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作品名:秘宝の行方 作者:じゅんしろう

第12回   12
V
   冬の日本海の航路は荒れる事が多いため、海が穏やかになる季節にしたのだが、これは鴻池の船酔いを避けるための惣佐衛門の配慮による。片桐は秋月同様水を得た魚の様に元気そのもので、「くさくさした日々を送っていましたが、この航海で生き返ったようです」と、笑顔を見せた。
   無論、ロリー・チャート家の息の掛かったものが見張っているかも知れないので、用心の為、朝早く二人は別々に乗り込み小樽港を後にした。船舶には関係者や馴染みの客しか乗船してはいない。貨物船は左に東北各地の緑の美しい山々を見ながら航行する。
   「国破れて山河在り…」 鴻池は有名な杜甫の詩の冒頭の一節を口にした。
   「あれから五年か、早いものだ」 今年の八月で敗戦から五年を迎える。
   想えば無謀な戦争であった。多くの罪もない人々が亡くなり、開戦を主導した東条英機も東京裁判により、昭和二十三年十二月二十三日に絞首刑となった。被災された方々や、疲弊した国の事を思い起こすと、自然と目頭が熱くなった。
   「如何されました?」 片桐は鴻池の変化に気がついたのか、心配そうに訊いてきた。
   「いや、なにね、敗戦から五年。日本人は逞しく活動を再開しているが、まだまだ復興には程遠いなと考えたら、何か涙がでそうになってね」 鴻池は別な言い方をした。
   「そうですね。秋月さんはソロモンの秘宝を発見したら、それを日本の復興資金にしたいと、常々おっしゃっておりました。秋月さんは戦争を引き起こした軍人の一人として、自分なりの責任の取り方を模索していたようです」 その言葉に、唐突ではあるが剣山での秋月の最後の言葉を思い出していた。
   鴻池は薄れゆく意識の中に、無念だ、という秋月の声が蘇えったのだ。片桐の言葉から、普段無口な秋月の強い思いを理解した。彼も戦争の犠牲者の一人だったのだ。鴻池は心の中で秋月の為に、黙とうした。閉じた瞼から涙があふれ出た。
   敦賀に着くとそこで宿を取り、最終的な打ち合わせをした。
   最初に役小角が開創した修験者の霊場、金峯山寺に向かい当時の状況を思い起こして見る事にした。
  修験道は中世末期以降、天台宗系の本山派と真言宗系の当山派に分かれている。目指すは当山派である。
金峯山寺は吉野町にあり、桜の名所として有名である。更には、後醍醐天皇が南朝を開き、足利尊氏側の北朝と対峙した事でも知られている。熊野古道を挟んでの反対側は空海が開いた高野山であり、奥の院を見学する予定だ。出来ればその裏手の三つの山を望むことが出来たら見てみたいと考えていた。更に金峰山側に戻り熊野古道を南下して、糸我稲荷神社に到り宮司からそこの歴史を聞き込む。そうして盤座を調査する、というのが大まかな予定である。身分は在野の古代史研究家という事にした。
   前回と同様に京都に入り、汽車で奈良に向かい、昔ながらの風情のある宿を取った。奈良は古刹名刹の宝庫である。同時に、各朝廷の覇を競った紛争の地域でもあった。秦河勝、継手親子はその紛争に大いに係わりがある。ゆえに秘宝の散逸を恐れ、同族のごく一部を除き人知れず隠し埋蔵したのであろう。秘宝は秦氏一族の象徴であり、古代イスラエル族滅亡から永きに渡って受け継いできた精神的な存在意義の主柱だ。世界中の多くの冒険家、探検家がその在りかを廻って奔走してきたのだ。それをレビ族の末裔、最後の伝道者である羽倉磐乃の霊によって、鴻池が導かれようとしている。磐乃の怪奇な霊魂の事件から、足掛け十年である。或る因縁めいたものを感じていた。秘宝探索において、私が磐乃に選ばれた、と、言えなくもない。そう考えると、特別な思いが生じ武者震いを感じていた。
   古都奈良から熊野古道の、は入り口の左手側に、修験者の霊山 金峯山寺があり、右手側の道を辿ると高野山である。修験道の本尊は蔵王権現であり、金峯山寺の本堂にある。仁王のような像容をしているが、インドや中国起源ではなく、神道や仏教ともつかない山岳信仰による日本独特なものだ。
   「頭髪は逆立ち、目は吊り上がって忿怒の形相か…」 片桐はぽつりと言い、見入った。
   ? 戦争で犠牲になった大勢の人々は、内心この様な気持ではないだろうか。その苦しみが癒えるのはいつの事になろうか。 鴻池も複雑な思いで同様に見入った。
   二人は見晴らしのよい高台まで登って行った。金峰山という名の山はない。ぐるりと見渡す連山の総称である。辺りに有る桜はまだ蕾程度だ。目指す山上ヶ岳は南方二十キロ余の処に位置する。一番高い山ではあるが、飛びぬけて高くはなかった。異相の役小角を見て、秦継手はソロモンの秘宝を埋蔵することを断念したのであるが、位置関係からすると糸我稲荷神社の方が近い事になる。ただし、山上ヶ岳にある大峰山寺に同様に蔵王堂が有る。金峰山寺は山下の仁王堂、大峰寺は山上の蔵王堂と呼ばれていた。修験者の勢力範囲の為、それも一因で断念せざるを得なかったのであろう。
 高野山に向かった。空海が唐より教授を受け平安時代の弘仁七年に開いた、密教真言宗の本山である。本尊は大日如来である。金峰山と同様、高野山という山はなく連山の総称である。総本山金剛峯寺の境内は広く、多数の子院がある。奥の院の参道には皇室、公家、大名の墓が多数ある。その数、二十万基ともいわれ、特に戦国大名に人気があった。彼らは生きるか死ぬかの日々を送ってきた。最後は安住の地を求めたのであろうか。そうして、参道の果てに空海の御廟と灯籠堂がある。
   二人は曼荼羅の思想に基づいて創建したといわれる壇上伽藍の根本大塔の前に立った。二階建てであるが、二階の部分が丸く造られていて、何とも不思議な感覚を覚えた。これは主尊を中心とした密教曼荼羅の考えによる。かの織田信長が建てた安土城の天守閣は、これを参考にしたのではないのかとさえ思われた。空海は宇宙の中心、信長は日本の中心を目指したのではないのか。そのような事を連想させるものであった。奥の院の参道に入り、御廟を目指した。二キロほどの長い回廊である。空海は未だ生きているという考えで、毎日食事を供えている。御廟橋を渡ると聖地である御廟の手前まで行った。その奥は窺い知れず、三山を望むことは出来ない。ただ、直感的に秘宝の埋蔵はいただけない、と鴻池は思った。真言宗の聖地に財宝は似つかわしくはない。
二人は引き返し熊野古道を南下した。昔は蟻の熊野詣といわれる位に大勢の参詣者で賑わったが、明治維新後の神仏分離令や神社合祀令により、周辺の神社は激減し廃れた。時の政府は神仏に対して、大打撃を与えた。その為今は閑散として、人影は極めて少ない。また古道は石畳が多い。これは和歌山県の降雨量が多い為の対策である。木々の緑と年代を経て縁が丸みを帯びた石畳は風情があり、心が洗われるようだ。ともすれば秘宝探索の事をしばしば忘れてしまいそうだった。悠久の自然というものは人間の俗な心を消し去るものがある。鴻池がその様な気持に浸っていたら、片桐がそっと近づいてきた。
「そろそろ昼にしませんか?」 道は急いでいたが、昼はとっくに過ぎていた。 「ああ、もうそんな時間になっていましたか、つい時の経つのを忘れていました。すみません」
 二人は近くの朱の鳥居がある小さな古い祠の傍に腰を下ろした。道々にこの様な鳥居と祠があった。
 宿で用意してもらった握り飯をほおばり始めると、囁くような声で、「鴻池さん、顔を振り向けずにそのままの姿勢で聞いてください」 「?…」
 「どうも、我々は付けられているようです。初めは気のせいかと思いましたが、木陰に身を寄せ此方の様子を窺うようなそぶりを見せ、我々を追い抜こうとはしません。ただ相手は素人のようです」
「素人?よく分かりますね。どのような人ですか」 鴻池はアダムスの事を思い浮かべた。
「小柄な年配の男のようです」 鴻池はアダムスが人を手配していたのかもしれない。そうなると、小樽で嗅ぎまわっていた男かも知れないと思ったが、惣佐衛門が中肉中背の男といっていたので、違う男の様だ。小樽にいた時からだと相当長い期間監視されていた事になる。ただ、鴻池たちは一時船舶での移動だったので、複数の人間による電報などを利用した連携ののであろう。やはりアダムスは油断のならない男だ。いや、ユダヤ民族の執念かも知れない。ただ、素人を使うか、という疑問が残る。そこまで考えて、自然景観に浸っている時ではないと、あらためて気を引き締めた。
「それにしても、私はその男のことを全然気がつきませんでした」
「あ、いや、自分は海軍に居た時、諜報機関に配属していたことがあるものですから」
「ほう、そうですか」と言いながら、真面目そうな片桐の横顔を見た。人間の本質は身分や表面上の表情で、決して測れぬものであるという事を長い探偵稼業の経験から知り抜いていたつもりであったが、一本取られた気持ちになり内心苦笑した。
「さて、その男をどうするかだね」 「はい。ただ、あからさまに相手に気がつかれたと感じさせるのは得策ではありません」 「では、もう少し行くと、熊野本宮大社に着きます。そこから道を左にとり熊野那智大社に行けば、男は我々が熊野三山を調査すると勘違いするだろう。今夜の宿はそこで泊まることにして、明朝早く、私だけ大辺路といわれる海岸沿いの道を通り、途中有田市方面に行く荷馬車などを捕まえて急ぎ糸我稲荷神社を目指すことにしよう。片桐くんは別行動で来てください。かなり長い道のりになりますがこの際仕方がないね」
「そうですね、私も賛成です。それで男を何とか撒くしかありませんね」
鴻池は何が起きてもいいように色々な事を考慮して、熊野古道の周辺地域を頭に叩き込んでいた。


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