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作品名:秘宝の行方 作者:じゅんしろう

第10回   10
鴻池は久子と屋敷に帰った後、一人、黒木家でのやり取りの事を考えた。
― 実地調査をした結果、剣山では秘宝の埋蔵をする地としては相応しくない。何故なら、古代において多くの民が暮らしていたようだ。誰でも知りえるような所に隠すか、という大いなる疑問が残る。埋蔵地は絶対に知られてはいけない。
用心深い一族なら、あらゆることを想定してカモフラージュとして剣山を利用したのであろう、それならば納得できる。事実、秘伝書が目の前に出現してみると、予想が的中したことになる。族長、司祭を司るごく限られた者だけが知りうる事であるならば、最古の稲荷神社に埋蔵する事が相応しいと思う。例えば剣山に有ったと仮定するとしても、今では噂話にしか過ぎず、何処にあるか、誰も分からないのだ。それでは困る。秦氏は技術集団でもあり、合理的なものの考え方をするに違いない。忘却することを恐れ、それを排除しょうとするはずだ。日本最古の糸我稲荷神社であるならば忘れようがないのだ。ただ、秘伝書は二百五、六十年ほど前に書かれたものである。どの程度信憑性があるのか、完璧なものなのかは現地を調査して確認作業をするしかない。 そこまで考えて、はたと気がついた。
具体的に埋蔵地は分かっても、どう発掘するか、という問題がある。糸我稲荷神社の現在の社家に断りもなく、勝手なことは出来ない。一笑に付されたら、それでお仕舞である。八年前、羽倉福太郎一家が追われ、北海道に渡った、という事を知ったが、今の社家(後で調べた結果、宮司であることが分かった)が秘宝について伝承されているのかどうか、疑わしい。その可能性は無い、と考えられる。従って、どう話を進めるか、注意深さが肝要だ。また現地調査は一人では難しい、相棒が必要かも知れないと考え始めた。だが、そう都合よく適任の人物がいる分けではない。どうしょうかと思い悩んだ。
惣佐衛門が帰宅するまで、資料を整理し私見も書き述べた。後は惣佐衛門がどう判断するかである。
惣佐衛門は渡された秘伝書や意見書を読む内興奮してきたのであろう、顔が高揚感で紅くなった。
「書かれたことが本当なら、世紀の大発見だね」と上擦った声で言い、お茶を、がぶがぶと音を立てて飲んだ。 「はい。信憑性の有無はこの目で確かめなければ何ともいえませんが、今、私たちは歴史に残るかも知れないことをやろうとしている処です」
「うん、まさしくその通りだ。ただ、発掘方法がね…。如何したものやら、難題だね」
「ええ、私も頭を悩ませている処です。といって関係省庁に相談しても鼻で笑われるだけですし」と言いながら、惣佐衛門の反応を注視した。もしかすると、国家的事業に発展するとも限らないから、考えを確認する必要があるからだ。
「はっ、はっは、それはそうだろう。先ずは我々で確証を得る必要があるからね」と、あっさりと言った。大規模な発掘になった場合、二人では手に負えないと認めているのだ。
「鴻池君、男のロマンだよ。それ有るのみ」と再びロマンを口にした。そう言うと、いったん部屋を出ていき直ぐ戻って来た。 「いま酒の用意をさせている。飲まずにはいられないね」と笑って言った。
 「それにしても、空海の出現まで百七十年も待つとは、凄い信念だな」
「ええ、本当に。また、考えている以上にソロモンの秘宝は量が多いのかもしれません。世界を彷徨っていても、宗教上の意味合いを帯びている分けですから、決して手放さず手を付けることもなかった」
「あり得るだろうな。ユダヤ民族は執念の人々でもあるから、淡白な日本人とは大違いだ」
そこへ酒や肴は久子と登美が持ってきた。登美が去っても久子が残り、「少しお酌しますわね」と綺麗な声で言った。鴻池は、えっ、と思いおもわず久子を見ると、「だって、あのような上機嫌なお父様のお顔は初めて見ましたわ。私も嬉しくなってよ」という言葉に、惣佐衛門は恰好を崩し、「そうか、初めてか。久子には適わんな」と破顔した。鴻池は街を一緒に歩いた時の眩しいくらいの美しさと、家での可愛らしさを兼ね備えた久子の二面性を見たような気がした。ともかくも、良い縁に巡り合いますように、と、磐乃の悲惨な結婚を思い起こしながら祈った。久子が去った後、鴻池は懸念していることを訊いてみた。
「例のロリー・チャート家のアダムスの件ですが、惣佐衛門さんの周辺に探りを入れているような気配は有りますか?」
「うん、それなのだが、この間知り合いの社長が妙なことをいってきた。仕事は順調かね、とね。初めはたわいのない挨拶と思っていたのだが、その後の話しぶりから、どうも違うらしいと気がついた。それに他の社長も似たようなニュアンスでさり気なく訊くのだよ」
「ほう、もしやアダムスが興信所を使い、あちらこちら、会社の実情を探らせたかもしれないですね」
「うむ、今となっては、さもありなん、という処だね」
「そうなれば、やはりアダムスは油断できない人物ですね」
「ああ、そう思う。四国で会ったとき、一度小樽に来るようなことをいっていたから、その時は此方からも探りを入れてみよう」 
「ええ、是非そうしてください。今日、秘宝の探索をしているのは日本人では我々だけでしょうから。我々の動向を注視しているでしょう」
「うん、私もロリー・チヤート家に一泡吹かせてやりたいと思っている。戦争には負けたが、この件でもう一度勝負だ」と言って、惣佐衛門は不敵に笑った。闘争心に火が付いたようである。
その後の打ち合わせで、年が明けたら取り敢えず、鴻池が糸我稲荷神社に行くことに決定した。
「その際、磐乃の供養もしてやってくれ」と、意外な事を言った。
思わず惣佐衛門の顔を見た鴻池に、「いいのだ、そうしてくれ」と言い、目を瞑った。
惣佐衛門の心を推し量り、鴻池はあらたに力が湧いてきた。それまでには身体は完全に回復するだろう。ただ、もう一人連れが必要だという事で二人の意見は一致した。剣山の時の様な事故がまた起こらないとも限らないからだ。出発まで人選を急ごうという事になったが、口が堅くて信用できる人物はそういるものではない。あるいは一番の問題かもしれない、と鴻池は密かに思った。雑談の中で、「アダムスに、大阪の鴻池財閥の関係者ですかと訊かれましてね。違うと答えましたが、北海道は本州から移住してきた人々の集まりです。私の祖父が福井県出身というだけで、その前は全然分かりません。惣佐衛門さんの処はどうですか。」と鴻池は気に係っていた事を、さり気なく訊いてみた。 「私の処は徳川家の貧乏御家人だったようだ。維新後、うだつの上がらぬ暮らしに見切りをつけ、小樽に渡って来たと、亡くなった親父がいっていた。この地に来て正解だったよ」
惣佐衛門はあっけらかんとした口調で言ったが、鴻池は内心、はっ、とした。四谷怪談のお岩の家は榊原采女筒持同心の一人娘だったからだ。実際の田宮家は維新の時も存続していた。ただ、養子が入った為、お岩の血筋とは繋がりが切れていた。惣佐衛門はその田宮家の分かれではないだろうか、と考えた。田宮家と磐乃、偶然にしては出来すぎていると思われたからだ。血筋が切れても恨みは消えない。
お岩を生んだ母親は何処から嫁いで来たのであろうか。時間があれば調査してみたいものだ。もし、この一連の出来事と何らかの関係があれば、自分は得体の知れない大きな渦の中に巻き込まれているのではないのか、と、空恐ろしさに身が縮む事を禁じ得なかった。
「如何したね、難しい顔をして」  惣佐衛門の言葉に我に返った鴻池は、「いやなに、世界的な大富豪のロリー・チヤート家と一戦を交えるかと思うと、何か因縁めいたものを感じたものですから。武者震いですよ、ふっ、ふっ、ふっ」と咄嗟に誤魔化した。今、考えたことは惣佐衛門には禁句である。
「そう、その意気や好。今宵は大いに飲もう」と惣佐衛門はまた不敵に笑った。
翌日から、鴻池はリハビリや資料集めに多忙な日々を過ごした。花園町の事務所に戻った時などは、里枝が飛んできた。 「ねえ、いつまで田宮さんのお屋敷に居るの。早く帰って来てよ」と、咎め口調で言う。 「新しい仕事を依頼されてね。それが終わるまでは、まだ帰れない」と言いながら、抱き寄せ接吻してやると、「本当、きっと約束よ」と、甘い声を出す。里枝には言わなかったが、剣山の時の様に命懸けになるかもしれないのだ。この最大の懸案が済むまで、一緒に住むわけにはいかない。
既に、事務所の家賃の半年分は惣佐衛門が支払ってくれていた。
そのような日々を送っていた年の暮れが迫りつつある時の事である。惣佐衛門から連絡があり、直ぐ会社に来てくれとの事だった。稲穂町の会社に着くと、応接間で見知らぬ三十代半ばの男と惣佐衛門が向かい合っていた。
「急がせてすまん。こちらは亡くなられた秋月さんの海軍時代の元部下だった、片桐さん」
「初めてお目にかかります、自分は秋月大尉殿の下で働いていた片桐耕助というものです。一度、鴻池さんと剣山に向かうという手紙を受け取っておりました」 実直そうな物言いである。
「少尉だったそうだ。秋月さんから連絡が途絶えたので心配になり、東京から私の処へ訪ねてきたという訳だよ。あらましは説明しておいた」
「勤めは休暇を取られて来られたのですか?」
「いえ、混乱期にやむを得なく闇市で働いておりましたが、もうそのような時代ではないと思い、辞めました。次の職を見つける前に、可愛がってくれた秋月大尉殿の消息が気になり、訪ねた次第です」
「そうでしたか、社長からお聞きになったと思いますが、お気の毒でした。生死は私と紙一重の差であり、私が死んでもおかしくない状況でした」
「はい、そのことは社長さんからお聞きしました。人の生き死には海軍時代に余りにも多く経験しております。まことに残念でありますが、いた仕方がないと思っております」
「これから如何されるお積りですか?」
「秋月大尉殿の遺骨を引き取り、以前見聞きしておりました、生まれ故郷である岐阜県の郡上八幡のお寺に納めることにしました。これまでのご厚情には大尉殿に代わり、感謝いたします」


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