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作品名:秘宝の行方 作者:じゅんしろう

第18回   18
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一週間後、鴻池と片桐は惣佐衛門の屋敷に姿を現していた。小樽に帰航した時は、アダムスとの神経戦でさすがに疲れていた。惣佐衛門には写真の現像が出来た時、報告に行くと断りの電話を入れている。片桐には当面鴻池の部屋を使わせる事にした。自身は里枝の家に泊まり込んでいた。里枝はかいがいしく世話を焼き、もはや姉さん女房気取りの様だ。
惣佐衛門は黙って報告書に目を通し、時折、写真と見比べている。屋敷の庭にはあちらこちらに残雪があった。小樽の桜の開花は五月の上旬である。まだ、間があった。鴻池は、暖かい紀伊とは随分違うものだ、と、その景色に肌寒さを感じながら漸く芽吹き始めた木々を見ていた。
「この盤座は随分と大きいね、これを空海が動かしたというのかい」 顔を上げた惣佐衛門は、難しすぎるだろうという表情である。
「秘伝の古文書によればそれ以外考えられません。高野山にも金峰山寺においても秘密の口伝があり、どちらもそのことを匂わせる文言があるようです。難工事がどの程度であったかが問題です。考えるに、空海は二度と人の眼に晒さない為に、無理やりにでも竣工したのではないでしょうか」
「無理やりにでも?」 「ええ、莫大な財宝は争いの元になるからです。百害あって一利なし、と」
「まあ、確かに…。作業方法をどうやったかだね。それと、秘宝の量的規模はどの位なのだろうね。盤座の下に埋蔵されているとしても、さほどではないように思われるが」
「織田信長が安土城を造った時、巨大な岩石を大勢の人夫を使い、下にコロを曳かせ、自身は岩に乗って扇子で煽った、という古文書があります。盤座の場合は距離が短く、隠した秘宝にいわば蓋をするだけです。また当時において、今は伝えられてはいない特別な技術が有ったのかもしれません。どうやったかは不明でありますが、空海ならばやり遂げたのではないでしょうか。羽倉家の秘伝書、高野山と金峰山寺の口伝の共通点がそのことを物語っています。また、どのくらい埋蔵されているかですが、古代ユダヤ王国の滅亡のどさくさに持ち運んだ訳ですから多寡が知れていると思います。更に長い放浪の末に自然と散逸した分もありましょう。まあ、話半分よりずっと少ないかも知れません」 「うううむ、…。まあ、そうだろうな。伝説は伝説に過ぎないからね。ただ文化的価値の点からいえば、値はつけられないだろう。よし分かった、どちらにしても裏付けが取れた訳だから、次に進まなければならない。私に一つ、二つ考えがあるから預からしてくれ」
「はい分かりました。それと、アダムスの動きが心配です。身辺に何か変わったことは有りませんでしたか?」 ここで惣佐衛門は、にやりと笑った。
「奴さん、相当焦れてきたようだね。人を使って、私の近辺を探っているようだ。それもこれ見よがしにね。脅しているつもりなのかも知れない」
「それはそうでしょう、惣佐衛門さんが黒幕であることはアダムスも承知しているでしょうから」
「おいおい、それでは私が悪代官みたいじゃないか」と言いながらも満更でもないようで、今度は髭を撫ぜながら不敵に笑った。
「アダムスの性格ならばしないと思いますが、万が一のことを考え、御家族の身辺において注意が必要と思います。特に久子さんが外出する際はくれぐれも気を付けて下さい」
「久子を…」 惣佐衛門は愛娘の事になると顔色が変わった。
「はい、惣佐衛門さんには実感があるかどうか分かりませんが、世間的には相当お綺麗な方ですから。ねえ、片桐くん」 「あ、はい。自分もそう思います」と、先ほどお茶を運んできた久子を見ている片桐は頷いた。 「それは大変だ」と、惣佐衛門は今ほどの不敵な笑みも何処へやら、おろおろしだした。 「久子さんが外出される際は、当面片桐くんに警護を任せたらどうでしょう。戦争中、特務機関で活躍していたようですから」 「おお、それが良い。頼む、片桐君」 
「承知しました」 片桐は内心自信があるのであろう、生真面目な顔で頷いた。
翌朝、鴻池は八年ぶりに古平に向かった。アダムスがどの程度の探りを入れたか知る為である。余市駅から幸いなことに空の馬車が有ったので、それに乗った。路線バスが走るようになるのはまだ先の事である。出足平峠を越えると遠く古平の町が見えた。久しぶりの変わらぬ光景であった。相変わらず浜は鰊漁で賑やかな様だが、数年後、ぱたりと群来が止まりたちまち衰退する事になる。
禅源寺に着き訪いを請うと、暫くして白髪がめっきり増えた老婦人が現われた。
「ああ、やはり鴻池さんでしたか。聞き覚えがある声だと思いましたが、近頃、とんと耳が遠くなりまして失礼しました。年は取りたくないものですね、ほっ、ほっほ」と上品に笑った。
「いえ、それはお互い様です」 「何をおっしゃいます、貴方はまだまだお若い。ほっ、ほっほ」 老婦人はまた笑うと居間に招き入れた。そこにはまだ幼い男の子と女の子がいた。二人とも鴻池を見とめるや、「いらっしゃいませ」と、可愛い声を揃えて挨拶をした。躾は行き届いているようだ。あれから順慶和尚は結婚し、この二人の子をもうけたという。同時期に福二郎も結婚し、同じように二人の子供がいるという。和尚と夫人は揃って外出しているとの事だ。
「遅い結婚でしたが、子宝にも恵まれて何よりでした。孫の可愛さといったら言葉には尽くされませんね」と、目を細めて言った。老婦人の元気のもとであった。
差しさわりの無い世間話の後、老婦人は孫を別室にさがらせたのを機に、鴻池は用件を切り出した。
「今年、正月明けにアダムスという長身のアメリカ人が此処を訪れなかったですか?」
「ええ、来られました。当寺に外国人のお方は初めてでしたので大変驚きました。それに日本語がとても上手な方で、物腰の柔らかいお人でしたね。熱心に五百羅漢図を見ておりましたが、本当の目的は別にあると見受けられました。羽倉家についてお聞きになりましたから、直ぐに鴻池さんと係わりのあるお方というのが分かりました。ただ、どこまで話してよいのやら分かり兼ねましたので、差し障りのない程度に。いずれ、貴方が来られるだろうと思っておりました」と言って、アダムスの意図を見抜いた老婦人はあらためて鴻池を見た。アダムスは特に収穫を得なかったようだ。
「いやあ、すいません、助かります。じつは…」と、鴻池もこれまでの経緯を簡単に説明しだした。前日、惣佐衛門と老婦人に対しての対応は打ち合わせ済みであった。心配させぬ為、自身が怪我を負ったことなどは伏せる事にしていたのだ。
老婦人は時折頷く程度で黙って聞いていた。聞き終えると一言、「秘宝が見つかるとよろしゅうございますわね。磐乃様もきっとあの世でお喜びになるでしょう」と言ったのみである。存分におやりなさい、との暗黙の了解であった。鴻池は黙って頭を下げた。
帰り際ふと気になった様子で、「ここに来たのはアダムス他、アメリカ人だけでしたか?」と訊いた。
「いえ、お一人だけ日本人の方がおられました。小柄で初老の男の方でしたよ」
「道案内役といった感じでしたか」 「そのようには見受けられませんでしたね。もとは福々しいお方だったのでしょうが、何かお疲れのように感じました。それに、ついこの間も、お一人でお見えになりました。磐乃様のことなどをあれこれと質問されました。勿論、お答えはしませんでしたが。順慶がいうには、近辺を探っていたらしいとのこと。福二郎さんのところにも往かれたようでしたが、相手にしなかったと聞いております。過去のことはきっぱりと縁を切っておりましたから」 
鴻池は天野社長だと思った。アダムスは天野を手足の様に使っているが、彼の利用価値すでに無いと思っていた。後は、いったい何があるのであろうか、と考えざるを得ない。禅源寺を辞し、余市駅から列車で帰路についても考え続けた。
?天野社長はいわば崖っぷちに立っている危うい状態なのだ。内心相当焦っているに違いない。手柄をたて自分の立ち位置を確立しなければ、アダムスに放り出されることは十分承知しているであろう。アダムスは天野社長に何を期待しているのか、言い換えれば何をさせようとしているのか。まさかと思うが、情報を得るため、或いは有利に事を運ぶため、非常手段を行使せぬとも限らない。惣佐衛門の家族を拉致して圧力を加える可能性もある。焦ったアダムスはユダヤの大義名分を持って、なりふり構わず何が何でも目的を果たそうとするかも知れない。天野社長が水面下で何をしょうとも、アダムス自身は手を汚すことはない。 そこまで考えて、久子が危ないと直感した。片桐に警護させてはいるが、天野社長は虎視眈々とその機会を狙っているだろう。外出させること事態を止めさせなければ駄目なのである。列車が小樽駅に到着するまで胃が痛くなるほど焦り続けた。着くと直ぐに、惣佐衛門の会社に駆け込んだ。


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