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作品名:秘宝の行方 作者:じゅんしろう

第22回   22
翌朝、惣佐衛門は後ろ髪を引かれる思いで宿を後にした。見送った鴻池たちは、幾分寂しげなその後姿を見て、男子の生き方とは金では測れぬものであると、あらためて思ったのである。
約束の時間に合わせて神社に向かったが、途中、「誰かが物陰に隠れて我々を見張っているようです。気付かぬ振りをしてください」と、片桐が囁いた。鴻池も心中緊張が走ったが、長い探偵稼業で心得は身に着けている。前を向きながら、穏やかに、「昨日と同じ?」と訊いた。
「いえ、違うようです。昨日は不思議な気配を感じましたが、今は明らかに人間臭さを感じます」
「ほう、人間臭さね…」かつて磐乃の亡霊と対峙した経験を持つ鴻池は、その意味を理解出来た。同時に、片桐のその嗅覚・能力に舌を巻いた。
昨日の正体は分からないが、人間臭さならばアダムスの手の者であろうと見当が付く。
「富田宮司の身に何か起きなければ良いのですが」
「それは大丈夫だろう。神社は聖域ですから、迂闊なことをすれば日本国中を敵に回すことになる。進駐軍の政策に反故が生じては拙いでしょう。第一、稲荷神社は元々、イエス・キリストを祀ったものであると、アダムスは承知している。それを冒涜するような真似は絶対に出来ない筈だ」
「そうですね、安心しました」
「ま、このまま行きましょう。こうなったらじたばたしてもしょうがない」と言ってはみたが、この世に絶対というものが有るのだろうか、という一抹の不安も生じた。秘宝の発掘獲得は悪魔に魂を売りかねない恐れさえも考えられるのだ。永い年月、人々は秘宝発掘に魅入られ続けてきたのである。人間はその場に立ったらどう変わり動くか、何が起こるか分からないのだ。
二人は刻限に神社に着いた。しかし、すぐ脇に黒塗りの高級車が停まっていた。
鴻池は舌を打ちたい気持ちになった。アダムス以外考えられないからである。やはり手を緩めることなく網を張り巡らしていたのだ。特にこの周辺を固めていたと考えられる。我々を待ち構えていたのだ。その事は昨夜の打ち合わせで想定済みではあったが、目の辺りにすると嫌な気持ちになる。
ただ、GHQのジープではなかったので、イスラエルの特殊機関かも知れないと感が働いた。
かまわず境内に入ると、黒ずくめの男二人が目の前に立ちはだかった。何か威圧的な態度で言葉を投げ掛けてきたが、鴻池は英語が分からない。ただ、何だ、という顔で二人を見据えた。
「お前たちは何しに来た、といっています」と、片桐が鴻池に言った。
? そうか、片桐くんも英語を話せるのだった。 秋月と同じ特務機関出身だったのを思い出した。
「ただ、お参りに来ただけだ。お前たちこそ何者だ」
片桐が流暢な英語で反論すると、彼らの態度が明らかに動揺したかのように変わった。
まさか、片田舎で英語に堪能な者がいるとは考えていなかったらしい。あるいは、二人もGHQの関係者と考えたのかもしれない。その様子を見て、鴻池はアダムスの持ち駒も少なくなっている、と考えた。何故なら我々の正体を知らない様子だったからである。意思疎通が徹底されていないからだ。以前の様に自由気ままに動きづらくなり、GHQ内でもアダムスは浮きつつあるのかもしれない。
たじろいだ二人を横目に神殿に進み参拝をした。その後、社務所に向かい訪いを乞うと、宮司と共に当のアダムスが出てきた。鴻池に対して、にやりと笑い、「お久しぶりです」と、旧知の間柄のように言った。だが、こけおどしの響きがないでもない。もはや主導権はこちら側が握っているのだ。彼は我々の様子を探り、後を追う立場でしか過ぎないのである。
「天野社長はどうしています?」 鴻池は機先を制して問うた。
「さあ、何やらご迷惑をかけたようですが、彼とは縁を切っていましたから。今どうしているか全然分かりません」と、知らぬ、存ぜぬ、の立場を取り繕っている。
「ミスターアダムス、用件は済みましたか?」 鴻池はわざと冷たく言った。
「いえ、貴方をお待ちしておりました。是非、お話を伺いたい」と、低姿勢である。
「立ち話も何ですから、皆さん中へ」と、宮司の言葉に鴻池は一抹の不安を覚えた。
? もしや、アダムスが言葉巧みに宮司を説き伏せたのではあるまいか。あのアダムスの笑顔が冷笑と取れなくもない。如何なっているのだろう。 一度疑心の念を懐けば、相手の言動の一つ一つが意味あるものに思えてしまうものである。いつしか、宮司も秘宝の魔力に魅入られそうになったのかも知れない。しかし、鴻池はその道の玄人である。部屋に落ち着くまでに、心の持ち様を取り戻し、相手の出方を見ようと態勢を整えたのには、流石と言わざるを得ない。
「昨日、田宮社長も見えられたとか、お忙しいようですね」
「ええ、今度太平洋航路開設の為、此方で祈祷されましてね」
「おお、それはますます商売繁盛ですな」と言ったアダムスであったが、わざわざ此処まで来て、とは言わない。すでに神経戦に入っていた。
「ところで、私に用件とは?」 鴻池はわざととぼけて言った。
「単刀直入にいいます。資金は出しますから、共同調査をしませんか」
「何の調査ですか?」 さらにとぼけて言い、相手の出方を窺った。
「秘宝探索ですよ、ここまで来て、今更とぼけないでください」と、アダムスは内心むっときた様子であったが、声を抑え、必死に堪えているのがありありと分かった。矢張り、打つ手に窮しているのだ、と鴻池は内心ほくそ笑んだ。
「宮司さん、ミスターアダムスにどう説明なさったのでしょうか」
「ええ、田宮さんと鴻池さんは在野の古代史研究家で、このほど熊野古道周辺の歴史や地理・地質を調査する為に来られたといったのですが」
「ミスターアダムス、宮司さんのいわれた通りです」 同時に、宮司は昨日の打ち合わせ通りの事しか話していないことを知った。宮司の穏やかな人柄を見て、戦勝国の権威と威圧で引き込もうとしたが、叶わなかったのであろう。神職に仕える宮司の芯を見やまったのだ、と想像できた。
そこでアダムスは鴻池に捨て身で鎌をかけようとしたのである。アダムスの敗北であった。
「また、必ず伺います。何度でも」と負惜しみを言い、アダムスは帰って行った。
その後、森を掘り返す為、ツルハシ、スコップ、穴掘り用具などの準備をする為半日を費やした。周辺の住民対策用に、作業目的は裏庭の地質調査と整備という名目にして、手書きの看板を掛け、簡単な幕も張った。足りないものはすでに惣佐衛門が手配して、後日届くようになっている。
夕刻、宮司の案内で宿泊先に行ったが、農家の離れを借りる事になっていた。宮司の従弟の息子の家である。そこは三十歳前後の婦人と、まだ幼い女の子と男の子の三人家族であった。旦那は戦死したという。この時期、数多くの戦争未亡人がいた。酷い話である。男手の無い分、生きていく為必死で働かなければならない。都会の女性の様な化粧をする事はなく、日焼けした顔を晒している。だが、悲嘆にくれることも無く、気丈にふるまい白い歯を鴻池たちに見せていた。やや太めの健康的な女性であった。名前は富田正代、子供たちの姉の方は洋子、弟は一朗である。
借間は六畳二間を提供してくれた。別々の部屋は何かと有難い。ただ、給仕の手間を省くため朝食は母屋の食堂で皆と一緒に食べる事になった為、初め幼い子供たちは見知らぬ大人と一緒の為か、もじもじしていた。その様子が可愛らしい。それに疑似家族のようで、鴻池にとって新鮮であった。片桐も同じ気持ちの様であり、意外にも時折自ら子供たちに笑顔で話しかけ、接しているのが楽しそうであった。長い間、家族と無縁の生活をしていたからであろう。なによりも、食事は質素であったが、新鮮な野菜はみずみずしく美味しかった。二人とも、久しぶりに温かく満足な夕食を味わった。
その後、明日の作業工程の段取りをしたが、簡単に済ませそれぞれの部屋でぐっすりと寝た。
翌朝、起きて台所に向かうと、すでに食事の用意が出来ていた。洋子が言うには、夫人は野良仕事に出ているという。畑は家から十分ほどの所に在るという。子供たちはすでに食事を済ませていた。二人は何となく罰が悪い気持ちで朝食を摂った。後片づけは洋子がすると言ったが、片桐も一緒にすると言い、楽しそうに二人でしだした。それを横目にその間、鴻池は一朗とあやす様に遊んだ。
神社に着き宮司に挨拶すると、「昨日の様な不審者が探っているようなら、逐一知らせます」と言い、さらに、「当神社は聖域でありますから、誰も滅多なことは出来ません」と、その気満々という態であった。宮司も世紀の大発見の一端に関わっている、という事に興奮しているようである。


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