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作品名:秘宝の行方 作者:じゅんしろう

第2回   2
半月後、鴻池と秋月は惣佐衛門所有の貨物船で、福井県の敦賀を目指していた。費用は全額、惣佐衛門が持った。
敦賀は古代より交通の要所である。北前船、北陸道より物資が集まり、琵琶湖の大浦、塩津などを経て大津に至り、京都、大阪に運ばれた。鴻池にとって、船舶の航行は二、三度の経験しかない。従って慣れぬ航海の間、船酔いに悩まされた。
秋月のほうは至って平気のようだ。むしろ精気を取り戻したかのように見えた。鴻池は、惣佐衛門が予想したように海軍に従事していたようだと、脂汗を掻きながらも感じていた。
敦賀につくと、二人は路線バスで悪路に揺れながら京都を目指した。京都は空襲を免れ古より続く奇跡のような光景を、二人の目前にその美しい姿を表した。鴻池は新聞でその事を知っていただけであるが、過去に訪れたのは一度だけである。秋月は何度も訪れていたのであろう、感慨深げであった。
京都で二人部屋の安宿に一泊した。貴重品を宿に預けると、鴻池は宿で休むという秋月を残し、一人近くを散策することにした。
京都には昔一度しか来ていない為、土地勘がない。狭い路地を彷徨う様に歩き続けた。よくぞ無傷のまま残ってくれたものだと、あらためて感慨に耽った。何処をどう歩いたかは分からない。気が付くと穏やかな川に突き当たった。桂川だった。渡月橋の中央に立ち、周りを見渡した。夕暮れに沈みこもうとしている嵐山は美しかった。これからは紅葉の季節になる。想像するにさぞや美しいだろうと思い、この景勝地を見ることなく戦争で亡くなった多くの若い命を鑑み、自然と熱いものがこみ上げ目が潤んだ。 
? 私も後、二、三年で五十歳になる。人生の結論を出さねばならない歳だ。 ぼんやりと思いながら、この剣山の探索がそうかもしれないと感じた。
帰りは何人かの人に道を尋ねながら、宿に着いたのは食事時間ぎりぎりであった。部屋に戻ると、秋月は大きな地図を広げて真剣な眼差しで見ていた。鴻池に気が付くと慌てて畳んだが、ちらりと見た限りでは、剣山の辺りであろう何か所も印がついていた。戦前、軍による探索要員のうち、人数は分からぬが秋月もその一人であることを確信した。
鴻池はとぼけて「剣山ですか?」と訊くと、「ええ、まあ」と曖昧に答えたのみである。この手の男に対して、焦りは禁物である事を経験から承知している。秋月も戦争の傷を未だに背負っているのだろう。この場合、ゆっくりと相手の心を解すしかない。
翌朝、大阪を目指して路線バスに乗った。そこから船に乗り換え淡路島に渡る。四国の徳島県に入れば、剣山の頂を望めるはずである。大阪から淡路島に向かう船で有名な渦潮の中に入った。しばし見とれていたが、渦に巻き込まれていきそうな錯覚に陥りそうになった。これからの探索に、胸騒ぎを覚え内心強い不安に包まれたのである。秋月は西の方をじっと見ていた。その先には原爆を落とされ破壊された広島がある。呉軍港や江田島の旧軍事施設があったが、破壊されつくした。
「くそ…」 秋月は低い声で呻くように言い、両手の拳を強く握った。誰にも聞かれないようにした積りの様だったが、思わず漏れてしまったようだ。鴻池は気が付かない振りをしていたが、秋月の思いを慮った。戦争に巻き込まれた多くの男たち、いや、人々は同じ思いを持っていただろう。
船は四国に着いた。徳島市に入ると、遠くおぼろに霞む剣山の頂が見えた。頂は予想に反してなだらかな馬の背のような形をしていた。
徳島から小樽に電報を打った。 [徳島市に着いた。明日、剣山に向かう]という簡潔な内容である。各要所で連絡をすることになっていた。
剣山を望みながら、惣佐衛門が話していた事を思い出した。
「旧約聖書のイザヤ書の中に、主の神殿の山は山々の頭として、どの峰よりも高くそびえる。そこにソロモン王の秘宝が眠るという、思いに取りつかれた人がいるということだ。有るか無いかは別にして、ロマンそのものだね」と、いつもより熱っぽく語った。意外な言葉に、あらためて惣佐衛門を見た。この人も戦争で何かが変わったかも知れないと考えていたら、「この戦争で私の中の何かが変化したようでね」と素直に心中を吐露した。鴻池以外のほかの他人には、決して言わないであろう。腹を割って話し合える二人の間に強い絆を感じた。
徳島市からバスで悪路を走り、古家風の宿に泊まった。徳島市は戦争末期に七回空襲があったが、街から離れていた為であろう、それが幸いして残った。その後、持参した地図を広げ行程を確認していたら、秋月が覗いてきた。
印も何もないのを確認すると、「風呂に入ってきます」と幾分軽やかな足取りで部屋を出て行った。鴻池が剣山の事を何も知らないと安心したのであろう。
翌朝、剣山の麓の剣町に向かった。やはり悪路である。戦後、各所が復旧していったが、ここまではまだ手が回らないようだ。剣町に着くと、そこで登山用の服や靴に取り換えた。早めに宿に着く予定であるが、そこで二泊の予定だ。すでに秋に入っている。南国とはいえ夕暮れは早く寒くなるのだ。我々は中腹の宿を目指して歩き始めた。秋月は勝手知った道なのか、日頃身体を鍛えているのか分からぬが、どんどん進んで行く。後に続く鴻池は、息を切らしながら登って行った。
宿に着くと数名の先客がいた。どれも外国人で屈強な男たちである。宿といっても山小屋を大きくしたような物である。嫌でも顔を合わせる事が多い。鴻池は、何故こんな処にと怪訝に思ったが、秋月は陰で露骨に嫌な表情を見せた。
「彼等は何者なのでしょうね?」
「GHQでしょう」と、秋月は言葉に怒気を含ませ断定するように言った。 GHQとは戦後連合軍統治機構である。実態は米軍による占領統治だ。最高司令官はダグラス・マッカーサーである。
鴻池の眼から見て、日本の伝統文化を破壊する為、彼らは好き勝手の遣りたい放題をしていると思っていた。秋月の態度を見て、彼も同様の思いだろう。
まさかと思うが、観光目的とは考えづらい。彼らも秘宝の探索しに来たのであろうかと考え、「彼らは何しに来たのでしょうかね?」と、振ってみた。  「さあ…」と、秋月はとぼけていた。
鴻池はそれとなく観察していたら、品のある長身の男が上官らしいと気が付いた。彼に対する態度から見て他は部下のようだからだ。彼らは一度外に出ると、全員で剣山の頂を遠望していた。そこで地図を広げて、上官らしい男が指示をしている様子が窓から見える。秋月もそれとなく窺っていた。
鴻池が思うに、彼らも秘宝の探索を目的に来たのだと考えた。彼ら軍部の情報網は凄まじく、日本軍が敗れたのもそのことが一因といわれていた。当然、秘宝の情報を掴んでいるに違いないと考えられる。厄介な連中に遭遇したな、と困惑した。彼らは上官の統制が効いているのであろう、騒ぐことなく宿では静かであった。
翌朝、快晴である。二人は小さなリュックを背負い登山に出発したが、秋月の提案で彼らより遅れて宿を出た。行動を見られ、接触されたくないのであろう。秋月は元軍人の堪が働いていたのか、彼らの正体を見切っているようだ。
秋月は余程彼らとの接触を嫌がっているようで、ゆっくりと登る。自然と鴻池と会話ができる程の距離になった。剣山の山頂に近づく程に、朱色の紅葉が点在しているのが見えてきた。剣山は針葉樹の山である。これから秋が深まる程に美しい色取り取りの紅葉で覆いつくされるであろう。
「なんともいわれぬ、いい景色ですなあ。北海道の山々とはどこか違います。本州の山はそれぞれにまつわる歴史がありますからね。秋月さんは何度か来られたのですか?」
「ええ、以前何回か来たことがあります」と、あっさりと認めた。それ以上は喋らなかったが、これから行動を共にする訳であるから、隠すのはあまり得策ではないと判断したのであろう。なんといっても、GHQと思われる連中には一人で対処できない、と判断したと考えられる。それには是非とも協力者が必要だ。それに鴻池の気さくな態度に、人柄の良さを感じ始めているようだ。
山頂に着いた。ミヤマクマササに覆われた平坦な草原であった。山岳一帯はツキノワグマの生息地でもある。山頂付近からは山々を一望できたが、遮断物がなく風がじかにあたる。だが昼前の為、陽に照らされて暖かい。古代時代に人々が生息していたとはいえ、時を経て土が深くなるなど地形の変化が考えられる。どう考えても山頂に秘宝が隠されている事は考えづらい。山頂に立って山全体を見回すと、砂浜の中の一粒の宝石を探すようで茫然となった。


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