20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:積丹半島 作者:じゅんしろう

第3回   3
或る夜、仕事関連の何冊かの書籍を買い求めた後、夕月に寄った。
 客は常連で郡山さんという白髪の男性一人だけであった。当然、私とは顔なじみであり、何度か二人で他店にはしご酒をした呑み友達でもある。
 「こんばんわ」 「やあ、こんばんわ」と気さくな挨拶を返してくれるが、小樽でも有名な建設会社の社長である。偶々、高校の先輩後輩であることが分かり、さらに親しくしていただいたのだ。
 「どう、調子は?」  「はあ、先ず先ずです」
 「そうか、私の所もだ」と、このような調子の会話であるが、意味は通じているのである。大きさの違いはあるが、同じ経営者としての近況を語り合っているのだ。実際の状況は言葉の高低や強弱で自然と分かる。お互い何事もないと感じると、他愛もない世間話や馬鹿話になる。そのような付き合いを何年間もして来た。
すると戸がガラリと開いた。私は戸に背を向けていたので、誰が来たのか分からない。
 「やあ、ジョアンナさん」と郡山さんが嬉しそうにいったので、私も思わず振り向いた。以前、ここで会った女性だった。同時に、メリーゴーランドで何度か会っていたことも思いだしていた。当時、私たちは二十代だった。その間、十数年の月日が流れていたことになる。当然歳とともに顔の輪郭も変わり、落ち着いたものになる。それで思い出さなかったのであろう。ちらりとだが、あらためて見ると彫りが深く瞳も蒼っぽい。
おまけに長身で、私よりやや背が高く、黒のワンピース姿であるにもかかわらず、腰の位置から足が長いのが分かった。
 まあ、私とはどのみち無縁な女性だな、と思いながら酒を呑んだ。郡山さんは楽しそうに彼女に話しかけていた。ジョアンナさんはそつなく受け答えをしている。そのやり取りを聞いていたら、この女性は相当離れしているな、と感じた。今は小樽運河の影響で観光地化され、外国女性が珍しくなくなったが、彼女と初めて会った当時の小樽は、ハーフの女性など極めて少なかったのである。その分、好奇の目に晒されていただろう、などと思いながら呑んでいたら、「八田浩司君、このような美人が側に居るのだ、君も一緒に」と、珍しくはしゃいで高いトーンの郡山さんから声が掛かった。
 振り向くと、すでに赤ら顔になっている満面笑みの郡山さんの顔があった。
 私が会釈をすると彼女は、「お久しぶりですね、何年振りかしら」と微笑していった。彼女は私のことを覚えていたのだ。
 「前回お会いしたとき、どこかで見たことがあると思いましたが、思い出しませんでした。この間、メリーゴーランドの山崎さんのところで、たまたま、貴女の話がでましたが、やはり定かではありません。でも、郡山さんのジョアンナさん、といったとき漸く思い出した次第です」といって、私は笑みを返した。
 「あら、そう。私はこの前お会いしたときすぐに思い出していたのよ。少し悔しい」といって、軽く睨む真似をして、笑った。
 「おっ、お二人は前から知り合いかね、おやすくないね」と、郡山さん。
 「いえ、昔、何度か或る喫茶店で見かけたことがあるというだけです」
 「いやー、こんな美人をすぐ思い出さないとは、男性失格」と郡山さんはいい、ははは、と笑った。その後三人で呑んだが、郡山さんは宴会気分のようで若者のように彼女相手にはしゃいでいた。私と郡山さんとでは歳が二十五歳くらい離れている。酒が進む前は、紳士然としている郡山さんであるが、今夜は随分と様子が違っていた。彼女とは親子ほどの歳の差である。男性の女性に対する想いとは、いったい幾つ位まで持ち続けるのであろうと、ぼんやりと思った。
 その後、ときおり夕月で彼女と顔を合わすようになった。夕月はカラオケも無い、静かな雰囲気の店である。その為、客層は年配の男性が多く、若者や女性客は少ない。兎も角も、私とは十五年来の顔見知りということで、会えば自然と二人で呑むことになった。ただ、彼女の呑み方は雰囲気を味わうというもので、酒量は少ない。問わず語りによると、彼女の職業は看護婦ということである。当時は看護師ではなく、まだ看護婦である。大きな総合病院に勤めており、勤務時間はシフト制で、夜勤などもあり不規則だという。結婚はしておらず、それで気晴らしに来るといった。私は洟から異性として対象外と思っていたから、お互いに私生活のことは詮索しない。それが好かったのか、人として私に好意を待ったようである。
 或る夜、彼女がカクテルを呑みたいといいだした。
 「カクテル?」 「ええ、カクテル」
 当然、和風の小料理屋にカクテルは置いてあるはずもない。つまり、他の店で一緒に呑みたいということである。私は若いホステスがいるスナックなど、数えるほどしか知らない。ましてや、日常的にはしご酒などをするタイプではない。ただ、マスターが一人だけの静かなバーにたまに行くことがあるので、そこに連れて行くことにした。
 そこは夕月から少し離れた繁華街の片隅というようなところにある。そこまで二人で歩くわけであるが、なんとなくすれ違う人に見られているような気がした。
 「ジョアンナさんは容子が良いので、皆さんが見ていますね」
 「いえ、八田さんを見ているのよ」といった。
 「えっ、私を?」  「そうよ」
 「?…」 「私と連れ添っている男の人は、どのような人だろうってね」
 「へえー、そうなのですか」 
「はい、そうです」といって、彼女は悪戯っぽく笑った。
 私はそのとき、彼女の小樽での立ち位置を少し理解した。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 4161