20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:秘宝の行方 作者:じゅんしろう

第27回   27
また、惣佐衛門達が穴の下に降りて行った。念のため宮司は見張り役である。
石板は縦横四十八センチで厚みは二十四センチであった。角は尖っていて、ずしりとした重さである。ヘブライ語で書かれている為、手に取って見入っている惣佐衛門には内容が分かるはずもない。ただ、三千年の歴史ある伝説の秘宝に対して、自然に高揚し恭しい気持ちになっただけである。それを片桐が写真に撮っていく。同様にマナの壺、アロンの杖と写真に撮る。鴻池、片桐も順番に次々と同じ様に写真を撮っていった。今度は鴻池が上に上がり、宮司と代わった。宮司は神職についている身分だからなのであろう、逐一何か短い祝詞を上げて写真に納まった。一通り済むと、また聖櫃に戻し、埋める作業をする手筈になっていた。この字型の木枠を作り、石槨の廻りに組み込む。そこでシートを覆い被せて土を投げ入れ、また覆い隠す。そうすれば、いずれ掘り返すとき作業が簡単であるからだ。その時、鴻池の眼に森の中に入ってくる数人の男の人影が入った。咄嗟に、「皆、急いで上がってきて!」と下に向かって叫んだ。
中から地表に出てきた惣佐衛門らと天野たちが対峙する形になった。
「天野、貴様よくも娘を拉致しようとして」と、惣佐衛門は怒りの声を上げ睨みつけた。
「何をいう、貴様こそ俺が持ち込んだ話を横取りしようとしやがって」
「天野さん、貴方の話は初心者程度の話でした。ここは剣山ではなく糸我稲荷神社です。それに秋月さんが亡くなられた時、遺骨の引き取りを拒否された。貴方はその時点で資格を失ったのですよ、お分かりか?」と、鴻池は諭すように穏やかに言った。 「黙れ、何をいうか。あの時、資金繰りの金を融通さえしてくれれば、こんなことにはならなかったのに。すべてを失った俺には利益を受け取る権利があるのだ」と睨み据えた。それはもはや逆恨みに狂い理性を失った獲物を狙う野獣の眼であった。
「わしは当神社の宮司である。今直ぐ敷地内から立ち去られよ」と、富田宮司は一歩進み出て言った。
「やかましい、お前もグルか!」と言うや、二人の男に目配せをした。男達は懐に忍ばせていた拳銃を取り出すや、惣佐衛門達に向かって身構えた。
「貴方がたGHQの者が、勝手なことをしていいのか?」と鴻池が問いただすと、「GHQ?そんなものは知らないね。俺達は元憲兵隊さ」と、男の一人が嘯きせせら笑った。どうやら、天野が何処かで知り合い、仲間に引き入れ組んだようだ。憲兵は軍隊内の警察である。機密事項を知りうる立場でもあり、一般兵士からも嫌われ、戦時中は拡大解釈から越権行為が多く国民からも嫌われた。この二人は戦後のどさくさに拳銃を隠し持った、元憲兵隊崩れなのだ。
穴の中を覗き込んだ天野が聖櫃を認めるや、「岩崎さん、武藤さん、有った、聖櫃だ!」と、思わず叫んだ。その声に二人の男達も、つい覗き込もうとした。その隙を逃す片桐ではない、一人に飛び掛かかった。同時に鴻池と惣佐衛門ももう一人に飛び掛かり、抑え込もうとして揉み合いになった。
 五人は激しく格闘した。惣佐衛門と鴻池の二人掛りの方は岩崎から拳銃を奪い、片桐も武藤の手から拳銃を解き離し、形勢が有利になった時だった。
「やい、この爺が如何なってもいいのか!」と天野が叫んだ。見ると、天野が宮司を羽交い絞めにし、その首にナイフを突きつけていたのである。
「岩崎、武藤たちを離せ。さもないと」と、天野は宮司の首を斬る仕草をし、威嚇した。
惣佐衛門達は怒りの眼で天野を睨んだが、如何とも仕方がない。三人が怯んだ隙に、岩崎と武藤が振り切り天野の方に駆け寄った。 
「さあ、拳銃を渡せ。爺が如何なってもいいのか!」と、岩崎が叫んだ。
「わしは如何なってもいい、拳銃を渡してはいかん!」と、 宮司も叫んだ。
「野郎!」 武藤が宮司の腹を殴った。 「うっ…」と、宮司の顔が苦痛で歪んだが、「彼らは獣だ。渡せば、君たちも殺される。絶対に渡すな」と、振り絞る様に言った。それをまた武藤が腹を強く殴ると、宮司はぐったりとなり肩を落とした。拳銃を渡さなければ、宮司が殺される。巻き添えにするわけにはいかない。だが渡せば、惣佐衛門達は殺される。いや、秘宝の事を知っている宮司も殺されるかもしれない。この事を知るものは全員生かしてはおかないだろうから、と鴻池は苦悩した。睨み合いが続いたが、「さあ、どうするのだよ」と、天野は相手が劣性になったとみて、たたみ掛け攻勢に出てきた。惣佐衛門達は絶体絶命の危機に陥った。その時であった。木陰から長身の男が飛び出し、素早く天野の頭に拳銃を突きつけた。アダムスであった。やはり何処かで見張っていたのだ。 
「天野!ナイフを捨てろ」と、岩崎、武藤を牽制しながら言った。 「ううう…」 「脅しではないぞ、お前の頭を打ちぬくぞ」 
その言葉に、元々小心者の天野は顔面蒼白になった。たちまち汗が噴き出、荒い息を吐くや、ついにナイフを捨て宮司を離した。
それを見て、片桐は素早く動き、崩れるように倒れた宮司を抱きかかえ惣佐衛の処へと連れ戻した。形勢逆転である。アダムスは天野ら三人を跪かせ、両手を頭の上に乗せる様に命じた。だが、岩崎、武藤は憲兵隊上がりの玄人である。この千載一遇の好機を逃せば、一生うだつの上がらない人生を送る事になる。ましてや、囚われの身となれば刑務所に送られるのは免れない。必死であった。岩崎が武藤に目配せした。武藤はその意図を察知し、跪くと見せかけ前に倒れた。一瞬、アダムスがそれに気を取られた隙に、岩崎が服に忍ばせていたナイフを取るやアダムスの足に深く突き刺した。
「あっ」と声を上げ崩れかけたアダムスから拳銃を取り上げ、頭に突きつけたのだ。あっという間の出来事で、再度形勢逆転である。アダムスのズボンは見る間に血で染まり、苦渋で顔を歪めた。
「さあ、拳銃を渡せ」と、天野が勝ち誇ったように言った。
だが、再度形勢逆転とは言えないのである。何故なら、天野達に拳銃を突きつけた意図は分からぬが、元々アダムスは敵対する人物だからだ。
「天野、お前は勘違いしていないか。アダムスはお前の雇い主ではなかったのか」 
惣佐衛門は娘の久子が拉致されそうになった怒りがある。アダムスが関与していた可能性も有ると疑ってもいたのだ。従って、アダムスに対しては突き放した思いがあった。
「うっ…。いや、こいつは俺を情け容赦なく切った。もう関係ない」 
「此方も同様だ。だが、GHQの高官を殺したら、唯では済まんぞ」
その言葉に岩崎、武藤も焦りの表情になった。打ち合えば、相手を殺すことが出来ても、此方も死ぬかもしれないのだ。それでは元も子もない。事が都合よく運んだとしても、GHQの高官を殺してしまえば、日本国中徹底的に追われ、逃げおおせるものではない。ここは取り敢えず、この場を丸く収めて、後で何とでもしてやろう、と考えた。 「どうだろう、取引をしないか。金に換えたら、我々だけで山分けといこうじゃないか」と、岩崎は狡猾に言った。
鴻池はそれを見て、いやな顔だと思った。絶対に取引をしてはならない、と嫌悪感を覚えた。
この間の盤座でのアダムスとのやり取りで、微妙な変化が生じていた。アダムスとは財宝の奪い合いではなく、文化的精神的な立ち位置の争いなのだと。どの様な結果になるか分からぬが、できれば双方が満足できる手立てはないものであろうかと、模索し始めていたのである。ただ、当人はその思いをはっきりと気付いているわけではない。今はアダムスの怪我の具合が気がかりなだけだ。
惣佐衛門が岩崎の提案にどう返答するのか、と思っていたら、「断る。取引をする気は全くない」と、きっぱりと言い切った。この手の相手の危険性は企業経営の経験で十分承知していた。 
「野郎…」と岩崎は唸り、双方の睨み合いの膠着状態が続いた。その間、アダムスは痛みで額に脂汗を浮かべ、滴り落ちた。ついには身体が崩れ落ちた。意識を失った様だ。
陽に力が無くなり、森に影が生じだした時であった。
何処からか、呪文の様な声が聞こえてきた。初めは遠く微かなものであったが、だんだん近づくにつれ男達の合唱が大きく響き渡ってきた。皆、何故か呆然と聞き入っていた。 
「オン・キリキリ・ハラハラ・フダラン・バッソワカ・オン・バザラ・トシャカク」の詠唱の後、
「臨・兵・闘・者・皆・陳・烈・在・前(行者の九字護身法で邪気を払う)」と、繰り返し続く。
森の側でぴたりと止んだ。その時、惣佐衛門達と天野達は初めて我に返り、外に目を向けた。
森の周囲は大勢の行者によって囲まれていたのである。ただ、不思議な事に法衣は黒であったし、反対に兜巾は白かった。顔の口元は黒い巾で覆い隠し、見えるのは眼のみである。通常の行者の衣装とは異なり、多くの色彩が正反対と言えた。
その中から数名の行者が近づいてきた。その内の一人が素早く、気を失っているアダムスの手当てをおこなった。その中で長者と思しき男が厳かに言った。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 5976