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作品名:積丹半島 作者:じゅんしろう

最終回   21
その後は何事もなく時間が推移していき、春に結婚をした。親族同士のささやかな披露宴であったが、和気藹藹で満足するものであった。
新婚生活が落ち着いて、しばらくぶりに夕月に行くと、客は郡山さん一人だけだった。
「よう、しばらく。ところで、ジョアンナさんを随分見かけないが、どうしているのか、知っているかい?」
「いえ、知りません」 「そうか、寂しいね。小樽に居るのかねえ…」
私はその時、彼女が郡山さんに相談していたらどうだったろう、と考えた。
郡山さんは私より金持ちである。しかし、下心がなければそのようなことには応じないであろう。郡山さんの性格はある程度承知している。妻子もあり孫もいる、基本的には紳士であるので、その様な厄介ごとには身を躱すであろうことは、容易に想像できた。それが世間の常識なのだ。
私はひとつ頭を振ると、「私、この春に再婚しました」と明るくいい、話題を転じた。 「おお、そうか、おめでとう。では、今宵は八田君のために祝杯だ。女将、ビールを出して乾杯しょう」 その時、女将の笑顔はいつもと違い、安堵感があった。女将なりに彼女とのことを心配してくれていたことを知った。
三人での宴会は遅くまで続いた。
それから二十年後のことである。子供は二人でき、娘は地元に在る大学生で、息子は高校生になっていた。遅くできた子供たちであったが、よくできた嫁で家庭は円満であった。子供たちが独り立ちするまで、あとひと踏ん張りといったところである。母は五年前に他界している。生前、孫を可愛がり満足した余生を過ごしたと思う。
そんなある日、娘が積丹半島に行きたいといいだした。話を聞くと、友人が足を骨折して見舞ったとき、その病院に神威岬の写真が飾られており、感動したので見たいというのだ。それは半分口実で、今年運転免許を取得したので運転したいのが本音であろう。
私はその時、久しぶりに彼女の顔を思い浮かべた。今は何処でどうしているのかは分からない。二十年の歳月の流れはある意味重いものに感じていた。
次の日曜日、あれこれ経緯があったが家族全員で出かけることになった。
快適なドライブであった。蘭島を超えると余市町に到り、右手は海岸線が続く。出足平峠を越えると古平町に入る。俄かに二十年前のことが蘇ってきた。今となっては懐かしい思い出である。美国から積丹の台地に入る。そこを通り抜け婦美に入る道をとった。コロポックル荘前に来ると、小道は木枠で封鎖されていた。更にゴンドラは撤去されている。閉鎖去れているのは明らかであった。女将も生きていれば九十歳を超えている筈であった。従って、存命であるのかどうかは分からない。何となく無常を感じた。私もそういう年代に入っていることの証であった。島武意海岸に皆を連れて行った。予想通り、黄色いエゾカンゾウの花が咲いていた。
家族はシャコタンブルーの蒼さと、鮮やかなエゾカンゾウの色彩に感動していた。そこからは娘に運転を任せた。心もとない運転に冷や冷やしたが、幸い車が少ないのが何よりである。なんとか、神威岬の駐車場にたどり着いた。狐はいなかった。擂り鉢状の丘の上に登ると、雄大な大海原の景観が広がっていた。風はなかったので、家族全員で先端に行くことにした。娘と息子はどんどん先に行く。私は妻と二人ゆっくりと向かった。遅れて先端に着くと、娘は歓声を上げながら、頻りにカメラのシャッターを切っていた。チヤレンカの神威岩は変わらぬ姿で波に洗われていた。
そこで家族全員で記念写真を撮った。ふと、彼女と一枚も写真を撮ったことがないことに気が付いた。家族の誰も、私と彼女のことは知らない。今では私だけの遠い思い出であり、感慨深いものがあった。
あらためて神威岩を見て考えた。義経との恋に破れたチヤレンカは海に身を投げて死んだという。だが、私たちは本当に恋愛関係であったのであろうか。私自身はともかく、彼女の心の奥底では、単に金蔓という思いを持ち続けていたのではないのか。彼女は一時期でも真の恋人として私を見てくれていたのか、そのような気持ちを本当に抱いてくれたのであろうか、今となっては分からない。彼女は今どうしているだろうか、生きているのか死んでいるのか分からない。消息が分からないのは謎である。しかしながら、謎は謎でよいと思う。今の私の使命は家族のため、務めを果たすため、もうひと踏ん張り頑張ることである。それが私のこれからの生き方なのだ。


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