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作品名:秘宝の行方 作者:じゅんしろう

第17回   17
吉野の桜は二百種類約三万本が密集しており、俗に一目一千本といわれている。予想に反して、六、七分咲きといった処であろうか、すでに山は桜色に染まっていた。何ヶ所かを愛で廻り、奈良に向かおうとした時であった。木陰から男が現れ二人の前に立ちはだかった。天野社長であった。
「随分探しましたよ、鴻池さん」 「ほう、このような処で会おうとは」
「とぼけては困りますね、私の持ち込んだ話を横取りしょうとは、怪しからん話だ」
精一杯の脅しのつもりのようだが、声の響きに卑屈さが感じられた。
「何の話ですか、訳が分からない」 鴻池は相手の出方を探るため、さらにとぼけた。
「まだ白を切ろうというのか、秘宝の話だよ!」 天野は声を荒げた。
「ほう、あの話ですか。貴方はそれどころでは無くなったのではないですか。それに此処は剣山ではありませんよ」 「ううっ…」 天野は声を詰まらせ、思わず後ろを振り返った。
と、また木陰から数人の屈強な外人の男たちが現れた。一人だけ以前見た顔があったので、GHQの男達であることが分かったが、アダムスの姿はなかった。
「我々と同行していただけませんか。アダムス部長がお待ちしています」と、アクセントにやや難があるが日本語を使う者がいた。東洋系の顔立ちをしているから日系二世のようだ。GHQには通訳を兼ねて多くの日系軍人がいる。彼らはイスラエルの機関関係者とは思えないから、アダムスからは詳しい話は聞いてはいないはずである。つまり、アダムスの真意をくみ取り手足になる人間は限られてきている、と鴻池は踏んだ。
「何処に行くのかね?」 相手の手の内の限界を知り、余裕が生まれた。
「奈良に宿を取っていますので、車で送ります」
黒塗りの乗用車とMPのマークの入ったジープの二台の車に分乗して、宿に向かった。この時期、まだMPの権威は強く道行く人々は避けるようにする。鴻池と片桐はかっての敵国の車に同乗することに複雑な思いを抱いたが、特に片桐は露骨に嫌な顔をしていた。
宿は歴史を感じさせる趣があった。京都、奈良の街並みを見るにつけ、よくぞ空襲に遭わず残ってくれたものだ、と鴻池は感慨深いものがある。(一説には米軍が歴史を鑑み、空襲をしなかったという)
アダムスは一人部屋で待っていた。他の者は下がらせ、鴻池と片桐の三人だけになった。にこやかな表情であったが、他の者には聞かせたくないようだ。
「お待ちしておりました。さあ、お茶でも」と言い、驚いたことに自らお茶を入れ二人に進めた。
「日本茶はいい、特に宇治茶は美味しい」 確かに高級茶であり美味しかった。
「お茶にも造詣がおありのようですな」 「はっ、はっは。前世は日本人かも知れませんね。ところでこちらの方は?」
「同好の士です。それよりも、今日はどのような用件ですかな、随分と手荒な真似をして」と、声に非難を含み、単刀直入に訊いた。 
「無理に同行させた非礼はお許しください。秘宝について腹を割って話をしたい」 
「天野氏から凡そのあらましは聞かれたようですな」 急に真顔になったアダムスに対して、鴻池はとぼけるのを止めた。
「はい、聞きましたが、大した話ではありません。鴻池さんの方がずっと詳しそうですね」
これで用済みになった天野は切られるであろう。
「私もたいしたことは知りません、まだ手探り状態です」 天野の知識は、いわば初心者程度である。だがアダムスは違う。少なくとも、日本以外の地域での事柄についての見識は、鴻池の比ではないだろう。矢張り鴻池が睨んだ通り、手詰まり状態の様だと、鴻池は内心ほくそ笑んだ。だが、アダムスは甘くなのかった。 「古平の禅源寺の五百羅漢図は大作ですね、作者は苦労されたことでしょう」
鴻池は、あっ、と思った。以前、剣山の宿で古平の羽倉家の事を話していたのである。その時は、そこまで調べるとは思ってはいなかった。アダムスが小樽市を訪れた時、教育現場の視察と称していたが、違っていたのだ。目的は古平の調査だったのだ。迂闊であった、と内心臍をかんだ。
「羽倉さんが日本最古の糸我稲荷神社の社家の家系であったとは、じつに興味深いですな」と、たたみ掛けてきた。俺も知っているぞ、と言わんばかりである。鴻池は内心慌てかけたが、待てよ、と踏み止まった。それならば、もう鴻池に用はない訳である。まだ、アダムスの知識は上面に過ぎないのだ。口調から富田宮司とは話をした分けではなさそうだ、と感じた。仮に接触があったとしても、富田宮司は内容を知らない。また、鴻池と交わした三柱鳥居の事などを話すとは思えなかった。何故なら、国土を荒廃させた戦勝国の人間に良い印象を持つはずがないからだ。ましてや、羽倉家代々に伝わる秘伝書はこちら側が握っている。アダムスは腹を割って話をしたいといっているが、張ったりか鎌をかけていると感じた。ロリー・チャート家は歴史的な事情から基本的に国家も他人も信用していない。迂闊には乗れないと、鴻池は再びあくまでもとぼけることにした。
「金峰山寺にはどのようなことで行きましたか」 「歌にも歌われている吉野の桜見物ですよ」
アダムスは鴻池の口調から拒否を感じたのであろう、「聖櫃とソロモンの秘宝は我々ユダヤの文化であり、精神的にも最大の財産なのです。お願いします、そちら側で知っていることを教えていただけないでしょうか。勿論、只とはいいません。十分なお礼は支払います」と核心をいい、頭を下げた。
鴻池はその言葉に強い不快を覚えた。へりくだった言い方であるが、札束で人の頬を引っ叩こうとする、相手の意図を感じたからである。ふざけるな、と怒鳴りたい思いだった。
「我々は秘宝の行方よりも、本来の目的である古代史研究と、ついでに観光目的で、訪れたのに過ぎません。さあ片桐くん、用は済みましたから帰りましょう」と、突っぱねた。
部屋を去ろうとする鴻池の背中に、アダムスは、「私は諦めませんよ」と言うのが精一杯であった。二人はそのまま京都に向かい、以前泊まった宿に宿泊した。アダムスの手の者が監視しているであろう事は承知していたので、鴻池はわざと二階の部屋の窓を開け、俺は此処に居るぞ、と宣言するように窓際に座り少しの間、風呂上りの身体を夜風に晒した。来るなら来い、アダムス何するものぞ、という思いでいっぱいであった。
その夜、片桐と酒を酌み交わしながらアダムスとの経緯を話した。
「では、GHQは大きな組織ですが、アダムスの持ち駒も限られている、ということですね」
「その通り。そこにアダムスを躱す鍵があると考えています。どうやるかだが、まあ、アダムスも必死でしょうから、此方は当面、のらりくらりといきましょう」
翌日、二人は京都の名所名跡を幾つか見学して、敦賀に向かった。伏見稲荷神社はあえて避けた。
後で、監視している筈の者からの報告で、アダムスは隙を見せない鴻池の行動に焦れるであろうと、計算しての事である。敦賀に到着し小樽行きの船便を待つ間、何事もなく過ぎていった。だが、このまま引き下がるようなアダムスではない。GHQの権力を行使してでも目的を果たそうとするかもしれない。漠然たる不安を抱いて小樽を目指し、鴻池と片桐は船に乗り込んだ。


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