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作品名:秘宝の行方 作者:じゅんしろう

第24回   24
二人は万全を期して少しずつ掘り進めていった。特別な土層を見逃してはならないのだ。
薄皮を剥ぐ様に土を取り除いていった。一層、二層、三層と根気よく掘り進む。さらに作業を続けていったが、そのような兆候は表れない。休憩して、井戸で汗を拭おうという事になった。
森を抜けた時だった。陽の光が二人を照らした。鴻池は何気なく林の中を見返えすと、幾筋の木漏れ日が木々を照らしていた。美しい光景だ、と思った時、何かおぼろげながら人の影の様な気配を感じた。目を凝らして見ると、その辺りが薄らとゆらゆらと光立っているかの様だった。思わず片桐の腕を掴み、そこを指差した。
あっ、と片桐が声を出した。二人はおもわず駆け寄った。だが、そこは何の変哲もない燻った地表でしかなかった。
すぐに、磐乃が教えようとしているのだと、鴻池が悟った。
「片桐くん、私の指示した通り動いてください」  「はい、どのように?」
鴻池は幾本かの棒を片桐に与え、自身は林を出て、外から中を窺った。その辺りは矢張り薄ぼんやりとであるが光の様な物が発せられていた。そこで、鴻池は指示して光が浮かび上がる端端に棒を打ち込ませた。
林の中に戻り測ってみると、縦約一メートル、横三メートル程あった。聖櫃を納めたであろう石槨の大きさに符合した。 「この下だ!」  片桐は鴻池の言葉の意味をすぐ理解した。
二人はあふれ出てくる汗も忘れて夢中になって掘り進んだ。どの位掘ったであろうか、ふと気が付くと背丈を超えていた。
下からの光が沸き立つ様に強さが増していった。もう直ぐだ、という直感が働いた。果たして、スコップに、ガチッ、という感触があった。二人は思わず顔を見合わせ、今度は慎重に土を取り除いていった。そしてついに、石槨の上部が姿を表わしたのである。想像していた通りの大きさだった。
だが、このままの状態では狭すぎて石の蓋は開けられない。回りの土を取り除く必要がある。一度、諸々の準備のため地上に出る事にした。見上げてみると、夕刻はとっくに過ぎている様だ。一人では地表に出ることは出来ないので、下から支えるなどしてようやく外に出ることが出来た。社務所に行くと、宮司が心配そうに、「遅いのでこれから行こうと思っていました」と言った。
「宮司さん、石槨を発見しました!」 「おお、それは上々!」
「まず、一度見てください」 「ええ、是非」
三人で林の中に行くと、随分と暗くなってはいたが、まるで石槨が光を放つ様にはっきりと見えた。
宮司は思わず手を合わせ、礼拝の祝詞を発したのである。
小一時間後、二人は昂ぶる気持ちを抑えるように、暗いあぜ道を農家に向かって歩いていた。足元は神社で借りた提灯が照らしている。
あの後、穴に木の棒を幾本か掛け、シートで塞いだ。梯子など明日以降の作業の準備の打ち合わせをした。ただ引き揚げ作業については、丹念に計画を立て慎重を期する必要がある。慰労も兼ねて午前中は作業を行わず、午後から更に念入りに打ち合わせをする事にした。
鴻池にとって、あの時の人の気配は明らかに磐乃だとの思いがあった。だからこそ、こうも早々と石槨を発見できたのだ。時空を超えた目に見えない何らかの力が働いていると思い、磐乃との繋がりを感じ、充実感で溢れていた。
農家に着くと、正代が心配顔で、「随分と遅かったですね、何かあったのですか?」と、片桐の方を見ながら言った。風呂上りなのであろう、存外色白で綺麗な肌をしていた。
「いや、ただ作業が手間取っただけです、何にもありません。明日、午前中作業は休みです」
「そうですか、それなら安心しました。お風呂沸いています。味噌汁温めなおしますね」と、正代は片桐をちらりと見ながら、二人の間だけに通じる言い方をして、食堂に行ってしまった。
風呂で汗を流し夕食を終えた後、「前祝に酒を飲みたいね」と言うと、「ちょっと聞いてきます」と、片桐は正代の処へ行った。直ぐに小さな甕を抱えて帰って来た。正代の自家製の濁酒だと言う。鴻池はその気安い物言いに、二人の仲は急速に進んでいるらしい、と感じたが黙っていた。
「乾杯」と音頭をとって呑んだが、甘みの中にほのかな酸味もあり美味い濁酒だった。聖櫃の発見を目の前にして、高揚感もあり腸に浸み込んだ。二人同時に、くわーっ、と声を上げ笑いあった。
世紀の大発見も後わずかである。男子の本懐なのだ。このような時こそ、男に生まれて良かった、と思う事はないだろう。そこへ正代が酒のあてに、漬物を持って現れた。鴻池が、「奥さんもどうです」と誘っても、「いえ、私は」と遠慮したが、片桐が誘うと、「そぉう、じゃ、少しだけ」と、艶っぽく言い、あっさり承諾したのである。お互い憎からず、か、と確信したが冷やかす様な鴻池ではない。女性を交えての祝宴は賑やかなものになったが、神社での事は秘中の秘であり、うっかり口を滑らすような二人ではなかった。
翌朝は疲れから遅めに起きた鴻池だったが、やはり筋肉痛で身体に堪えた。井戸で顔を洗っていると、洋子が朝の挨拶をしてきたので、「片桐のおじさんは?」と訊くと、「母ちゃんと畑に行った」と言う。やはり歳の差だな、と思ったが、ひょっとすれば二人は成るようになるかも知らんな、という予感が働いた。世紀の大発見と伴侶を得るのと、どちらが重要だろうかと比較し、可笑しかった。万葉集の山上憶良の歌に、銀も金も玉も何せむに勝れる宝子に及かめやも、という有名な歌がある。彼の無欲な本質を知るようで、好感を持った。
遅い朝食を済ませた後、報告の為電報を打ちに行った。惣佐衛門の羨ましさと嬉しさが混じりあった顔が目に浮かぶようだった。この時、ついアダムスの事を忘れた。
午後、二人は神社に向かったが、途中から刺す様な鋭い視線を送ってくる者がいた。
「誰か我々の後を付けているようです」 「ああ、私も感じている。アダムスではなさそうだね」
「そう思います。アダムスの手の者にしては気配がきつすぎるようです」
「誰の手の者だろう?」 「以前感じた不思議な気配ではありませんから、別な者のでしょう」
「そうなると、第三の者かね。また新たに厄介な者の出現ということか」
「魑魅魍魎の世界に入り込んでいますからね。やれやれといった処ですね」 
「そういうことだ。まあ、来るなら来い、だ。ふっ、ふっ、ふっ」
二人はいつの間にか、ある意味度胸が据わり、気付かぬ風を装い歩いて行った。
神社に着き、宮司にその事を訪ねると、誰も来ず、不審な者も見かけてはいないと言った。やはり新手の別な組織の者のようだ。
宮司と一緒に作業方法についてあらためて練った。石槨を掘り出し地上に引き上げる為には、穴を広げ、引き上げる足場や道具が必要である。梯子などの調達は問題ない。だが、引き上げる為の道具類はこの近辺で手に入りそうもない事が分かった。そうなると惣佐衛門に用意してもらうしかなかった。これまでの作業の様子を片桐に写真を撮ってもらっている。近辺の人に知られぬ様、そのフイルムごと送らねばならない。急ぎ経過の手紙を出し、それが届くまで穴の拡張作業だけをする事とした。ただ、簡単な図面と写真、手紙を出すことが火急の事なので、その日は作業を中止し、新たに監視している組織が不明である故、逆に様子を探りながら帰路についた。やはり威嚇するような露骨な視線を送ってきた。諜報に長けた者ではないようだが、その必要がない者たちかもしれない。
「もしかすると、アダムスとは違うGHQ内の組織の者かもしれませんね」
「あり得るね。アダムスはやり過ぎて、内部の監視対象に成っている、といった処かな。我々を監視しているというよりも、間接的にアダムスを見張っているのかもしれない」
「そうなりますと、私たちにとっては好都合ですね」
「あるいは強引に仕掛けてくるかもしれない、黙って引き下がるような男ではないだろうから」
「どのみち用心することに越したことはありませんが」 「そういうことだ」
帰ってくると、鴻池は簡単な作業図付きの手紙を書き始め、片桐は野良仕事を手伝いに出かけて行った。手紙を書きあげ、速達便で小包を出した郵便局からの帰り道での事だった。
物陰から二人の中年の男たちが現われ、往く手を塞ぐように阻んだ。
「貴方は鴻池さんですね、我々はGHQの者です」 雇われた日本人の様だが威光を笠に高圧的な物言いである。鴻池は内心、むっ、ときたが、名前を知っていることに、だいぶ調べているようなだ、と思い様子を探るべく下手に出た。
「どのような御用件でしょうか」 「アダムス部長を御存じですな」
「はい、親しくしてもらっています」 「此方で落ち合うことになっていますか」
「いえ、何も。アダムスさんがどうかなさったのですか」
「いや、特にどうという訳ではないが…。此方へは何をしに来たのです」 鴻池があっさりと認めたので男は拍子抜けしたように話を逸らした。


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