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作品名:秘宝の行方 作者:じゅんしろう

第25回   25
「好事家に依頼されて古代の地質調査に来ました。もっとも素人の範疇ですが」
「田宮惣佐衛門氏ですな」 「はい、よくご存じで。一体どのような要件でしょうか?」と、わざと不安げな表情を浮かべて訊いた。「いや、その、なんです。最近アダムス部長と連絡が取れない時があるものですから、どうなっているのかと調査をするようにと上から命令を受けまして。まあ、如何ということも無いと思いますが、まだ、社会状況も不安定ですし…」と、しどろもどろになった。
アダムスの本当の目的も上の方から知らされてはいないようだった。単に状況を調べていくうちに、鴻池らの名前が上がってきたに過ぎないようだ。GHQの手先になったこの下の者たちは、威圧的な態度で聞き出そうとしただけの様だ。戦前は特高(特別警察の事で政治警察)出身だったかも知れない、と思った。二人から解放された鴻池は、GHQの上の者がアダムスの動きに対して不安を感じているのではないかと考えた。この時期日本では戦後の政治的混乱に加え、景気低迷や多発する労働争議、有力者の不審死等があり、国際間では米ソの東西冷戦、と混乱していた。万が一、日本で国家予算の約十倍の価値があると言われている秘宝が発見された場合、国家間の争奪戦になるかも知れず、社会的に時期尚早と考えても可笑しくはない。だが、アダムスは違う。ユダヤの文化的シンボルを一刻も早く手に入れたいのだ。そして、惣佐衛門たちは身勝手な戦勝国に一泡吹かせたいのである。もう、お互い後には引けないのだ。
帰った時はすでに夕刻近くになっていた。片桐と正代はまだ帰ってはいなかった。洋子が一朗と風呂を沸かそうとしていたので、鴻池が遠慮をする洋子に代わって一朗をあやしながら火を起こした。もし結婚していたなら、一朗は孫の年に近い年齢だ。何となく切なくなり、煙に燻されているのか泣いているのか分からなくなった。焚き上がった時、二人が夫婦の様に仲良く帰ってきた。
「鴻池さん、風呂を沸かしてくれたのですか、洋子ちゃんは?」
「夕食の支度でしょう。久しぶりにやってみたくなり、変わってもらったのです」
「すみませんです」 「いえ、一朗ちゃんと一緒で楽しかったです」
「一朗、良かったね」 「うん」
「さあ、片桐くんが先に入って」 「いえ、鴻池さんが先に」
「いや、君の方が汗をかいているだろうから」と、何気ない言葉に正代が顔を幾分染めた。
片桐も少し罰が悪そうに、「ではお言葉に甘えて」と風呂場に向かった。その二人の様子に察しが付いたが、何も言わない鴻池であった。
その夜、二人の男の事を話すと、「アダムスは何処に行ったのでしよう。そして、GHQから横槍が入るのでしょうか?」
「さあ、それは分からん。アダムスは転んでも只では起きない男だ。どのような手を使ってでも我々を見張っているだろう。どうやら、大詰めに入ったことだけははっきりとした。どう決着するか、心して掛かればならない」 「ええ…」と、片桐は少々思案気に頷いた。
翌日から、穴の拡張作業に取り掛かった。掘り進んだ穴が崩れないように、板を張り付けていく。慎重を期した為、作業を終えるのに数日間を要した。帰ってみると、惣佐衛門から電報が届いていた。
世紀の発見に自分も立ち会いたいという内容である。道具ともども六日後到着予定で、それまで休息してくれとのことだった。二人は身体を休める事にした。ただ、片桐が休むかどうかは分からない。
翌朝、鴻池は寝坊してゆっくりと起きた。しかし、案の定、片桐は正代と野良仕事に行っていた。
来年、洋子は小学生である。学校に行っている間、一朗の世話をする者がいないのである。農家は働き手の男手が必要だ。そこへ片桐が現われた。初めは遠慮していた正代だったが、今では明らかに頼っていた。片桐が居なくなっては困るのだ。鴻池は里枝の顔を思い浮かべ、正代は色仕掛けを持ってしても離そうとはしないであろう、と思った。ましてや、お互い憎からず思っている間柄である。秘宝発掘が成された後、片桐自身がこの地に留まる事を望むのではないのか、との予感を覚えた。
翌日も片桐は正代と一緒に野良仕事に出かけた。そこにはすでに鴻池への遠慮はなかった。鴻池も好きにさせた。二人は出逢って日が浅いが男女の仲は分からない。里枝との長さを比べると、羨望さえ覚えるほどだ。その間、一人で盤座を見に行くことにした。秘伝書に書かれてある通り、秘宝が磐の下なのか、それともその後ろなのか、手掛かりを掴めないものかと考えたからである。もしもの事を考え、洋子に行き先を告げ、さらに自分でおにぎりを作った。探偵稼業において、握り飯持参で張り込みをする事がある。おにぎり作りにはこだわりがあり、美味いと自負していた。
蜜柑畑には農作業をする、人影がちらほら見えた。盤座の前に立つとあらためて大きな岩石だと思った。どの位の重量になるのか見当もつかない、というのが率直なところだ。文言通りだとしたら、空海はどの様にして移動させたのであろうか。ふと、金峰山寺の開祖と言われている役小角ならば、摩訶不思議な驚異的な法力を持って動かしたであろう、と思った。が、それは荒唐無稽な話である、苦笑いをするよりない。裏手に回ってみた。存外草木は少ない。だが、宮司が語った処によれば、定期的に手入れをしている由縁の様だ。神社の様に、石槨が埋められている為かどうかの判断はつかない。ただ一つ言える事は盤座を動かし、秘宝を埋めて、また盤座を元に戻す、という事はないだろう。やはり、秘宝を埋めた後に盤座を移動して蓋をするというのが自然である。後方左手の崖の形状がほぼ一致するからだ。埋蔵した時点では、秦氏の族長やレビ族の極限られた者だけで秘密裏に作業をしたものと考えられる。盤座の移動には多数の人夫が動員されただろうが、単に動かす命令をされただけで、内容を知らされていない筈である。だが、どうやって動かしたのか、大いなる難題だ。山岳信仰において、大きな岩石は信仰の対象、或いは霊場として全国各地に分布している。だがそれらは移動させようとすれば何とかなる規模の物だ。しかし、糸我稲荷神社の盤座は巨石である。通常移動させるのは無理と考えられる。人知を超えた手段でもあれば別だが、とひとりごちた。
だいぶ腹が空いて来たので表に出て握り飯を頬張る事にした。盤座を横切ろうとした時、岩の割れ目に供物として稲荷寿司が置かれていた。その割れ目を見た瞬間、閃くものがあった。
一枚岩と思っていたが、何枚かに分割されていた物を組み合わせ、土などで塗り固めた物かもしれない。その分軽い訳だから可能ではないのかと思ったのである。千百年以上の時を過ぎている、誰もが一枚岩と思っても不思議ではない。やはり羽倉家に伝わっている秘伝書は正しかったのだ。負傷した時に夢うつつで示唆してくれた磐乃の言葉は真実だったのだ。いや、この私に嘘偽りをつく筈はない、と、何故か一体感を覚え嬉しさに心が満たされた鴻池であった。
盤座を眺めながら握り飯を食べた。この下に千年以上の時を経て、ソロモンの秘宝が眠っているのである。色々な文献を調べていくうちに、今では空海こそが稲荷神社をキリストから五穀豊穣の神へと変質させた張本人である、と信じて疑わない鴻池であった。何故なら、いなりの元々の字は伊奈利と書かれていた。稲荷の漢字を用いたのは空海だからだ。合理的な思考の持ち主である空海にとって、大日如来とヤハウェイという二つの絶対的な存在が在っては困るのである。従って、この国からイエス・キリストを巧妙に抹殺した。ただ、支援してくれた秦氏に対して負い目が残った。その為、秦氏の依頼は是が非でも成し遂げねば成らなかったのだ。この巨大な盤座にはそのような経緯がある。
想えば、ユダヤの地から気の遠くなるような距離と三千年を超える時を経ている。悠久とはこの事だと思った。ユダヤから極東の島国に辿り着いた、運命のいたずら不思議さであり、自然と厳かな気持になった。と、突然後ろから声を掛けてきた者がいた。アダムスであった。
「鴻池さん、この前は如何も」 やや強ばった顔立ちで、ぎこちない挨拶である。やはり誰かを使って何処からか見張っていたのであろうか。ただ、現れたのは彼一人だけであった。いよいよGHQ内で孤立し、持ち駒も限られた様だと鴻池はにらんだ。
「やあ、アダムス」と、鴻池は何時ものひょうひょうとした態度で答えた。
あんに反して、天野の事を咎め追及せぬばかりか、表情を変えぬ鴻池に肩透かしをくったのか、ほっとした様子で近づいてきた。
「今度は盤座を調査しているのですか」 「考古学調査ね。此処は古来より霊場ですから」
アダムスの言葉から当然神社の作業も承知していることを確信した。ただ、発掘現場はテント等で覆って中は見えないようにしてある。宮司も庭掃除等を装ったりして境内を間接的に見張ってくれていた。アダムスが内心じりじりしている事であろう、と手に取るように分かる。


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