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作品名:積丹半島 作者:じゅんしろう

第14回   14
その後の数週間のうちに、私たちは近場や遠めの秘湯といわれる温泉に行った。おもに後志管内であるが、その帰り道コロボックル荘によることが多い。何組かの客も泊まりに来ていたりして、彼女も一安心のようである。だが、私には気がかりなことがあった。コロポックル荘での、今日は排卵日よ、という言葉だった。妊娠の可能性が有るということだ。彼女にとって、そうなれば高齢出産ということになる。しかし、彼女は何事もなかった様に振る舞っている。その間、何度か愛し合っていた。だが、ときおり避妊具を着けることを要求してきた。あの時とは明らかに矛盾した言動だった。男と女の恋の駆け引きであろうが、嘘を付いていたことになるのだ。また、彼女の性格に一抹の不安を覚えた。こうして彼女の本心が分からぬまま、デートを重ねた。
私の言動に不満がある場合、あからさまに前の彼氏との比較することを口にする。さらには、前の妻とどうして別れたのかと詰問口調で質すこともあった。いまだに前の彼氏との過去を引きずり清算することができていないようだった。その屈折した思いの矛先を私に向けているのだ。
女性同士の交友関係についても、強い絆を求めていた。私に愚痴をいい、その女性を批判することに終始することになる。人の付き合いというのはさらっとした関係の方が、付き合いが長く続く。そのことが分かっていないようである。人間は寂しさや孤独感から人を無性に恋しくなることがある。ただ彼女の場合、そのことに飢えているとさえ思えるほどだ。性格的に世間の常識とのずれがあるように感じた。自我意識の強い欧米人の血が混ざっているせいかと、考えざるを得ない。
そのような時、できるだけ穏やかに接していたが、同調を得られないことに逆にいらいらするようで、声を荒げることがある。さすがの私もきつく反論すると、途端にしゅんとなって、詫びを入れてくる。情緒不安定のようで,私もだんだん疲れてきた。
或る日、彼女は恋愛論について語ったことがあった。
「好きな男の人には女は毎日でも会いたくなるものよ。私の愛は貴方に100パーセントあげる。そして貴方から100パーセント貰う」
愛情表現の積もりであろうが、これでは単なる独占欲である。そのことが正しいと考えているようだが、一因として、前の彼氏が逃げ出すのも無理はないと思った。
若い男ならその情熱にのめり込むかもしれない。だが、私は惑わずの歳を越えて数年が過ぎ離婚も経験している。男はこの歳になるとときおり無性に独りになりたくなるものである。別れた妻と形を変えているが、何か歪なものを心に宿していると思い、私の心も引き始め出したのである。だが、それで突き放し別れるつもりはなかった。少しずつ心を修正してあげようと考えていた。
だが、或る夜に久しぶりに夕月に一人で行った。
「いらっしゃい」と女将さんのいつもの挨拶。決して、お久しぶり、とはいわない。以前、そのことに対して尋ねたことがあった。
「お客様とはたとえ常連の方でも、一期一会の積もりで接しさせていただいています」との答えだった。一期一会とは茶道に由来する言葉で、この時間は二度と巡ってこない一度きりのものですから、亭主・客ともに誠意を尽くす心構えを意味する。
女将さんの人生哲学であるが、大見得を切らない優しい物言いに感銘を受け私も常連客になったのだった。
すると戸が開き、「あら来ていたの」との彼女の声が掛かった。見ると、女性の三人連れである。彼女の同僚だという。一人は正看護婦で今一人は准看護婦であると紹介してくれた。三人でときおり飲み会をするということだ。私は女性三人寄れば姦しいといわれているから、邪魔しては悪いからと断り、もっぱら女将とよもやま話をすることにした。
彼女たちは早速姦しさを地で行くような騒々しさである。自然に耳に入ってく話から、初めはフアッションやグルメ関係の話だったが、酒が進んでき始めたら人物評になった。彼女もいつもより酒が入っているせいか饒舌になり、以前批判めいたことを口にした女性の話題になった。ほかの二人も知っているようである。その時、正看護婦である松浦という女性が、「あの人は駄目ね、可哀想な人」と、断定するようにいった。私はその時、以前彼女から優秀な人と聞かされていたので、人を簡単に決めつける物言いに唖然とした。その人はただ一度の出会いであっても、何かの縁であるから物事を突き詰めて考える性格なのだと自慢げに話をしていたことを思い出していた。その人に心酔しているようだが、さらに別なことも思い出していた。
「私たちは別の世界の人なの、人間性を高めるための集まりなの」と、以前いっていたのである。その時私は何のことか分からなかったので聞き流していた。だがその意味は、私たちは霊的なものを感じる、一般の人とは違う特別な存在だということをいいたかったらしい。何か、強いこだわりを持っているようだ。
私は、内心何をいいやがる、と思った。彼女たちは単なる神経たかりに過ぎず、人を見下した上から目線のいい方である。不快感を覚え帰ろうとしたら、丁度うまい具合に郡山さんが入ってきた。早速彼女たちに歓声をあげ、その中に加わっていった。私はこれ幸いに引き上げることにした。彼女に目線を送り帰ろうとしたとき、すでに何処かで飲んできたのであろう郡山さんが、「八田君、この美人たちを置いて帰るのかい」といった。
「いえ、私にはちょっと荷が重すぎますので、人生経験豊富な先輩にお任せします」と、私なりの皮肉をいって店を出た。帰り道、不快感は治まらず、私はさらに彼女から心が引いていくのを感じていた。数日後、彼女から電話があり膝が痛くなったから温泉に連れて行ってくれ、とのことだった。この前のことから気が進まなかったが、弱弱しい声であったので承諾した。


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