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作品名:秘宝の行方 作者:じゅんしろう

第29回   29
二日後の昼過ぎ、念の為の盤座調査をしに穴掘り用具を担いで片桐と出かけて行った。これが此処での最後の調査になるだろう。その通り道の途中、「我々の仕事も、もう直ぐ終わりになる。小樽に帰ることになる訳だが、片桐くんはどうする?」と、鴻池が水を向けると意味を察したのであろう、「自分は出来れば此処に残りたいと思っています。ただ、鴻池さんや田宮社長に世話になりました。さらに世紀の大発見の栄誉を、一員として担わせていただいた恩義があります。それを思うと心苦しい…」
「ああ、そのことなら心配はいらない。田宮さんは何とも思わないから」 「本当ですか?」
「うん、私が保証する。それよりも自分の幸せを第一に考えた方が良い」
「ありがとうございます。じつは正代も私が小樽に帰るのではないかと心配していました」
「ほう、もう呼び捨ての間柄ですか」 「あっ、いや、その…。知っていましたか」
「私は朴念仁ではありませんよ」 「はあ、すみません」
頭を掻く片桐の肩を、ぽんぽんと叩くと、二人は声を上げて笑った。
盤座の裏側を二人して丹念に見て回った。平らな処が在るかどうかが鍵である。だが、平らであったとしても長い年月を経ていた為であろう、全体に土地はうねり状態で分からなかった。そこで、盤座の規模から推測して、縦横均等割りで穴を掘ってみる事にした。寸法の基準は聖櫃が納められていた石槨の大きさである。もしそれが埋められていたとしたら、十個は下らないだろう。端から掘ってみた。用具の目いっぱいに掘り下げたが、反応がない。また次を掘り進めたが、反応はなかった。今度は位置をずらし手前を掘る。なければその横を掘る。なければまた手前を掘る。というように掘っていったが、石槨らしきものに当たる気配もなかった。さらにその下という可能性もあるが、手持ちの用具では限界である。
或いは、秘宝の量が膨大であれば石槨ではなく、大きな石材で囲む様な造りになるだろう。(後に鴻池は秦氏の研究をする中で、京都の嵐山近くの嵯峨野に秦氏の古墳群があり、その一つに石室で造られた大きな古墳の存在を知った。それは山の斜面をくり抜いた様なもので重厚な造りといえた。巨大な財力がなければ出来ぬ話である)その場合は盗掘を避ける為相当深く埋められていると予想される。その時片桐が、「裏は谷地になっていますね」と言った。
「やち?」 「ええ、盤座の裏は崖の下ですから、地下水の通り道になっているはずです。私の田舎は山の中ですから谷地だらけです」
「ああ、そうだね。伏流水となって、何処からか湧水として地上に現れ、あるいは溜まっていて井戸水となるものね。和歌山県は降水量の多いところだから、湿気の問題がある。ううん、そうなると崖の側面に埋蔵されている可能性が高いということか」
「はい、裏にあるならそう思います」
「そうなれば我々だけでも発掘は何とかなりそうだね」と、鴻池は思わず笑った。
「あれば、の話ですけれど」 「いかん、いかん、捕らぬ狸の皮算用は止めておこう」と言い、今度は二人して声を上げて笑った。
ひとまず、ここは秘伝書に書かれた通り、と結論づける事にした。念の為その状態や崖の様子も写真に撮り、掘った穴を元通りにした時は、夕刻になっていた。汗も相当掻いていた。
「さあ、早く帰って風呂で汗を流そう」 「ええ、そうしましょう」
すでに聖櫃は発掘している、がっかりする事はない。二人の足取りは軽かった。
帰り道、「鴻池さん。今夜、正代に報告していいですか?」と、片桐が照れくさそうに念を押してきた。
「無論です、田宮さんには私から知らせておきます。子供たちは大丈夫ですか?」 
「ありがとうございます。幸い二人とも私に懐いてくれていますから、きっと、明るい家庭にして見せます。もう、一人ぼっちの生活からお去らばをしたいですから」
鴻池は、律儀な男だと思い、孤独な生活に終止符を打ちたいのだと思った。私も里枝に自分の気持ちを示さなければならないな、と、逆に片桐に背中を押された気になった。
翌朝、鴻池が井戸で顔を洗っていると、それを待っていたかの様に正代が来て、「ありがとうございます」と言い、顔を赤らめた。 「いえ、彼は真面目な男です。幸せになってください」と言うと、片桐も外に出てきて黙って頭を下げた。そして二人仲良く野良仕事へと出かけて行った。
朝食はいつもの通り質素なものであったが、それでもおかずが二品ほど多かった。正代の精一杯の気持ちの表れであったが、喜んだのは事情の知らない洋子と一朗が、「今朝は御馳走だ」と言って食べた事である。その様子に微笑みながら、鴻池も美味い朝食を食べた。
診療所にアダムスを見舞うと、杖をつき室内を歩く訓練をしていた。
「やあ、もう歩けるようになったのか」 「ええ、渡邉先生も余程応急処置が良かったようだと、驚いていました」 闇の行者には古より伝わる医療技術の心得があるようだ。修業で山々を走り回っているから薬草の類であろうが、東洋医学も侮れないものである。
「明日の昼に迎えの者が来ますが、本国に帰ることになりました。その前に…」
「分かりました。神社まで行けるか?」 「ええ、行きます」
渡邉医師にその旨を告げると、「無理はいけないが、そうだ、作兵衛さんが本宮(熊野本宮大社の事)に荷物を運ぶと言っていたから、後ろに乗っけてもらいなさい」と、人の良さそうな童顔でやや太り気味の身体を揺すらせて言った。小一時間後、二人は暖かな陽射しの中を、荷馬車の後ろに乗り田舎道を揺られて行った。二人とも渡邉医師から借り受けた麦わら帽子をかぶっている。季節は初夏であるから、昼からは暑くなるのだ。奇妙な光景に映るようで、すれ違う人はみな振り向いた。
「のどかだなあ…」 「本当ですね、日本は美しい。ずっと憧れの国でした」
「ほう、そうですか」 「はい、清潔で皆さん思いやりがあり礼儀正しい。私の国を含め他国は違います。日本人の多くの方はそのことを分かっていないようです」
「だが、戦争を引き起こし、国土は破壊した。傷跡はあまりにも深いが」 
「いえ、世界中の国々もそうでした。日本は必ずや復興すると信じています」
「ううむ…」 「大丈夫ですよ、日本人は精神的に内面がしっかりしていますから」
思いがけないアダムスの言葉であった。以前、ゆっくりと酒を酌み交わしてみたいという思いが生じた事があったが、また復活した。
神社に着くと、アダムスは初老の作兵衛に厚くお礼を述べた。作兵衛は驚き照れ笑いを浮かべて、右手を自分の顔の手前で小さく振り、「なんも、なんも」と言いながら、荷馬車を出した。
「作兵衛さんにハグしたくなりました」 「ハグ?」
「親愛の情を示す為、お互いの身体を寄せ合い肩や背中を軽くたたき抱き合うことです」 此処に到って、鴻池はアダムスの日本人に対する強い思い入れを理解したのである。
富田宮司に断りを入れ、二人で裏の森に行った。そこだけ、茶色の土で剥き出した様になっている。だが、一年もすれば草木で分からなくなるであろう。
「ここに聖櫃が埋まっていた。そしてまた埋め戻した」 
聖櫃を発見していたという事に、アダムスは高揚し顔に赤みが差したが、埋め戻したという言葉に、「何故だ!」と強い拒否反応を見せた。
「今の世界情勢を見るに混沌としている。今発表すればどの様な不測の事態が起こるとも限らない。よって時期早々であるというのが、田宮さんや我々の下した結論です。アダムスもそれに従ってもらいたい。無論、発表会見の時はアダムスも立ち会ってもらう。決して、ないがしろにはしない」
「ううむ…」と、アダムスは唸り考え込んでしまった。
やがて、「この目で見たかった。天野たちがいなければ、見せてくれたのか?」と言った。
「いや、見せなかったと思う。アダムスが天野らを阻止しようとした行為があったからこそ、我々は話し合い、アダムスを受け入れることにしたのだ」
「だが、聖櫃やソロモンの秘宝は我々ユダヤの精神的主柱であり、我々の聖なる宝物だ」
「確かに、そうだろう。だが、発表したならば我々の手を離れ、国家間の問題になるであろう」
「ううむ…、そういわれればそうであるが」 「これを発見したのは我々である。もはや一方的にそちら側が取得することは困難だ。その時、アダムスがユダヤの為に平和裏に尽力したらどうか」
「ううっ…、やむを得ない。では、もう一つ聞く。ソロモンの秘宝は発見したのか」 
「いや、まだだ。だが、かなり信憑性の高い確率で、目星が付いている」 「盤座か?」
「多分、だがまだ断言はできない。その時こそ、協力してことに当たっては如何か」 
「……」 アダムス長い事、沈黙した。そして、「分かった。そのようにしょう」と、言った。
「うん、このことは時期が来るまで沈黙することを約束してくれ」 「承知した」
社務所に行き、宮司にアダムスとの話し合いが付いたことを言うと、「では、祝詞を」 「はい、お願いします」 「アダムス、あらためて神の前で誓い合おう。知っていると思うが、稲荷神社は元々イエス・キリストを祀ったものだ」 「知っている、では、神の前で誓いを」
足を負傷しているアダムスには椅子を、鴻池は床几に座り、富田宮司の祝詞を神妙な面持ちで受けた。 「かしこくもかしこくも…」 宮司の厳かな声が神殿に響き渡った。
診療所への帰りは宮司が手配してくれた別人の空の荷馬車に乗って行った。神社でアダムスに、明日診療所まで見送りに行くことを約束して別れた後、宮司に片桐と正代が一緒になる事を告げた。
「ほう、それは、それは、慶事ですな。正代親子のことは気にかけておりましたが、良かった、本当に良かった。結婚式は当神社で催さなければなりますまい。えーと、吉日はどうなっておるかな」と浮かれ調子で言うので、「式はまだ先になると思いますよ」と、笑いながら鴻池が自制を求めた。
その足で電報局にいき、[近日、一人で帰ります。片桐は正代さんと結婚。委細は後日]と打った。
敦賀に電話を掛けると、四日後、会社の貨物船の便で小樽行きがあるとの事だったので、予約をした。


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