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作品名:秘宝の行方 作者:じゅんしろう

第21回   21
部屋に戻ると、「智醒和尚クラスにおいては、噂話程度で決して口外することはありませんが、暗黙の了承の様なものが在るかもしれませんね」との、鴻池の言葉に片桐が反応した。
「戦時中、秋月さんと秘宝の件で調べていた時、空海も景教と特別な係わりがあるのではないかと、京都周辺の真言宗の寺院を当たってみたことがありました。鴻池さんがいわれる秘密めいた類の話は一切なかったように思います。多分、金剛山寺と高野山の寺院のみの伝承ごとではないでしょうか」
「私もそう思う。熊野古道沿いの極限られた寺院だけのものだろう。だが、肝心の糸我稲荷神社をはじめ、総本社である伏見稲荷神社も承知していそうもないとはね」
「秦河勝はそれを見越して、限られたレビ族の家系のみ、それも特に信心の篤い家柄を厳選して伝承者としての使命を与えたのでしょう。しかし、それさえも磐乃の家系だけになってしまった訳です」
「ううむ、千百数十余年というものは、それだけ長い年月ということだね」と惣佐衛門は言ったが、息子を二人も亡くした事に思いを馳せ、複雑な表情を見せた。あるいは、宝冠弥勒菩薩に魅せられたのは知らず知らずの内に己の苦悩から救いを求めていたのであろうか。 「むしろ、将来の首都となる地域からは噂話にのぼらぬ様細心の注意を払いに気を付けたのかもしれません。権力の魔性の怖さを知っているのでしょう」
「鴻池君のいう通りだと思う。武力と財力を握った者がどう行動をとるか、歴史が示している」
「そうですね、その為多くの人が死んでいきます。自分も嫌というほどこの目で見ました」
三人とも暗い表情を浮かべ黙り込んでしまった。
翌朝、三人は糸我稲荷神社に向かったが、途中、巨大な岩石である盤座に立ち寄った。
「思ったより大きいね。これを移動させるとなると、いったいどうやって、という疑問が残るな」
「ええ、正直そう思いますが、あの文書が間違っているとは考えられません」
「あるいは万が一のことを考え、わざと記述を違えている、と考えられませんでしょうか」
「わざと?」  「はい、長い年月の内にはどの様な不心得者が現われぬ、とも限りません。欺くために二重に煙幕を張っている可能性もあるかもしれません」  「レビ族の誰かが意図的に記述を変えたということになるが、案外あれを書いた三十三代社家の羽倉福右衛門自身かも知れないね。身辺に不穏なものが漂い出してきた訳だから。どちらにしても片桐くんの意見も一理あるね。では何処に?」 「うーむ、単純に、盤座の裏側かな?」と、首を傾げながら言う鴻池に対して、「その方が我々としては願ったり叶ったりだな、はっ、はっ、はっ」と惣佐衛門は笑い顔を二人に向けると、期せずして三人は声を出して笑った。三人共、もうひと踏ん張りという思いがあったのだ。
だが、盤座を後にした時であった。
「どうも妙です。誰かに見られているような気がしてなりません」と、片桐が二人に囁いた。周りは蜜柑畑である。農作業をしている人影もちらほら見え隠れしている、何の変哲もない光景であった。惣佐衛門は勿論、多少心得のある鴻池にも感じてはいなかった。しかし、片桐は諜報の玄人である。二人は片桐の嗅覚を信じた。
「如何します?」 「御出でなすったか。アダムス、いや、ロリー・チャート家と最終決着の時が来たようだ。まあ、このまま行こうや。ここまで来たら出たとこ勝負だ」と、惣佐衛門はすでに腹を括っている為か、闊達に答えた。
間もなく、糸我稲荷神社に着いた。相変わらずひっそりとした佇まいを見せている。陽光の中を歩いて来たので、汗ばんだ身体を木陰で一息を入れ涼んだ。
片桐は、「少し前から、影のような気配は感じなくなりました」と言った。
「我々の行き先を確認したからなのだろうが、そうなるとアダムスの手の者ではない可能性も有るね。何者なのだろうか?」と鴻池は少々不安げに惣佐衛門を見た。
「まあ、ここまで来れば、誰でもいいよ」と不敵に笑い、「それよりも熊野詣が盛んな頃は、ここも大層賑わっていただろうに」と言いながら、宮司は話に乗ってきそうだ、と直感が働いた。
「鴻池君と片桐君。道々考えたのだけれど、ことは重大であるから宮司には包み隠さず話そうと思う。正攻法でなければ、信頼が生まれず、上手く話が進まない気がする。二人はどう思う?」
二人とも異存はないという様に、黙って頷いた。鴻池は惣佐衛門が広隆寺で宝冠弥勒菩薩を拝観して、圧倒的な美しさに心を打たれたと聞いていたから、新たに心境の変化が生じたのであろうと感じていた。 「では、ここは私に任せてくれ」
案内を乞うとすぐに富田宮司が、人の良さそうな顔を見せた。
「おお、これは鴻池さんと片桐さん。此方の方は?」 「私が勤めている会社の田宮社長です」
「こういうものです」と、惣佐衛門は名刺を渡した。
宮司は名刺を見ながら、「ほう、海運業を経営なさっているのですか」と意外な表情をした。
「このほど日本海航路の他に太平洋航路にも進出しょうと計画しております。ついてはその祈祷をお願いしたい。その後、私の話を聞いていただきたいのです」
「それは宜しゅうございますが。まずは祈祷の支度をいたしましょう」
身支度を整えた宮司は威厳があり別人の顔を見せ、粛々と祈祷を執り行なった。一服した後、惣佐衛門は用件を切り出した。
「鴻池君とは仕事を離れ、古代史の同好の志なのです。これから話すことの先行調査を依頼していました。今日は私も時間を取り、本日一緒に来た次第です。まことに奇想天外の話でありますが、…」と、これまでの経緯を述べ、その理由を語り始めた。
黙って聞いていた宮司であったが、磐乃の家系が当神社出身の社家であった事に驚き、亡霊となって空山と対峙した時の段になると、「空山様のお噂は私でさえも、かねがね聞き及んでおります」と言い、深く頷いたのである。空山の登場によって、惣佐衛門の話が眉唾なものではなく、信憑性のあるものだという事を理解したようであった。鴻池はあらためて空山の凄さを知る事になった。
話は佳境に入り、代々羽倉家に伝わる古文書から、聖櫃やソロモンの秘宝が糸我稲荷神社に埋蔵されている段になると、宮司は身を乗り出し感嘆の声を上げた。補足説明で、鴻池は四国の剣山の話をし、片桐は戦前海軍も埋蔵の在りかを探索したことを語った。
「何としても、ロリー・チャート家には渡したくありません。またはGHQにも摂取されたくありません。その資金で戦後荒廃した日本国を再建したいのです。どうか、我々に当神社の裏庭や盤座を調べさせていただきたい」と、惣佐衛門は最後の言葉を締めくくり、深々と頭を下げた。それに合わせて、鴻池は宮司にそのヘブライ語で書かれた原文と訳した文書を渡した。宮司はそれを見比べると、訳した文書を黙って読み始めた。最後の元禄十五年十二月の日付の処で、顔を鴻池に向けた。前回訪れた時、鴻池のもう一つの因縁話の意図を察したのである。
しばし考慮した後、「お話はよく分かりました。私もお国の役に立てることが出来れば嬉しい。特にアメリカによる広島、長崎への原爆投下により、多くの罪もない人々が亡くなられました。そのことを考えますと慚愧に絶堪えず、眠れぬ夜を過ごすことも多々あります。神職に使える身として不遜ではありますが、正直一人の生身の人間としてGHQに一泡吹かせたい。是非にも協力しましょう。ただ発見した後、発表時期はよく考慮する必要があると思います。でなければGHQやロリー・チャート家側からどのような横槍が入るとも限りません」と、自身の考えも述べて言った。
「ご尤もです。我々の思いに賛同していただき有難うございます」と、惣佐衛門一同は頭を下げた。
それから四人で打ち合わせに入り計画を練った。
その覚書は次のようなものである。
まずは人々に疑われぬよう聖櫃の発掘をする事。その為適当な名目を作って、堂々と作業をする事。
発掘した暁には、時節を待って発表する事。その間、盤座地域の発掘の下準備をする事(盤座を移動することは大掛かりになる為、少人数では不可能ゆえ、試しに盤座の裏側を掘り起こす作業をする事になった)、他人は無論、身内の者にも口外しない事(宮司は近くに奥さんと二人暮らしをしている)。アダムスはGHQ高官の立場を利用して策動してくるであろうが、絶対に屈しない事などである。
実際の作業は鴻池と片桐二人でする為、長期滞在の宿を確保しなければならぬが、幸いにも宮司の親戚が近くにあり、部屋を賄い付きで借りる事になった。惣佐衛門は仕事の事もあり、翌日帰郷する事になっている。今夜は予約していた宿に泊まり、三人でさらに計画を詰める事にした。
宿に向かう前に四人で裏の小さな森に行ってみた。
鴻池が指で指示した場所を見て、「確かに周りと比べると、この辺りは草木が低いね」と惣佐衛門は幾分顔を高揚させて言った。この目で確かめて、確信を持ったのであった。
「いやあ、子供の頃は探検と称して散々遊んできたのに、指摘されるまで全然分かりませんでした。ここに三柱鳥居があったのですね。そして中央の神坐の位置ということか。同じ物を見ても、人によって見方が違うものですが、正しくそうですな」と、宮司は考え深げに言い、頭に手を当て、己の無知を恥じ入るように軽く打った。三人はそこで宮司と別れ宿に向かったが、着くまで三人共沈黙したままであった。それぞれがここまで漕ぎつけた事に、感慨深い思いが去来し、浸っていたのである。宿での打ち合わせの時、惣佐衛門は秋月の死亡したこともあって、「決して無理はせぬように、身の危険を感じた時は、潔く撤収してくれ。その後のことは別の手を考えよう」と、人命優先を第一と指示をした。鴻池とは電報でのやり取りを頻繁にする事とした。
「できることなら、私も発掘作業に加わりたい。これこそ男子の本懐だ。君たちが羨ましい」と言い、いかにも残念そうに茶碗酒を、ぐいっ、とあおった。最初は御猪であったのだが、気持ちが高ぶり茶碗に取替え注ぎだしたのである。鴻池と片桐も明日からの事を考えると、呑むむほどに自然と高揚感でいっぱいになった。三人三様の思いを抱きつつ、夜更けまで呑んだ



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