことが出来ない。茂みに邪魔をされ回り道を幾度もしてしまう破目になったのだ。しまいには、草木の揺れる音に、ツキノワグマかと身構える始末。漸く登山道にたどり着くと、すでに秋月が近くにいた。
「登山道から近いはずが、思いのほか出るまで時間が掛かりました」
「山は油断できませんよ。成果は有りましたか?」
「いや中々」といいながら、地図を見せ自分の考えを言うと、「ほう、なるほど」と、秋月は微かながら意外な表情をした。鴻池を単なる、ぼんくらではなさそうだ、と見直したのであろう。
「もう昼も過ぎようとしています。日陰ですと身体が冷えるといけませんから一旦日向の山頂に戻り、おにぎりを食べましょう」 山小屋風の宿で、おにぎりを握ってもらっていたのである。
「そういえば腹が空いた。随分と時間がたっていたのですね、つい夢中になって」と言うと、秋月も初めて笑い顔を見せた。同時に山道を歩いていた時とは違う表情の変化から、本来の人柄を感じさせた。
 二人は山頂に戻り、そこで遅い昼飯を食べたが、山での食事は旨い。おにぎりを頬張りながら、水筒に入れたお茶で流し込むのは何ともいえない格別な味である。  
 「この後、さらに下を当たってください。私は更に下に降りてみます。ただ、鴻池さんは先ほどのような深入りは禁物ですよ」 「ええ、身に沁みました」
 「日が暮れるのは早いですから、後、二時間ほどしかありませんが、三時半までには山頂に戻ってください。時計は時々見てくださいね。山の状況は変わりやすく、暮れるのもあっという間ですから注意してください」 「はい、そのようにします。ところで今朝の連中は?」 「多分、我々の左方向だと思います、時おり声が聞こえていましたから」
 秋月は少し忌々しそうに言った。やはり、かつて戦った敵国の軍人との遭遇は、当時を思い起させ、更に秘宝の探索にじゃまが入ったことに苛ついている、と感じた。鴻池は、その事は向こうの連中も同じか、我々が何をしているのかと考えているだろうと思った。宿で話しかけてくるかも知れないと心配したが、幸い英語は話せない、それで押し通すことに決めた。秋月はどうか分からないが、そつなく躱すだろう。二時間しかないので、急ぎ調べたが徒労に終わった。色々の手が入っていたので、新たに隙間の様なものを探しても見つけることは出来なかった。時間も近くなって来たので、登山道に戻った。山頂に戻りかけると、近くの藪から物音が聞こえたので、秋月かな、と待っていると思いがけない人物が出てきた。あの品が良さそうな上官と思われる男だったのである。ここは話しかけられても英語は出来ない、で押し通してしまおう、と考えた。だが、思わぬ展開になった。相手は流暢な日本語を喋るのである。「今日は、またお会いしましたね。私はロリー・チャートといいます。不躾ですが何方から来られ
ましたか」 こうなると、英語は出来ませんと逃げるわけにはいかない。 
「私は鴻池といいます。北海道の小樽という処から来ました」
「大阪に鴻池家という財閥が有りますが、その関係の方ですが?」
「いえ、違います。単に考古学が好きなアマチュアですよ。それにしてもよく日本のことに詳しいですね」
「大学の時、日本語を勉強していたものですがから、自然と」
「ほう、それで、たいしたものですね。私なんか英語は全然だめです、お恥ずかしい」
「いやー、そんなこと、たいしたことないですよ。それよりも明日もまた?」
「はい、その予定です。そちらも?」
「ええ、ではまた明日」と、彼は山頂に登って行った。すると、秋月が別の藪の中から出てきた。二人の様子を窺っていたようだ。
 「如何したのです、何か訊いてきましたか?」
「私は英語が出来ませんのでそれで押し通そうとしましたが、相手は流暢な日本語で話しかけて来ましたので、さしさわりのない程度で答えるしかありません」 「なんと訊かれてきたのです?」
「どこから来たのか、明日も来るのか?とそれだけですよ。そうそう、彼はロリー・チャートといいます、と名乗っていました」と、そう答えた時、秋月の表情は一変した。
「そういっていましたか。鴻池さんはロリー・チャートという家柄を知っていますか?」
「いえ、全然」 「そうですか、宿に帰ったら詳しい話をします。もう日も暮れますから」
そういえば、東の空は薄らと赤味がかってきており、肌寒さも感じてきた。
秋月はすでに山頂に向かって登っていた。こういう時の彼は素早く機敏な動きを見せる。


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