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作品名:秘宝の行方 作者:じゅんしろう

第19回   19
「久子さんは今、自宅に居りますか?」
尋常ではない様子の鴻池の質問に、惣佐衛門も察して、「いや、女学校時代の同窓会に出席するとかいって出かけている。無論、片桐くんを護衛に付けているがね」と、不安げに答えた。
「場所は何処です?」 「北海ホテルと聞いている」
「車で行きましょう、理由は車の中で説明します」 「おお、分かった」
二人は惣佐衛門が運転する乗用車で五分たらずのホテルに向かった。歩いてもさほど掛からぬ近さであったが、久子の無事を確認するまで、一刻の猶予もならなかった。鴻池の説明に、惣佐衛門の顔が見る見る内に変わっていった。
ホテルに着き、フロント係りに聞くと、一時間余り前に終わり散会したとの事だった。惣佐衛門はそこから自宅に電話を掛け、久子の安否を確認しょうとした。だが、るいは、まだ帰っていないと答えた。青ざめた顔の惣佐衛門を見て、「久子さんの知り合いで寄りそうな所を知っていますか?」との鴻池の問いに、「いや、知らない。そういうことは話したことがない」と首を弱弱しく振った。
日頃の言動から、久子の交際範囲は限られていると思われた。鴻池はヘブライ語を翻訳してくれた黒木の重厚な顔が思い浮かんだ。
「一つ心当たりがあります、其処へ」 すぐ鴻池の案内で黒木の家へと車を走らせた。
まだ黒木には和歌山での報告をしていない。罰が悪かったが、そんな事は言っていられない。住吉町の自宅を訪ねると、「黒木さん、報告が遅れて申し訳ありません。急を要しますが、久子さんは伺っておられなかったでしょうか?」 「いや、報告のことはいい。久子さんたちは二、三十分ほど前に帰られている。それよりも安否が先だ」と、鴻池のただならぬ気配を見て察したのであろう、惣佐衛門の自宅に急ぎ向かうよう指示をした。惣佐衛門は黒木との挨拶もそこそこで、また車を走らせた。
到着すると、屋敷が騒がしい気配である。二人は胸騒ぎを覚え居間に入ると、額に包帯を巻いた片桐と側に蒼ざめ不安げな久子がいた。るいは登美や女中に指示をてきぱきと与えている処であった。
「如何した、久子。大丈夫か?」  「あっ、お父様、怖い」
「片桐くん、何があった?」  「鴻池さん、屋敷のすぐ近くで、待ち伏せていた天野とその一味に久子さんが拉致されそうになりました」 「何ぃー、拉致だと。おのれ天野め」と、惣佐衛門は怒りで顔が赤くなった。  「その時の様子を詳しく聞かせてください。ああ、久子さん、もう心配はいりませんから、御自分の部屋で休んでいてください。いいですね惣佐衛門さん」
「そ、そうだな。話が終わるまで皆も別室にさがっていてくれ」
惣佐衛門は秘密の漏洩と、皆をこれ以上心配させまいという鴻池の配慮を察し、指示した。
「片桐くん、怪我の程度は?」 「軽傷です、心配には及びません。海軍にいた頃任務の性格上、柔術などを習って鍛えていましたから。それより社長にご心配をお掛けしまして申し訳ありません」
「何を言う、此方こそお礼をいわなくてはならない」  「いえ、私の仕事ですから」
「片桐くん、まずは経緯を話してください」 「あ、はい。鴻池さんの言う通り、相手は機会を狙っていたようです。不意打ちを喰らいました」 片桐は経緯を話し出したが、海軍時代に訓練を受けていたようで、検察調書とも言える様な正確さであった。
「ホテルや黒木氏の家までは何事もなかったのですが、屋敷までもう一息という処で天野他三人の男たちが車で乗り付けてきて、取り囲まれました。三人はチンピラ風でしたので、金で雇われたと思われます。二人が私の前に立ちはだかり、天野ともう一人が久子さんを連れ揃うとしましたので、その男を投げ飛ばし、他の二人と揉み合いになりました。額の傷はその時のものです。そうしている内に近所の人が騒ぎを聞きつけ出てきたので、天野たちは車で逃げて行ったという次第です。天野の配下の者が何処からか跡をつけてきたと思われますが、気が付きませんでした。申し訳ありません」
「いや、よく久子を守ってくれた。礼をいう、このとおりだ」 惣佐衛門は頭を深々と下げた。
「この辺りは高級住宅街で、普段静かで人影もまばらですからね。天野は我々に熊野古道で巻かれたことから、計画を練っていたのでしょう。惣佐衛門さん、このことを警察に届けますか?」
「いや、それはよそう。GHQの名刺を貰っているからアダムスに直接厳重に抗議をする」
「それが良いと思います。警察沙汰にして、久子さんをこれ以上巻き込み煩わせたくありません。ことが公になればこちら側も厄介なことになり、アダムスも同様でしょう。天野を小樽から引き揚げさせ、今度こそ天野はお払い箱になると思います」
「うむ、あいつの顔は二度と見たくない」と言うや、惣佐衛門は肩を怒らせ、アダムスに抗議するため電話を掛けに部屋を出ていった。
しばらくして居間に戻ってくると、「アダムスは居なかった。だが、あいつが配下の者を使って家族に危害を加えようとした、厳重に抗議すると言ってやったよ。この事件が上の者に伝わり、これで迂闊に久子には手を出せなくなるだろう」と、まだ興奮冷めやらぬ口調で言った。
最初は日本語が分からぬ者が出たが、怒鳴り声を出し続けていたら分かる者に代わり、秘宝探索の件や経緯はぼかし、言うだけいって電話を切ったという事だった。
「あるいは、マッカーサーまでこの件が伝わるかもしれませんね。そうなるとアダムスも弁明に追われることになり、少なくとも惣佐衛門さんの家族に手は出せなくなるでしょう」
「そう願いたいものだ。ただ油断はできないから、これからも片桐君には警護をお願いするよ」
「はい、勿論です。さらに目配りに注意を払います」  
「よろしく頼む。また発掘の件だが、金銭的なことは抜きで、一度は伝手を頼って文化財保護関係の役所に当たってみようかとも考えていた。役所に伝手がある知り合いの実業家にそれとなく話を向けてみたが、鼻で笑うだけだった。そういうこともあり、正直未だ迷っている。どう思う?」
「そうですね、ことがことですから歴史的国家的なプロジェクトに成るでしょう。さすれば魑魅魍魎の類があちこちから勃興することになるでしょうね」
「そうなると、我々の手を離れることになる。役人や政治家に好き勝手にされて、それも癪に障るね。歴史的大発見だから、権利として我々の名を刻み込みたいものだ」
「あのー、よろしいでしょうか」と、片桐が口を挟んできた。
二人があらためて見ると、「富田宮司に説明し協力してもらって、糸我稲荷神社にある聖櫃をこちら側で発掘をしたらどうでしょうか。発掘することが出来ましたら、中央官庁の役人といえどもこちらをないがしろにすることは出来ないでしょう。自分にとって、それが亡くなられた秋月さんの供養にもなると考えます。是非お願いします」と言い、頭を下げた。その提案に二人は腕を組み考え込んだ。「たしかに、盤座での発掘は大掛かりになり、我々の手には負えませんが、境内の地下に眠る聖櫃ならば何とかなるかも知れません。宮司も神社の衰退を嘆いておりました。向こうにとっても千載一遇の好機ととらえ、話に乗って来る可能性があります。思い切ってやってみる価値はあると思います」
惣佐衛門は片桐の提案に対する鴻池の同調に、我が意を得たりと大きく頷いた。
「よし、その線でやってみようではないか。聖櫃の発掘が上手くいけば、ソロモンの秘宝については国も乗り出すであろうし、我々をないがしろにすることは出来まい。まずは三人で国家的プロジェクトの第一歩を成し遂げよう」と、不敵に笑った。その後、三人で策を練る作業に入った。


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