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作品名:積丹半島 作者:じゅんしろう

第18回   18
その後、週に一度くらいの割合でデートを重ねた。何かも順調だと思っていた。
 或る日、彼女の友人と一緒にコロポックル荘に行きたいといってきた。友人の女性は小学生の男の子とのシングルマザーだという。どこかに出かける術もなく、子供が不憫だという。私は快諾したが、これが騒動の元になるとは考えもしなかった。
当日、指定された場所に彼女といった。その女性は太めで体格のいい人であった。小学生の男子は生意気盛り、そのものである。
車を走らせながら、コロポックル荘は半年ぶりだと思った。冬の期間は豪雪のため休館しているのである。着くと小学生は館内を走りまわっていた。小学生では無理もないが、私は騒がしいのは嫌いである。女将さんととりとめのない話をしていると、男の子が急に静かになった。見ると、備え付けの漫画を読んでいた。騒がしいより、漫画を読んでいる方がましである。彼女たちの話を聞いていると最近親しくなったらしい。つい最近も一緒に函館にバスのパック旅行をしてきたという。何のことはない、私は運転手代わりなのだ。少し親しくなると、最大限尽くそうというのである。また、彼女の危うさが気になった。
    またしばらくすると、どこかに行きたいとその友人がいってきたという。無論、子供連れである。今度は、積丹半島の反対側にある温泉にいった。海岸近くなのであろうか、塩分が強い温泉である。露天風呂にその子供と入っていると、「わっ!」といって彼女が顔を出した。ここは混浴温泉ではないが、男湯と女湯の仕切りがなく、ただその境目は細くなっているだけで通り抜けができるのである。彼女は楽しそうであるが、私はいささか生意気盛りの小学生に閉口していた。
    秋になると喜茂別で農家を営む、遠戚の所へジャガイモを買いに行く。いわゆる撥ね物で安価であるが、どこが悪いのか素人には判断がつかない。値段は半額であるため、多くの人が来る様だ。彼女と二人の積もりだったが、当然のようにあの親子も同乗してきた。彼女は肩を竦めるだけだった。農家に着くと、軽のワゴン車にジャガイモを積み込む。誰一人手伝おうとはせず、養豚場の中に入っていった。豚の飼育は繊細である。入るとき靴を殺菌さなければならない。それを農家の人に断りもしない無神経さに腹が立った。
    そのこともあって、私は不機嫌になり、帰り道は終始無言であった。彼女はその変化に気を使ってくれたが、親子はどこ吹く風の態度である。親子を降ろし、彼女の家にジャガイモを一俵届けに行った。初めての彼女の実家訪問である。出てきたのは六十年配の男の人だったが、意外だったのは夫人が外国人でなかったことだ。夫人は一言、二言お礼をいったが、アクセントが微妙に日本人と違っていた。どうも朝鮮人のようだと思われた。つまり、彼女は日本人の血が流れていないことになる。そのことに対して、私自身の心はまだ定かではないが、過去の言動から母親は日本人の血が流れていないことに、猛反対することに決まっていた。私の中で暗雲がたち込め始めた。彼女は母親の出自には沈黙していた。
    そうしたことがあり、穏やかならぬ日々を過ごしているのに、その友人の要求が強くなっていった。子供を遊ばせたいという母親の気持ちは分からぬでもないが、自分たちの都合だけでどこそこに連れて行ってくれ、というようになったのである。それも、巧妙に頃合いを見計らって彼女に頼むのである。私の都合については眼中に無いようだ。彼女はそのことを知ってか知らずか、黙っている。私の中でイライラが積もってきた。
    そのような或る日、例の余市の温泉に行くことになった。着くと、すぐに風呂に入ることはせず、女同士のおしゃべりが始まった。小学生は館内に備え付けの漫画本に夢中である。らちがあかないので小学生に、「風呂に入るよ」と声を掛けた。すると、「八田さん、せわしなくて駄目だ」と上目使いにいうではないか。私は啞然となったが、それ以上に驚いたのは、その友人は子供を叱りもせず、黙っていたことであった。基本的な躾がまったくなされていないことを知った。さらに私を舐めていると感じた。私は怒鳴りつけたい思いにかられたが、黙って一人風呂場に向かった。歩きながら、あの親子とは、これで終わりにしょうと決めた。
    帰り道、私はまた無言を貫いた。親子を送り返えしたとき、母親は、「またお願いしますね」といった。さすがに私の不機嫌を感じたのであろうが、私は返事をしなかった。彼女のマンションに着いたとき、「もう、あの親子とは終わりだよ」と告げた。この親子の出鱈目さに我慢の限界を超えていた。     
     「どうして?」 「あの親子は酷すぎる」
     「私の友人なのよ」 「だから何だ、関係ない」
     「そんな酷いいい方、ないでしょう」 「あるからいっているのだ」
     「貴方を見損なったわ」 
「貴女こそ、あの親子の言動を何とも思わなかったのか」
この時点でお互い殺気立ってきて、愛称を使わなくなっていた。
「無いとはいわないけれど、少しくらいいいじゃないの」
「駄目だ、絶対お断りだ」 「私の友人を否定することは、私を否定することなのよ」 「このことに関しては譲れない。そう思っても結構だ」
「貴方はそのような人だから、今まで私の部屋に入れなかった」と、唐突にいった。 
私は嘘だと直感が働いた。以前、どこかのレストランで食事をした時、「私、食べる人」と冗談めかして話したことがあった。だが、付き合いが深まっていくほどに、この人は炊事など家事全般を疎かにしているのではないのかと、言動から感じていたのである。関心ごとは、グルメとフアッションとセックスが主なようだ。つまり、部屋に入れないのは、人を招くことができないような殺風景な状態なのであろう。喧嘩腰とはいえ平気で嘘を付いているのだ。
「そう、じゃあ、私たちこれで終わりね」 「ああ、そうだね」
売り言葉に買い言葉になっていた。
「私たちこれで終わりね」と、繰り返した。 「……」
彼女は助手席のドアを荒々しく閉めると、マンションに向かった。マンションに入ると振り向き、「貴方には失望したわ、今までの時間を返せ!」と、怒鳴り声を上げ、豪い剣幕でガラス戸を閉めた。私は唖然とするよりも、何故か、ほっとした思いになった。本質的に性格のきつい女は嫌いだった。今の彼女の剣幕は常軌を逸している。さらに、母があの性格を決して受け入れないことは、日を見るより明らかであった。内心では恋愛感情と肉欲が混沌とした状態だったのだ。車を発進させ帰路についたが、久しぶりに心が軽く、これが私の本心であることを知った。別れの辛さは微塵もなかった。


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