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作品名:秘宝の行方 作者:じゅんしろう

第11回   11
鴻池は、秋月と片桐の友情は何処までのものか分からぬが、熱いものを感じていた。同時に、探索の相手に打って付けの人物であると思い、惣佐衛門を見た。惣佐衛門も直ぐに意図を察し、自分も同じ意見のようで、「片桐さん、次に職を見つけるまで、当面、鴻池君の下で働いてみたらどうだろうか」と言った。
「と、いいますと、どのような仕事でしょうか?」 片桐は秋月の死で、秘宝の件は終いと思っていたようだ。 「片桐さんは秋月さんから聞き知っているようですね。率直にいいますと、今一度秘宝の調査をしようと思っています。そこで鴻池君の相棒として和歌山県の近辺に同行してもらいたい」
片桐は惣佐衛門の思いがけない言葉に、一瞬、顔が染まった。
「それは是非、やらせていただけるなら幸いです。秋月大尉殿に成り代わり、頑張ります」
話は決まった。秋月の遺骨を郡上八幡の菩提寺に納めたなら、独身だというので東京の住まいを引払い、小樽に舞い戻って貰うことにした。家族は昭和二十年三月の東京大空襲で全て亡くなられたという事だ。片桐もこれからの生き方を模索しているらしい。多くの人がそうであるように、何もかもが戦争で人生が狂ってしまった一人である。念のため、拳銃を所持しているか確かめると、持っていないという。人を殺めるものは、もう、持ちたくないと言った。
秋月の遺骨を持った片桐を送った後、鴻池は計画を綿密に練り直す作業に入った。もう失敗は許されないと考えていたからである。年が明け正月は惣佐衛門の屋敷で迎えた。あえて里枝の処には往かなかった。短い日々でも耽溺した生活を送るのは気持ちが萎えるのを恐れているからである。鴻池にとって、これが一世一代の大仕事になるだろうという思いがある。我が人生の結論を得たいと思っていた。これ程充実した精神に溢れんばかりの時期は未だかって経験した事がない。
屋敷で静かな日は元旦のみである。後は来客で騒々しいばかりだ。往年の繁栄が戻ったようだ。るいや登美たち女中は忙しく立ち働く。特に、るいにとって正妻としての晴れ舞台である。忙しいと言いながらも嬉しそうであった。その代り鴻池の部屋には久子や伸吉が避難するように頻繁に来た。大人しいと思っていた伸吉に鴻池が冒険小説のさわりを話してやると、意外な事に目を輝かせて聞き入っていた。やはり、血は争えないのか惣佐衛門の息子だと思った。久子はそのような異母弟を好ましい目で見ている。姉弟愛を感じた。鴻池は話しながら、八年ほど前の異常な事件からこのような光景を目にする事になろうとはと、考え深い思いを懐いた。
? これも磐乃との縁というものであろう。この子たちが大きくなってゆく程に、自分は歳を取ってゆく。 これからの日々を疎かに過ごしてはいけないと、あらためて思いながら話を続けた。
正月の松の内も明けた頃、片桐が戻って来た。背広にコートとバックが一つという身軽ないで立ちで会った。これが全てで、後は売り払ったという事だ。彼の覚悟のほどが感じられ、鴻池は好意を持った。
秋月の実家には兄の家族が住んでいたので事情を話して、遺骨を引き取ってもらったと言った。幸いにも、戦前一度だけ秋月の実家を訪れ、互いに顔を見知っていたので問題はなかったようである。
鴻池は惣佐衛門に了解を取って、自分のアパートに住まわせ、事務所で片桐に自分が知りうる情報を伝えた。前回、秋月との腹の探り合いの愚によって、意思の疎通が思わしくなかった為の失敗を繰り返さない為である。その為、単に詳細の説明だけではなく、一杯飲み屋に連れ出し酒を酌み交わしたりもして、交友をはかった。そんな或る日、惣佐衛門から電話連絡があり、アダムスが来訪してきたので、一人で直ぐ会社に来てくれという。片桐本人とアダムスを合わせない為である。
会社の応接間に着くと、長身のアダムスが近寄ってきて、「もう、すっかりお身体は良いそうですね。安心しました」と、にこやかに旧知の間柄でもあるかのように、握手を求めてきた。
「おかげさまで、この通り、ぴんぴんしていますよ」 「ぴんぴん?」
「あはは、日本の言葉で、元気いっぱいということですよ」 「おう、知りませんでした。日本語は疑似音が多様でなかなか覚えきれません」 「何をおっしゃる、貴方は生半可な日本人より上手ですよ」 「お褒めにあずかり、光栄です」 「あはははは」と二人は同時に笑ったが、惣佐衛門もつられて笑った。鴻池はいつもの、ひよう、ひようとした態度に徹した。本心を隠し、相手から何かを探り出そうとするのは、自然と相手に伝わり、相手も警戒する。長い経験から身に着けた知恵である。
「アダムスさんは北海道の教育現場の視察に来たとおっしゃっていたよ」
「ほう、小樽にも、ということですか」 「はい、そうですが小樽はもう済みました。これから札幌に向かいます。小樽に来たのは鴻池さんの身体の具合が気になっていたものですから」 「嬉しいことをおっしゃいますね、ありがとうございます。それにしても、全国を飛び回っているようで、多忙のようですね」と調子を合わせたが、鴻池は内心不快であった。要は全てアメリカ方式にしてこれまでの国の教育を骨抜きにしょうという事だ。四年前まで、鬼畜米英と教えていた教師も転向し、右往左往していた。学者などと称する者は、それが顕著で人間性を疑わざるを得ないような、あきれるような人たちが多い。戦前から戦争には反対をしていたと、軍国主義を煽っていた人たちが、手のひらを返したように自己保身のために己を正当化するのである。この程度の人間に学んでいた、学徒出陣で死んでいった多くの若者はどう思うであろうか。そんな世相を苦々しく思っていた。
「ところで、剣山にはまた行かれるのですか?」 アダムスはさり気なく訊いてきた。これが本題である。 「いや、あそこには目指す古代の土器は無いように思います。従って何処か別の場所を検討中です」 「もう、目星は付いているのですか」 「いえ、これからです」
アダムスも心得たもので、鴻池のこの会社での立ち位置などは一切口にしない。
「また、何処かでひょっこりと会うかもしれませんね。その時はまた酒を酌み交わしましょう」
「そうですね、是非」 二人は分かれの握手をしたが、秘宝の探索が無ければゆっくりと話をしてみたいものだという、アダムスの人柄の良さを感じていた。惣佐衛門に挨拶をすると待たせてあった外車に乗り込み、去って行った。見送った後、何となく不思議な余韻が残った。人間というものはつくづく不思議な生き物だと思う。四年前まで死闘を繰り広げてきた敵国の人間と内面的には兎も角、表面上はにこやかに談笑するのである。思考するときの癖で、鴻池はゆっくりと首を傾げていた。
その後も鴻池と片桐、或いは惣佐衛門も交えて計画を練っていった。そうして準備を整え、三月中旬、二人は糸我稲荷神社を目指して旅立った。


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