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作品名:積丹半島 作者:じゅんしろう

第16回   16
私は夕月に行くのをしばらく控えることにした。そうして年が明けた。
私も本気で再婚のことを考えなければならない。母は私の状況を見て、今の付き合いは駄目になった、と考えている様だ。或る夜のことだった。
「浩司、お見合いをしてみないかい」 「お見合い?」
「そう、親戚に良い娘さんがいるのだよ。といっても三十代前半だけれどもね。でも、初婚だし」  「……」 「いい加減、孫の顔を見たいわね」
母の話によれば、母方の従妹の子供だというから、私とはまた従妹になる。偶然従妹と街で再開し、話が出たといった。従妹も乗り気だという。
「少し考えさせてください」 その日はそれで終わったが、彼女とのことは、何らかの形でけりをつける必要が有ると思った。
 翌日の夜、夕月に行った。だが彼女は来なかった。女将にそれとなく彼女の消息を尋ねると、この一か月来ていない、といった。あの日からすでに二か月以上経っている。彼女もとっくに見切りをつけていてもおかしくはない。お互いの電話番号は教えあっていたが、あの日以来連絡を取り合ったことは無い。私も電話をするつもりはなかった。もう二、三回通って会えなかったら、見合いを受けようと考えた。
 二週間がたち、自分で決めた三回目のときだった。夕月の店に入ると、客は一人も居ず少しほっとした。これで何事もなければ彼女とは終わりである。母は、相手の女性も乗り気のようだと、お見合いの催促をしてくるようになっていた。お互いの写真交換をしている訳ではないのに、乗り気とはどういうことかと思う。男の方は再婚であっても、女は結婚願望が男より強いようだ。
 そろそろ、帰ろうかと思ったときだった。戸が、がらりと開いた。私は瞬間、来たと勘が働いた。果たして彼女だった。彼女はカウンターの斜向かいに座ったが、心なしかやつれた横顔だった。私から声を掛けることはせず、彼女の出方を待つことにした。二人の間に重たい沈黙が続いた。
 彼女も話すつもりはないようだと感じた。お互いの沈黙が別れの意思表示であろう、と思い腰を上げたときだった。
 「待って」と彼女がいった。見ると、真剣な眼差しがそこにあった。
 「どこか別の所で話をしたいわ」と、懇願口調であった。
 私たちは近くの喫茶店に入り、奥まった所に座った。幸い人もまばらで近くには客はいなかった。だが、彼女はなかなか話を切り出さない。私も話の催促はしなかった。これまでの彼女との経験から、先に話を始めると私が求めてきたからということになるのだ。迂闊には乗れなかった。ウエイトレスがコーヒーを運んできた後も黙ったままだった。長い沈黙の後、ようやく彼女が口を開いた。
「友達とのことで相談したかったのだけれど、貴方に会えなくて…」
「どのような相談なの?」 「もう、相談するという段階ではなくなったわ」
 「どういうことかな?」 「私、騙されたの」
 「騙されたとは?」 「友人が困っているから助けようとして、保証人になったのね。そうしたら、債権者が現れて金を返せって」
 「長い付き合いの女性の友人?」 「いえ、ただ一年ほどの付き合いだけれど」
 「その友人は今?」 「何処かへ逃げてしまったわ…」
 典型的なパターンであった。それにしてもわずか一年ほどの付き合いで、保証人になるとは浅はかである。独りになる飢餓感の恐れから、心の許しあえる友人を求めていたのは分かっていたが、相手にその隙を付かれたのであろうと想像できた。孤独な隙間を埋めようと、暖かく接してくれる友人を求めて焦っているのである。可哀想な女だと思った。病院勤めは続いているの?」 「ええ、それは大丈夫」
 「で、話というのは?」 すると、彼女は押し黙ってしまった。
 彼女は変な所でプライドが高い。私も彼女が口を開くまで黙っていることにした。
 保証人が必要ということは半端な額ではないはずである。だから友人と称する女性は逃げたのである。悪質な女に引っかかったのだ。私はそのことで気分が悪くなってきたが、それ以上に押し黙っている彼女に段々腹が立ってきた。
 「いつまでも黙っているなら、帰るよ」
 「あ、すみません。そのことに関しては、懇意にしている人からアドバイスしていただき、法的には解決しています」
 破産の手続きをしたということである。それなら金銭的には問題はないはずだ。そう考えたとき、彼女は思わぬことをいった。
「お願いがあります、お金を貸していただけないでしょうか」
「ん、金銭的には解決したのではなかったの?」
「それが…」と、いいかけるとまた黙ってしまった。
破産手続きを終えたならば、一時的に生活費がなくなるのはあり得る。それを用立てて欲しい、ということならば応じても良いと考えた。だが、予想を超えていた。
「五十万円、貸してほしい」 「ん、そんなに。大金だね、どうして?」
「何もいわず、お願い」 「理由もいわず、貸して欲しいとは駄目でしょう」
彼女は俯いてしまった。私は彼女の世間知らずの無神経さに苛立ちを覚えたが、それ以上に肌を重ね合わせた女の甘えと打算のしたたかさに嫌なものを感じた。
 「貴女の話から想像するに、破産宣告の手続きをしていますね」
 「それは、その…」と言葉を詰まらせ少しの沈黙のあと、「貴女っていう言葉、他人行儀ないいかたね」と話を逸らそうとした。
 「理由もいわず金を貸せとは、貴女のいっていることが非常識だからさ」
 「……」 また押し黙ってしまった。
 私は不愉快になり、帰ろうと腰を上げかけたときだった。
 彼女は慌てて、「待って、お話します」と私の手を握った


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