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作品名:積丹半島 作者:じゅんしろう

第15回   15
その夜、余市町の温泉に入りに行った。
「なかなか治らないね」 「完治は無理みたい。いやになってしまう」
私はこの先、このようなことがいつまで続くのであろうか、と思った。以前は一緒にいれば楽しかったのに、今はその思いが薄れつつある。
帰り道のことだった。温泉に浸かって膝の具合が良くなったのか口数が増えた。
「この間松浦さんが、貴方のことを何もない人ね、といっていたわ。私はそこまでと思わないけれど、もう少しちゃんとしてほしい」
「ちゃんととは、何?」 私は松浦という女のしたり顔を思い浮かべ、むかついた。 
「もう少し自分の意志をはっきり持って欲しい。私、内心赤くなったわ」
私はその言葉に怒りを抑えきれなくなった。
「松浦という人は随分偉いのだね。一目見てその人物を決めつけているようだが。私だけではなく、以前貴女が話していた女性を憐れむようないい方をしていたね、あの人は何様の積もりだ」
「私の大事で尊敬する人に、そのようないい方をするのは止して!」
「何をいう。私にいわせれば単なる自意識過剰の神経たかりに過ぎない」
「酷い、車を止めて!」と彼女は叫んだ。
車を止めると、「一人で帰る」といい、洗面用具の入ったバックを持って飛び出した。
どうするのかと思っていたら、すたすたと国道沿いを小樽に向かって歩き出したのである。徒歩では中心街までは十キロ余り有るであろう。放っておく訳にもいかず、その後をノロノロ運転で付いていった。彼女は振り向きもせず、歩き続けた。やがて、反対方向にコンビニエンスストアがあり、そこに向かっていった。私も少し遅れて、そこに行った。彼女は電話ボックスのあたりに立っている。
「如何するのだ?」 彼女は私を見ようとはせず横を向いているばかりだ。
やがて、タクシーが来た。彼女は何もいわず乗り込み、去っていった。
私は怒りを通り越し、啞然となってしまった。これで終わったと思ったが、別れの辛さは感じなかった。どこか、ほっとしている自分に気が付いていたのである。うすうすではあるが、以前から自分には少し荷が重いと感じるようになっていた。
それにしてもと思う。彼女たちは特殊な存在であると奢っているようだが、所詮は井戸端会議のおばちゃんレベルである。自分自身に陶酔しているだけなのだ。彼女はそれが分からず、危険な領域にはまり込んでいるように感じた。
それから夕月で会うこともなく、時間が過ぎていった。淡々とした平凡な日々であったが、平穏な暮らしに戻ったといってよい。郡山さんに会うと、「ジョアンナさん、最近見えないがどうしたのかね」と訊く。「さあ、どうしているのでしょうね」と、私は生返事を返すという具合だった。内心、もう来ることはあるまいと思っていた。女将は何かを感じているようだが、口を挟むことはなかった。
秋も過ぎ、白いものがちらほらと舞い降りてくるようになった。この季節になると、夕月のおでんが美味い。それを肴にして酒を呑む。例年、夕月に通う頻度が多い季節なのだ。或る夜、そこで思いがけないことが起きた。
  郡山さんと彼女が揃って席に座っていたのである。私は内心、ギョッ、となり、何をしに来たのかと思った。人間関係において、ずれがある人だと思った。
「いやー、八田君。ジョアンナさんと近くであってね」
「はあ、そうですか」 私はそれ以上何もいわず、離れた席に座った。
酒を呑みおでんをつつきながら、女将とよもやま話をする。あえて、郡山さんの方を見なかった。適当なところで帰ろうと考えていた。
しばらくすると、「八田君、こっちの方に参加しないか」と、何も知らない郡山さんが声を掛けてきた。仕方がなく顔を向けると、彼女は下を向きもじもじしていた。性格からして、私が嫌ならそっぽを向くはずである。その態度は反省を意味しているかどうか窺い知ることはできない。
「いや、遣り掛けのことを思い出しましたので、これで失礼します」といい、私は店を出た。私の態度を見て、もう来ないだろう、と思いながら帰路についた。
だが、その予想は外れた。一週間ほど後夕月に行くと、女将が、昨夜彼女が来たといった。女将は普段客同士の関係に口を挟まない人であるが、彼女が私と会いたいようなことを口にしたのだという。何かを相談したいようないい方だともいった。さらに、「ジョアンナさんは旅行が好きな人ね。以前は、暇さえあれば出かけたりしているといっていたわ。高級洋服などもたくさん有るようね。私は自分の収入に見合った生活を心がけています、と、それとなく忠告をしたのだけれど聞く耳があるのかしら」といい、金銭感覚に問題があるようないい方をした。女将がこのようなことをいうのは、初めてのことであった。暗に、彼女との付き合いは注意した方がいいとの指摘と受け取った。
女将は以前から、口数は多いといえないが話す言葉は適格に急所を掴んでいる。その言葉に思い当たることも多々ある。
そのような相談事と考えもしたが、彼女はプライドが高い、別なことかもしれない。あるいは、仲直りの口実に利用しようとの思惑であろう、ということも考えられる。
あのような別れ方では、普通もう終わりのはずだが、と思ったが、どうも彼女の感覚ではそうではないらしい。前の彼氏のことを相当引きずっていたが、私ともそうなのかと考えた。しかし、そこまで互いに深い淵に落ち込んだ関係とも思えない。彼女の本意が分からぬまま帰路についた。


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