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作品名:秘宝の行方 作者:じゅんしろう

第28回   28
「我らは闇の行者である。石墨官領の命により、千三百年の禁から解き放たれ、弘法大師様の縁によって馳せ参じた」と、錫杖を一度振った。それを合図に、他の行者たちが中に入って来て、皆を取り囲んだ。 「この場は我らが預かるゆえ、拳銃を渡されよ」 有無を言わせぬものがあった。惣佐衛門達は素直に聞き入れそれに従い渡した。だが、岩崎は違った。
「千載一遇の好機をむざむざと失ってたまるか!」と、叫ぶや拳銃を長者に向けた。武藤もこれを見て行者から拳銃を奪おうとした。天野も必死の形相になりナイフで身構えた。
「痴れ者が!」と、長者が一括すると、何処からか金剛杖が飛んできて岩崎の拳銃を叩き落とし、三人は忽ち捻じ伏せられたのである。素早く、螺緒(修行の時用いる用具)を解いて縛りつけた。
「田宮殿、鴻池殿、片桐殿、富田宮司殿。この者らは我らが預かる。此処での後のことは任せます。いうまでもないことですが、我らの存在は他言無用。気を失っている、この異国の御仁にも。よろしいかな」 急な出現の説明は一切なかったが、我々の事は知られており前々から監視されていたと、鴻池には全て理解していた。そして、四人全員の苗字を言った理由も分かっていた。個々への同意の確認である。四人は黙って頷き、誓った。
長者はそれを確認すると、手を挙げた。それが合図で、闇の行者達は天野らを引き連れ、素早く去って行った。後は夕暮れの静けさだけが残った。思いもかけない出来事であった。四人は呆然と立ち尽くし、我に返ったのはしばらく経ってからだった。四人は互いの顔を見合わせると、無言で頷きあい次にするべき事を相談した。
聖櫃の後始末は明日行うことにして、穴をシーツなどで覆い隠すと、鴻池と宮司はアダムスをリヤカーに乗せ、近くの診療所に連れて行く事にした。惣佐衛門達とは正代の家で落ち合うことにした。思いもかけない展開であったが、皆てきぱきと動いた。アダムスの足の怪我は深かったが、行者の応急の手当てが良かったのであろう、数日の入院で済みそうである。その時、鴻池は飯岡氏の出雲の国の話を思い出していた。自身でも調べてみると、出雲の神話に因幡の白兎というのがある。本当は稲羽の白兎と書く。因幡の国の話ではない。サメに傷つけられた兎を大国主命が助ける話である。要点は医学に長けた十支族の一つが日本に渡ってきたと考えてよいだろう。大昔から日本の医療にも影響を与えていたのではないだろうか、山伏が遥か昔から受けついている。そう考えると、ある意味畏敬のような思いを抱かざるを得なかった。診療所の医師はアダムスの事を訝しがったが、宮司の顔が効いているのか、深くは追及しなかった。農家に帰った時は、灯もとっぷりと暮れていた。家に入ろうとした時、中から笑い声が聞こえた。惣佐衛門が冗談を言って、座を和ませていたのだ。日頃の海千山千相手の宴会で経験を積んでいる、お手の物であった。鴻池の帰りを待って、三人で遅い夕食を摂った。皆、まるで何事も無かったように振る舞い、正代に不安を感じさせることは無い。ただ、惣佐衛門も泊まる事になり、その分、正代の世話が増えたが、持参した大量の海産物が効いているのか、上機嫌で動き回ってくれた。
その後、鴻池の部屋で三人、酒を飲むことになった。惣佐衛門は酒も持参していたのである。
「闇の行者とは恐れ入ったね」と、惣佐衛門が口を開いた。
「はい。やはり弘法大師と修験道の金峰山寺とは深い係わりがあったという証です。深山幽谷での荒行がおこなわれ修業するわけですから、たぶん、天野らは徹底的に精神を鍛え直されるでしょう。あるいは二度と娑婆には戻れないかもしれません」
「そうかもしれませんね、ある意味自分が所属していた海軍より規律は厳しいと考えられます。何しろ千三百年もの長い間の秘密の組織だったのですから」  「いや、それは役小角の期間からで、空海との係わりは千百年余りだろう。聞いた話では、懺悔懺悔、六根清浄といいながら山また山を歩き回るということだ」
「何か恐ろしくなりますね。それにしても空海と修験道の間には、どのような縁があったのでしょう?」 「多分、修験道には護摩供養など、密教と類似したものが多い。空海はそれらを授けたのではないだろうか。また、景教も詳しいから、兜巾はユダヤ・キリスト教のヒラクリティ(旧約聖書の文字が書かれている)に当たる。つまり、その他諸々修験道の骨格を作る手助けをしたのではないかと思う。それ故、縁と言う言葉を使ったのだろう」
「ある意味、影の教祖ともいえる存在なのだろうか。それで、空海が秘宝に異変があれば守ってもらうよう、金峰山寺に託したという訳か」
「そう思います。密かに千百年余の間、見守っていたのでしょう。その他、役小角から始まる金峰山寺にはいろいろ秘密があるのでしょう、それらを守る為、秘密の組織である闇の行者が存在した」
「ううむ、辻褄が合うな……」 「以前、盤座で感じた影のような気配とは、彼等だったのですね」
「そうだね、その時は私も田宮社長も気付かなかったが、片桐くんの嗅覚は凄いよ」
「いャ〜あ……」と片桐は頭を掻いたが、磐乃の亡霊と対峙した経験のある鴻池と惣佐衛門にとって、人間の嗅覚など五感や第六感とは何かと、その不思議さをあらためて考えさせられるものであった。
「ところで、どうして聖櫃とソロモンの秘宝を別々に埋めたのでしょう?」と、片桐は鴻池に向かって訊いた。 「そうだねえ、多分時期をみて日本国内でユダヤ・キリスト教を広めたいとの思いがあったかもしれないね。そこで掘り出しやすい神社の裏に埋めたとも考えられる」
「それに三柱鳥居の下ならば、いつでもお参りができるという訳だ」と、惣佐衛門が相槌をうった。
「ええ、しかしながらこの国の民は古代より神道を信仰しています。さらには仏教も浸透してきました。秦氏は放浪の民でもありますから、その長年の知恵から、異国の地でいらぬ摩擦を避けたのかもしれません」 「宗教間の争いの愚を嫌というほど見てきたということでしょうね」
「そうなのだよ、片桐君。宗教戦争ほど愚かなものは無い。その代り、神道に鳥居や神殿を設置させたりして影響を与え続けた方が得策と考えたのであろう」
「惣佐衛門さん、私も同感です。。秦氏はこの国を安住の地と定め暮らしていくうちに、この国の人々の生き方や精神を愛したのかもしれません。そこで積極的に神道に係り溶け込んでいったのではないでしょうか。結果として、聖櫃やソロモンの秘宝のことも忘却の彼方となってしまった」 「そう、そこへ我々が現れたという訳だ」と、惣佐衛門は二人を見回した。三人は期せずして同時に声を上げて笑った。男のロマンを共有した者だけが知る、震える様な感慨であった。
その後、後処理について夜遅くまで話し合った。
翌朝、三人は神社に行き宮司とも話し合った。聖櫃の存在は無論の事、闇の行者の存在も他言無用と、あらためて誓いあった。惣佐衛門は仕事の事もあり、その足で小樽に帰ったが、前回と違い自身も加わり秘宝を発見した事に、男子の本懐を成し遂げた意気揚々の後ろ姿であった。同時に、人生の節目において、ひとつの区切りの様なものを得た、と感じられた。
残った鴻池達が全ての作業を終えた後、撮ったフイルムを惣佐衛門に渡す手筈になっている。現像を依頼する写真館は惣佐衛門と長い付き合いで、秘密が漏れる心配は無いとの事だ。
昼過ぎから、木枠作りの作業に取り掛かり、穴の中に取り付けたのは夕刻近くであった。明日、土を埋め戻す。その前に、三人は聖櫃を確認するかのように今一度見ていた。
「今度見るときは何時になるでしょうね」 「さあ、日本国の主権が回復し、世の中が落ち着いた頃だろうが、何時に成ることやら」 「ひとつ分かっているのは、わしは見ることが出来ないということだ」と、宮司が言った。
「そんなことを仰らないで…」 「いや、鴻池さん。そのことは残念ではあるが断言できる。だが、聖櫃をこの目で見て、手に取ってもみた。それで十分じゃ、はっ、はっ、はっ」と楽しそうに笑った。
帰り支度が済むと、鴻池はアダムスを見舞うため診療所に向かい、片桐は農家へと帰って行った。
診療所は歩いて十五分ほどに在る。医師一人、看護婦一人の、病室も二つほどで小さい。そこに長身の米国人が担ぎ込まれたものだから、たちまち近所の評判になった。富田宮司は医師に対して、休暇で熊野古道を旅行して暴漢に襲われた、と言っておいた。この前まで敵国だった米国人に対して、悪感情を抱く者が居ても可笑しくはない。渡邉という名の医師は警察沙汰になるのを恐れたようだが、アダムスと名乗るこの人は不問に付す、と言ったと帳尻合わせの説明をしていた。
病室にはアダムス一人であった。起きていて鴻池が現われると、直ぐ天野達の事を質問してきた。
「彼らから拳銃を奪い、追い払った。もう現れることは無いだろう」 「本当か?信じられない」 
「信じる、信じないは別にして、もう二度と訊くな」と、強い調子で言った。
いつに無い鴻池の口調に驚いたアダムスであったが、「秘宝探索にはこのようなことは付き物ですね」と言い、それ以上は追及せず目を瞑った。秋月の事故の事を思い出しているな、と思ったが、闇の行者の件は知らないことに安堵した。それにしてもアダムスの配下の者は現れない。やはり、GHQ内部では孤立しているのではないか、と考えられた。 
そして目を開くと、「あそこには秘宝が有ったのですね」と、アダムスは鴻池の眼を見据えて言った。その事での偽りは通用しないぞ、というメッセージであった。
「その件については、アダムスが歩けるようになったら話をしよう」
「いや、歩ける」と言うや、起き出そうとしたが途端に、「ううッ」と苦痛で顔を歪めた。
「無理はするな。杖で歩けるようになったら、神社に行って話す」
「本当か?」 「本当だ」 また鴻池の眼を見据えたアダムスであったが、深く頷いた。
「GHQに連絡しないのか?」 「しなければならないが、単に怪我をした、といっておく」
「それで済むのか?」 「済む。盤座でおにぎりを貰った時、GHQの者がいるとのことだったが、本部に照会した折、該当者はいなかった。GHQの名を騙っているということで、調査をしてみるといっておいた。実際、襲われた。嘘はついていない」 「こういうのを日本では怪我の功名という」
「知っている。ふっ、ふっ、ふっ」 二人は何となく可笑しくなり、苦笑いをした。
翌朝から、穴の中に土を埋め戻す作業に入った。埋め戻し終わると、宮司があらためて祝詞を上げた。その間、鴻池は何時秘宝が日の目を見るであろうかと感慨に耽った。世間に公表出来た時、日本だけでなく世界中が騒然となる事は明らかである。その時期は何時になるであろうか。世界情勢を見ながらの話であるが、男にとってこれほどの夢物語はなく、心が膨らんだ。
機材置き場は神社内の納屋を借り受けた。ただ、公表の時期がいつになるか分からぬので、後々の混乱を避けるため所有者を田宮惣佐衛門として、はっきりさせておいた。
後は残務整理の様なものである。念のため、盤座に行き裏側を調査しようと考えていた。惣佐衛門が用意した長い穴掘り用具で何か所か掘ってみようという事になっていた。ソロモンの秘宝が聖櫃の様に石槨に納められているとしたら、そう深くない処で当たるはずである。それも一つや二つではないだろう。反応がなければ、盤座の下という事になる。駄目で元々、やってみる価値はあるのだ。
二日ほど、ゆっくりと休む事としたが、相変わらず片桐は正代の農作業を手伝っていた。
それとなく見ていると、まるで夫婦の様だった。多分、男女の関係になっているであろう、と容易に想像できた。そうなると、正代は決して片桐を手放すことはないであろう、片桐はどの様な決断を下すのか、或る意味興味が湧いた。そう思う鴻池にも里枝の事がある。自身も決めなければならないのだ。昔から納まる処に納まるものだ、という言葉が有るが、何となく可笑しくなった。


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