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作品名:秘宝の行方 作者:じゅんしろう

第26回   26
「収穫は有りましたか?」 「いや、とてもとても。アマチュアの悲しさで、分からないことだらけ」と言い、わざと欧米人の様に、首を竦め左右の手を小さく広げる真似をして見せた。アダムスのさり気ない問いは、境内か盤座か、どちらにも取れるような巧みな言い回しである。無論、考古学調査などという言葉は信じている筈もない、迂闊には乗れないのだ。思った通り、境内の作業の進捗状況は分からないようだ。あるいは手足となる人数も少なくなっているのかもしれない。
「そうそう、ついこの間、貴方のことを聞いてきた人がいましたよ。GHQの者だ、といっていたな。心当たりがありますか?」 
「さあ、誰だろう。本部に問い合わせてみなければ分かりません」と、気にも留めない風に答えたアダムスであったが、一瞬眉を顰めたのを見逃す鴻池ではない。いよいよアダムスも苦しい状況に陥っている、と推察した。それだけに、追い詰められたアダムスが何を仕掛けてくるか分からない。用心して無用な軋轢は避けるのが得策だ、と鴻池は考えた。
「アダムスさん、昼食は?」  「いや、まだです」
「日本のおにぎりを食べたことがありますか?」  「はい、よく食べますよ。好きです」
「ならば、私が握ったものですが、どうですか?」と一個差し出すと、意外にも素直に受け取り、側に座り込み食べだしたのである。もぐもぐと口を動かしていたが、「美味い!」と言った。
「表面を塩でまぶしてあるだけです」 「いえ、日本の食物はシンプルなものほど美味しい。うどん、蕎麦、大好きです」と言い人懐こい笑顔を見せた。 「日本とユダヤだけが水と塩で禊をします。その他色々とお互い共通なものを持ち合わせている様ですな。多分、これらはユダヤ民族の末裔である秦氏から伝わったものでしょう」と言うと、鴻池の以外な言葉に感じたものがあるのであろう、黙って残りを食べだした。鴻池は思った。今、二人は三千年という悠久の時を経て、秘宝発掘の対決をしている。面白い事に、いまや単なる黄金や宝石取得の争いではなく、すでに文化的精神的な争いになっている事だ。先の大戦で多くの日本人が死傷し、多くの文物を失った。人々の生活も困窮したが、それでもなお精神的な拠り所を求め活路を得ようとしている。人間の本質とは何か、という東西の洋を超えた不思議な感覚を覚えた。そこへ片桐が息せき切って駆け上がってきた。アダムスが視界に入るや、怒りの表情に変わった。アダムスは立ち上がると、鴻池に一礼して立ち去って行った。追いかけようとする片桐を制し、「我々も帰りましょう」と言って歩き出した。アダムスは上の道を鴻池たちは下の道を行き、互いに視界から消えた辺りで、片桐は罰が悪そうに、「洋子ちゃんから聞いて、慌てて来ました。すいません」 「気にしなくても良いのです、休日ですから」 片桐は頭を掻きながら、「アダムスは何かいってきましたか?」と訊いた。
「単なる様子見でした。ただ、内心焦れているようで、GHQ内でも浮きつつあるようです」
五日後の朝、惣佐衛門がトラックに機具等を満載して農家にやって来た。太平洋航路の大阪行きの便を利用したとの事だ。二人が宿泊で世話になっているお礼として、大量の海産物を持って来てくれてもいた。物不足の今日、これほど喜ばれるものはない。正代は恐縮し、何度も惣佐衛門にお礼を言った。神社にも同様の物を寄進すると、近くに居を構えている宮司の奥さんが飛んできて、同様にお礼を言う。北海道の昆布等は貴重品なのだ。奥さんが両手一杯に抱き抱えながら引き揚げ、トラックの運転手を帰すと、初めて裏の敷地に入って行った。四人の他は見せられないのだ。シート類を取り除き、大きな石槨が露わになると惣佐衛門は思わず息を呑み、唸った。この周辺は木々が少なく、差し込んでくる陽の光で、土中でも存外明るくよく見えるのだ。 
「計算上は聖櫃が丁度納められる寸法です」 鴻池の囁くような説明に黙って頷いた。
宮司を見張りの為に地上に残し、三人は梯子を降り下り石槨の横に立った。長さ二メーター八十センチ、幅と高さは一メーター二十センチという大きさである。
「想像していたより大きいものだね。石槨を造るだけでも相当なものだな」と、惣佐衛門は誰に言うでもなく呟いた。いよいよ蓋を取り外す作業の準備に取り掛かった。
まず穴の両横に三角上の木枠を組み立てる。その上部中央に滑車を取り付け太いロープを下ろし、石槨の蓋を外そうというのである。簡単に言えば、規模の大きい井戸の水汲みの応用である。世界的な財産である故、慎重を期し一ヶ所といえども破損させてはならない。中を確認したらまた蓋をして、適切な時期に発表会見をおこなう、との手筈に取り決めていた。今発表すれば力関係から、GHQや欧米諸国側に横取りされてしまう、というのが四人で出した結論であった。ただ、証拠として写真を撮っておかなければならない。片桐の役目であり、その段階の都度シャッターを切る。その取り付け作業を終えたのは昼過ぎであった。季節は初夏である為、三人は全身汗を描いていた。一旦神社の井戸で汗を流した後、現場に戻りそこで虫対策用に何か所かに蚊取り線香等を燻して、握り飯の遅い昼食を摂った。いつ何時不審者が現われかねず、油断は出来ないのだ。
いよいよ蓋を取り外す作業に入った。蓋の下の線に沿って丁寧に大型のナイフを入れていく。千年以上経っているからそれだけでひと手間だ。直ぐ汗が噴き出てくる。だが、三人は無言でその作業に没頭した。熱中した、と言ってもいい。それを終えると、横片側の蓋にシノを入れこじ開けた。そこに棒を通して隙間をつくり、ロープを渡す。反対側にも同様の作業をする。そして、蓋を引き揚げに掛かった。二人掛でロープを引き上げ、もう一人は蓋を側面に降ろしていく。遂に蓋を取り除き、内部が見えた。三人は中を見ると同様に、ごくりと喉を鳴らした。
それは、中央部分は麻布で覆われ、両横にはそれぞれ二本の棒状の様な物が、麻でぐるぐると巻かれていた。正しく聖櫃の形状その物であった。鴻池は惣佐衛門に世紀の大発見の栄誉を譲った。促された惣佐衛門は緊張し、微かに震える手で中央部分の麻布を捲ると、また一枚の麻布が現われた。それを捲り去ると上部に羽を広げて向かい合っている金色の天使が現われた。ケルビムの天使であった。風雨に侵されていない為であろう、側面が彫刻で施されている聖櫃は眩い金色で光り輝いていた。さらに棒に巻かれてある麻布を取り除くと、金色の棒が現われた。聖櫃はアカシア材で作られ、すべて金箔が施されている。此処に聖櫃の全容が白日の下に晒されたのである。三人はしばらくの間、声もなく見続けていた。永い間、世界中の探検家が競い合うようにして秘宝を追い求め続けて来たのである。それを惣佐衛門らが先んじて発見した。この上ない男子の本懐である。
我に返った鴻池が、ややかすれ声で片桐に写真を撮る様に命じた。事前に段取りを決めていたのであるが、それを忘れさせるほど圧倒的な聖櫃の存在感であった。写真を撮り終えると、いよいよ聖櫃の蓋を取り外す作業に入る。惣佐衛門と鴻池の二人掛りで慎重に蓋を持ち上げ、脇に置く。三人で中を覗いた。そこには二枚の石板と金の壺、杖が収納されていた。それぞれ、モーゼの十戒、マナの壺、アロンの杖と称されるものである。三千年の伝説の秘宝であった。
三人の男は再び何も言わず息を呑むようにして見続けた。
やがて、「手に取ってみますか?」と、鴻池は惣佐衛門に勧めた。 
「いや、手足も少し汚れているし、汗も掻いている。敬意を表して、身体を清めてからにしよう」
「そうですね。片桐くん、写真を」 「あ、はい」 片桐が写真を撮り終えるまで、また二人は黙って聖櫃を見続けていた。思えば一年近く前、天野社長の話から始まった事である。その間に秋月が亡くなり、天野は行方知れず。久子も禍に巻き込まれる寸前の処であった。秘宝とはそのような魔力を持っているものなのである。二人の胸中にはそれぞれ去来するものがあった。
三人が梯子を上り地上に出ると、固唾をのんで見ていた宮司が、「聖櫃ですか?」と確認するように訊いてきた。 「はい、そうです。田宮社長が身体を清めようと仰いますので、禊をしてから再度、見ようということになりまして」 「ああ、それは宜しいですね。その後私も見てよろしいですか」 「勿論です!」 一旦シーツで覆い隠した後、四人は社務所に向かった。井戸で汗にまみれた身体を洗い、丁寧に拭った。その後、宮司により神殿でお祓いを受け、身を清めた。その間、皆沈黙し、宮司の祝詞の声だけが神殿に響き渡った。厳かな気持で、また発掘現場に向かった。
それを離れた木陰から見張っている三人の男達がいた。その内の二人は一週間ほど前鴻池に、GHQの者だ、と名乗った男達である。もう一人は、あの天野であった。その表情からは以前は僅かに残っていた善人の面影はすでに無く、鋭い険悪な眼光で惣佐衛門達を見据えていた。


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